悲報
フロウも叔母さんも心配で朝食どころではなかった。
俺も朝食はそこそこにして馬車を出すために厩へ向かった。すると厩から若い厩番がこちらに向かって歩いてきた。
「おはようございます、ウイリアム様」
「おはよう、馬車を用意してもらいに来たんだ」
「畏まりました。…あのウイリアム様」
彼はすぐ戻らず何か言いたそうにもじもじしていた。
「どうかしたかい?」
「実は昨日レナード様が馬に乗って行かれたのですが、その馬がまだ戻ってきておりませんで…」
「なんだって! それは何時ごろの話だ?」
厩番は自分が怒られるとビクついてしまった。俺は改めで優しく聞いた。
「馬が戻ってきてないのは君のせいじゃないんだろう? 君を責めたりしないから、兄さんは何時ごろ出掛けたの?」
「10時前後だったと思います。大体全部の馬に餌をあげ終えた頃でしたので。レナード様はちょっと馬に乗りたいから、とだけおっしゃって。どこへいくとも言ってませんでした…」
「ありがとう。じゃぁ馬車は門の外に待たせておいてくれ」
俺は踵を返して屋敷に戻った。
昨日の10時に出掛けたまま、馬も戻ってきていない…。嫌な予感がした。急がなければ。兄さん、一体どこにいるんだ…。
屋敷に戻りロブにこの話をした。
ロブは近くの農民たちに協力を頼んでくると言って急いで出て行った。
俺は迷った。すぐ出かけるべきか、近所を探している人達の報告を待つべきか。
だがもし近所にいるとしたら…。俺は首を振って嫌な予感を振り払おうとした。まさか、兄さんに限って無茶をするわけがない。もう少し待ってから兄さんの友人たちを尋ねに行こう。
それから1時間ほど経った頃だろうか、外ががやがやと騒がしくなった。ガタガタと何かの音も聞こえる。
玄関ホールに行ってみると居間のほうからカレン叔母さんとフロウが一緒に出てきたところだった。
「ウィル、何かあったの?」
「おばさん、俺も今来たばかりなんだ」
外の声が近付いてきて扉が開いた。今日もお天気は良かったが風が強く、外から入って来た冷たい風が玄関ホールを吹き抜けた。
ロブだった。ロブは悲痛な顔をしていた。ホールに入ってくると帽子を脱いで俺に囁いた。
「レナード様が見つかりました」
そしてチラッと叔母さんとフロウに目をやり、もう一度俺に話しかけた
「今…こちらにお運びしてもよろしいでしょうか?」
運ぶ? 兄さんは怪我でもしているのか? ケガしているならすぐに運ぶべきだ、どうしてロブはすぐ兄さんを中に入れないんだ・・・なぜ俺に確認なんてするんだ・・・。
俺がロブに答える前にフロウが駆け寄ってきた。
「兄さんが見つかったの? 兄さんはどこ? どうして入ってこないの?」
兄さんが見つかって喜んでいる顔ではなかった。
カレン叔母さんもフロウも俺と同じことを思っているのだろう。
なんという恐怖だ。それ以外は言葉が見つからない。フロウはガタガタと震えていた。俺の足も恐怖に震えていた。
あの扉の向こうにあるもの、絶対に想像したくないもの、しかしこのままずっとここに立っているわけにはいかない。
俺はロブに頷いた。
ロブは一旦外へでて、今度は何人かの農夫と一緒に戻ってきた。農夫は大きな荷台を玄関ホールに運んできた。
「厩の先にある牧草地の奥の柵の前に倒れていたそうです。馬は足を痛めて動けなくなっていましたが連れて帰りました」
ロブは下を向いたまま話しを続けた。
「落馬された際に首の骨を折られたようです。おそらく即死だったと…」
帽子を握ったロブの手もブルブルと震えていた。
フロウが恐る恐る荷台を覗き込んだ…
「い、いや…いやよ…レン、起きて、目を開けて。レン…兄さん…いやぁぁぁぁぁぁぁ」
フロウの悲痛な叫びがホールに響き渡った。
フロウは兄さんの肩をゆすりながら俺の顔と叔母さんの顔を交互に見た。早くレン兄さんを起こしてくれと懇願しているように。
「こんな事になるなら兄さんの言った通りにすれば良かった。私のせいだわ。兄さん、私兄さんと一緒に行くわ、だから目を開けて、お願い…お願い…」
カレン叔母さんが半狂乱になって叫び続けているフロウを引き離した。
「フロウ、レナードをベッドに運びましょう。ここは寒すぎるわ。レナードは疲れているんだから寝かせてあげましょうよ」
フロウは涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑い、叔母さんの胸に倒れこんだ。
「そうね、兄さん寒かったでしょうね。叔母さんの言う通りだわ」
カレン叔母さんはフロウの肩を優しく抱いて居間に戻っていった。




