カレン叔母の話
「執事長さま、お客様がお見えです。カレン様でいらっしゃいます」
2月の寒い午後だった。年が明けてから降雪は減ったがそれと反比例して気温が下がりだした。
客間も突然の来客に暖炉の炎が追い付かず空気はまだひんやりとしていた。
「カレン様、ようこそいらっしゃいました。客間がまだ寒く、ご不便をお掛けしております」
寒さのせいかカレン様の顔色が優れない様に感じた。ひざ掛けと暖かいお茶をご用意するとカレン様は
「少し滞在するわね。ウィルももうすぐ着くと思うから」
ウイリアム様が週末でもないのに帰ってこられるとは、やはり何かあったのだろうか。いや、心配しすぎは良くない。年を取るとどうもいらぬ心配に心を砕いてしまう。年は取りたくないものだ…。
夕方になるとカレン様の言った通りウイリアム様が帰っていらした。
旦那様もお嬢様もお二人の帰省に驚いておいでだったがお喜びになられ、夕食は早めに取られることになった。
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カレン叔母さんが突然帰ってきたと思ったらウィルまでこんな時期に帰ってきて、何かあったのだろうとは思っていた。
夕食の時は普通に楽しく会話していたが4人で話があると言われた時は、やはり、と思った。
叔母さんは早くからウィルの気持ちを知っていた。
それがこんな展開になって怒りを覚えているのかもしれない。俺がフロウを奪っていったように思っているのだろう。あながち嘘とも言えないことだ。
きちんと訳を話したらきっと理解してくれるだろう。今となっては俺たち3人の母親代わりなのだから。
「きっと長い話になると思うの。でもきちんと知ってほしいから初めから話すわね、あなた達の両親のことよ」
カレン叔母さんは意を決したように話し始めた。
「レナード達の母親のヘレンさんはね学生の頃から私の兄のジョセフとお付き合いしていたの。カーライル家によく遊びに来ていたし、とても愛し合っていたから、同い年の二人は卒業したらすぐ結婚するものと思っていたわ。ところが卒業の年、ヘレンさんの家が鉱山投資の詐欺にあい、大金を騙し取られ邸宅も何もかも失う寸前まで追い詰められてしまったの。そこでヘレンさんのご実家は最終手段として彼女を裕福な商家に嫁がせることで借金の肩代わりをしてもらうことを選択したの」
「そんな…」
フロウが口を開いた。母と仲が良かったから同情したのだろう。
でもそうじゃなくてもひどい話だ。相手は20以上も年の離れた男で金儲けしか興味がない冷たい人間だったのだから。
あいつは母を大切にしなかった。金目当てで群がってくる女を何人も家に囲っていた。
母の事を気取った貴族の女だ、とか世間知らずの我が儘な厄介者だと目の敵にしていた。その上、金で買った自分の所有物だから勝手に離婚はさせないと、母と俺たちを自由にさせなかったらしい。
「ジョセフはね、全額肩代わりは無理でも何とかして力になろうと、当時カーライル家の当主だった兄に助けて欲しいと懇願したんだけど、兄は頑として受け付けなかったの・・」
「カーライル家だったらそれくらいは援助してあげられたはずなのにね。ジョセフは知らなかったけれど、私はなんとなく気づいていたの。兄もヘレンさんの事が好きだったのじゃないかと。兄はジョセフに嫉妬して二人の仲を引き裂いたのだと思うわ……」
「それで一人娘だったヘレンさんは泣く泣くジョセフと別れて、20歳になってすぐの頃リンドル家に嫁いだの。でもそれからほどなくして兄は流行り病であっけなく亡くなって。ジョセフは家督を継いでフロウのお母さんのアガサさんとすぐ結婚させられたの」
叔母さんは一息ついてお茶を飲んだ。
「当時ね、二人は駆け落ちしてふたつ隣の町まで行ったんだけど連れ戻されてね。あの時のジョセフはほんとに見ていられなかったわ。ヘレンさんと別れて半分やけになっていて、結婚なんてしたくなかったみたいだけど周りに押し切られてね。その後、ジョセフにはフロウが生まれてヘレンさんにはレンとウィルが生まれたのよ…この後はあなた達が知ってる通りよ」




