表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇の名前   作者: 山口三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/74

兄弟の絆


 第5部


 ケイトの予想通りウイリアムは冬の休暇にも屋敷に戻ってこなかった。


 年が明け厳しい冬が終わりまた春がやってきた。ウイリアムが帰ってきたのは春も終わりに近づいた5月の半ばだった。



 他のバラに先駆けてチェロッキーローズが純白の花をフェンスに満開に咲かせていた。そのフェンス越しにウィルが顔を覗かせた。


「やっぱりここだと思ったよ」


 額にうっすら汗をにじませながらバラの手入れをしていたレンが顔を上げた。


「ウィル、帰って来たのか!」


「ああ、やっと帰って来たよ。兄さん」




 その夜は何事もなかったかのように楽しい夕食になった。

 ウィルの近衛隊での活動の話、トムもこの秋に近衛隊に配属される事、ロブに5人目の子供が生まれた事、半年の間に色んな事があった。


「ロブの5人目はね女の子だったの。5人目で初めての女の子だからもう可愛くて仕方ないって」


「口が開けばその話だ、まだ3か月の赤ちゃんなのに、絶対に嫁にはやらん、てね」


 フロウとレンが顔を見合わせた。二人はとても幸せそうだった。

 ウィルの胸は痛んだが怒りは湧いてこなかった。時が経てばこの胸の痛みもいつか消えるかもしれない。


「書記官も増えたんじゃない? さっきすれ違って挨拶されたから聞いてみたら、新しい書記官だって言われたよ」


「そうだなウィルは初めてだったな。彼はここに来てもう1年近くになるか。ケミンクロスから来たんだ」


「そうか。色々あったんだな…」


 いつも饒舌なウィルは今日は言葉少なにワインのグラスを傾けている。

 明るい話題がまだまだ必要だわ…ウィルにもレンにも笑って欲しい…フロウは口を開いた。


「そうだわ! ウィルに近衛隊入隊のお祝いを渡していなかったわ。待っていてすぐ持ってくるから」


 フロウは席を立った。


「俺たちは遊戯室に行ってるよ。デザートはあっちで食べよう」


 レンが後ろから声を掛けた。フロウは頷いて扉を閉めた。




 遊戯室にはカードテーブル、ビリヤード台などの遊戯施設のほかにゆったりしたソファと小さなバーがある。

 バーの反対側にはピアノがある半円形の空間があり、そこで小さな演奏会も出来るようになっていた。


 兄弟はソファでフロウを待った。



「ウィル、これよ。改めて入隊おめでとう」


 息を切らせて戻ってきたフロウから手渡された正方形の箱の中身は懐中時計だった。

 蓋の裏側には『私の大切な家族ウィルへ フロウより』と刻んであった。


「去年渡すはずだったのに、遅れてごめんなさい」フロウは少しだけぎこちない笑顔でそう言った。


「ありがとう、フロウ。僕が前に言ったことを覚えていてくれたんだね」


 もう一度時計を見つめながらウィルはありったけの笑顔で言った。


 「大切にするよ」


 レナードはポケットからリボンが掛けられた細長い箱を取り出した。


 「これは俺から」


 レナードの贈り物はチェーンだった。フロウが送った懐中時計と合うゴールドのチェーン。


「あ、ハハ。デジャヴだな」


 ウィルは込み上げてくる涙をぐっとこらえ、レナードの手を握った。


「兄さん、絶対にフロウを幸せにしてくれよ。フロウを泣かせたら俺がただじゃおかないからな」


 そしてフロウに向き直りきつく抱きしめた。


「フロウも幸せになるって約束してくれ」


「ウィル、ありがとう。約束するわ、私は幸せになるわ…」


 フロウもウィルをしっかり抱いた。涙が溢れてきてそれ以上は何も言えなかった。




 それからはたまの週末にウィルは屋敷に帰ってくるようになった。


 トムを連れてくることもあった。トムはウィルから事情を聞いていて二人を祝福してくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ