カレン叔母の話2
この話は…でたらめだ。
そんな事があってたまるか。怒りと恐怖で固く握った拳が膝の上で震えていた。
絶対に嘘だ。カレン叔母さん、どうか、どうか嘘だと言って笑ってくれ。ウィルと二人で俺たちをからかっているんだと。
俺たちの幸せにちょっとだけ水を差そうと、イタズラを仕組んだだけだと。どうか……
フロウも無言になっていた。俺はフロウの顔を見ることができなかった。フロウが一体どんな顔をしているか…俺と同じように気づいていたら…。だめだ、気づかないでくれ!
「カレン叔母さん…俺、よく分かってないみたいだ。その話の何が、兄さんとフロウの妨げになるのか…」
ウィルが困惑しながら言った。だが青ざめる俺を見てハッと息を飲むのが感じられた。叔母さんはウィルを見たがそのまま話を続けた。
「私ね、しばらくヘレンさんと手紙をやり取りしていたの。ジョセフと別れてからもずっと。レナードを身ごもった事や、産むと決意した事を手紙で聞いていたの。ジョセフはね、レナードの成人の日にこの事を自分から話したかったみたい。そしてヘレンさんがあの時レナードを産む選択をしてくれて本当に良かったと言っていたわ。リンドル家でレナードが幸せにしているかいつも気にかけていたもの」
叔母さんは涙声になっていた。
「レナードもフロウも私を許してね。もっと早くにこの話をしていたら…私は兄がした事をカーライル家の恥だと感じて、この話をしたくなかったのかもしれない。伸ばし伸ばしにしていて…そのせいでこんな事に」
ウィルは焦りで立ち上がって言った
「どういう事? どうして俺だけ分かってないの?」
俺はやっと顔を上げてウィルを見上げた。弟が、小さな弟が帰ってきて駄々をこねているみたいだ。ウィルが可愛く見えてフッと笑った。
「ウィル、数学をきちんと勉強しておくべきだったな」
「数学と何の関係があるの?」ウィルはイライラしていた。
「ウィル、俺とフロウは本当の兄妹だってことだよ」
「えっ」
「カレン叔母さんがウィルとフロウの結婚は反対しなかったけど、俺とフロウがだめなのは…そういうことだよ。俺はジョセフ父さまと母さんの息子でお前はリンドルと母さんの息子。俺とフロウは腹違いの兄妹だったんだよ」
色々な事柄が脳裏をよぎった。
画家が言っていた言葉、俺と父様の容姿。
誕生日のワインに添えられていたカードに書かれた言葉、俺が息子でとても誇らしいと…。
庭で叔母さんとウィルがしていた会話、あなたとフロウなら賛成だと。
ああ、今なら全て合点がいく。むしろ今頃気づくなんて俺は大間抜けだ。
フロウは隣でずっと押し黙ったままだった。
ウィルはソファに腰を下ろし絶句している。
フロウの顔を見るのが怖かった。ひじ掛けに置かれたフロウの手には痛そうな程力が入っていた。
俺はそっとその手の上に自分の手を重ねた。フロウは重ねられた手に目をやり、そのままゆっくり俺を見た。まるで知らない人を見るような目で。俺と目が合うとその緑の瞳から涙が溢れてきた。
俺の頬にも涙が伝っていた。俺はフロウの手を取り唇でその手に触れた。フロウの手に涙がこぼれて行った。
「兄さん、おやすみなさい。私達、もう休んだ方がいいわ…」
フラフラと立ち上がりフロウは出て行った。ウィルが慌てて後を追おうとしたが、叔母さんがウィルを制して首を振った。
俺はぼーっとフロウが去って行く後姿を目で追っていた。そうだ、俺も寝るべきだ。
明日になったらこれは夢だったと分かるだろう。そしてウィルは俺が心配性だからそんな夢を見るんだと俺をからかうだろう。早く眠るんだ、こんな悪夢はすぐに終わらせるべきだ。
俺の目にはもう二人の姿は映っておらず、黙って部屋を出て服も着替えずベッドに倒れた。




