5月のあの日・・・
フロウは俺を諦めるというのか?
だから俺もフロウを諦めないといけないのか? こんなに愛しているのに? 昨日まではあんなに幸せだったのに? 兄妹だから? ……兄妹だから‥‥
その事実はどうしても変えられなかった。
俺は無意識にコートを羽織り外へ出た。
強く冷たい風が全身に吹き付けてきた。雪で覆われた庭園は日の光に照らされキラキラと輝いていた。足元の雪は半分凍り、歩くとジャリジャリと音をたてた。
厩に行くと厩番が餌をあげているところだった。
「旦那さま、お寒い中どうされましたか?」
「少し、馬に乗りたくなったんだ。出せる馬はいるかな?」
「はい、用意しますので少々お待ちください」
どこへ向かうあてもなく馬を走らせた。速く、もっと速く。
顔に吹き付ける風は氷のように冷たく、頬が切り裂かれそうだった。そうだいっそこのままこの身を引き裂いてくれ。
レナードは目を閉じた。目を閉じたままぐんぐんと馬を走らせた。
前方に柵が迫ってきていたが目を閉じていたレナードが気づくはずもなかった。
馬は柵に強くぶつかりレナードは前方へ勢いよく弾き飛ばされた。
宙に浮いていた一瞬、ほんの瞬きをする間くらいの一瞬、レナードの脳裏に5月のあの日が蘇った。
冷たいはずの風は、バラの香りをほのかに含んで暖かく髪をなで、雪はピンクの花びらに変わった。
バラのアーチの下で白いフリルを着た天使が僕を見て笑っている。父さまも母さんもウィルも居る、みんなとても楽しそうだ。
レナードは手を伸ばした。すぐそこにみんなの笑顔がある………。
「え? 兄さんがどこにもいない?」
執事長に頼まれ食堂へ伝えに行くとウイリアム様をはじめみんなが驚かれた。
レナード様はお忙しい時はお昼を執務室で済ませることがある。それでお昼をどうするか父が尋ねに行った所、レナード様がおられなかったのだ。
自分も確かに不審に思っていた。今までレナード様が誰にも何も告げずに外出されたことはない。しかもこんな寒い日に。
「はい。それで私がお伝えに参りました。執務室でお仕事をされた様子もないそうです」
ウイリアム様はカレン様と顔を見合わせていた。お嬢様も非常に不安そうなお顔をされている。
「俺たちも兄さんが出掛けるという話は聞いてないな」
「あの…朝食の後、私の部屋に来たわ。少し話をしてすぐ行ってしまったけど。その後は見てないわ」
不穏な雰囲気を吹き飛ばすようにカレン様が明るく言われた。
「急に用事が出来て街にでも行ってるのよ。その……珍しく誰にも言わずに行っちゃったのね」
叔母さんが言いたかったのは、昨日の今日だから…一人になりたかったのかもしれない、という事だろう。
朝食の後、フロウと何を話したか気になったが何も聞かずにおいた。
夕食までには帰ってくるでしょう、という叔母さんの言葉でとりあえずロブは下がって行った。
だが夕食の時間を2時間過ぎ、20時になっても兄さんは帰ってこなかった。
俺たちは先に夕食を済ませたが、その後で本格的に兄さんを探し始めた。
ジョージはベンの家に行ってみたがベンは見かけなかったと言っていた。
使用人たちに尋ねても行方は分からず、明日俺が兄さんの友人宅へ尋ねてみることになった。




