ベンの助言
「ケイトさん、ウイリアム様のお部屋の掃除が終わりました」
ケイトの仕事部屋の扉がノックされ、入って来たのはまだ年若いメイドだった。
「ご苦労様、もうすぐ休憩時間だから皆と一緒に休んで頂戴」
メイドは休憩時間に出るおやつは何だろうとウキウキしながら出て行った。
来週ウイリアム様がお戻りになられる。
近衛隊入隊のお祝いも計画が進んでいた。内輪での小規模な祝賀会だが喜んで貰える会にしたい。
最近はレナード様もお嬢さまもとても明るく、以前にも増して仲がいいようだ。もしかしたらうまくいっているのかもしれない。
レナード様の思いが通じたのなら私も本当に嬉しいわ。ただ…そうなるとウイリアム様が…。
ケイトの懸念はレナードも同じだった。
ウィルになんて切り出せばいいんだろう。
ウィルの結婚を反対する理由がない、と言っておきながら理由は大有りだった上にその相手と想い合ってしまうなんて。しかもたったひとりの弟なのに。
心を悩ませていた大きな心配事が片付いたが、新たに別の問題が生じるとは…。
母さんだったら何て言うだろう、きっと呆れた顔をしてため息をつくだろうな…。
レナードは夕焼けに染まるバラの庭園を歩いていた。
秋バラの蕾が膨らんできており、早いものは額が降り色づいた花びらを見せていた。秋のバラは花数こそ減るが、春とは違う色合いで咲いたり、より大きく色鮮やかな花を咲かせたりする。
ちょうどベンが作業を終えて帰るところだった。
「これは旦那さま」
ベンが帽子を脱いで会釈した。
「ベン、帰るところだね。今日もご苦労様。俺も近くまで付き合うよ」
二人はベンの家の方向に向かって歩き出した。
「もうすぐウイリアム様がお帰りになりますな」
「うん、ベンも祝賀会に出てくれよ。内輪だけのお祝いだから」
「ありがたいことでございます。ウイリアム様はきっとご立派になられていることでしょうなぁ。こちらに来られた時はほんとに小さな可愛いぼっちゃんでしたのに」
「ハハハハ、俺も大差ないよ。ここに来たときはほんの子供だった」
「レナード様、何か悩み事ですかな? この爺でよければ話し相手になりますぞ」
「さすがはベンだね、俺の師匠だ」
ベンは黙って頷いた。ベンはいつも笑っている。ベンの優しい笑い皺を見ていると何でも話せそう気がしてくる。
「もし…ベンが親友と同じ人を好きになってしまって、でも親友はそのことを知らない。そして相手の女性はベンを選んでしまったら…ベンはどうする?」
ベンは近くにあったベンチに腰掛けた。
「そうですなぁ…愛情を取れば友情にヒビが入るかもしれない、しかし友情を取ればその女性が傷ついてしまう。そうですな?」
「ああ」
レナードは頷いた。ベンはちらっと横目でレナードの顔を見た。
「嘘は必ずいつかバレてしまうものです。そして親友に正直に打ち明けたとして、友情が壊れると決まった訳ではありません」
「そうだな、決まった訳ではない、な」
「こういう事は誰かが傷つくのを避けるのは難しいでしょうな…レナード様、きっと何とかなりますよ。この爺が言うのですから間違いございません」
ベンは立ち上がってレナードの腕をポンポンと叩いた。
「では おやすみなさいましレナード様」
レナードは辺りが暗くなってもそのまましばらくベンチに座っていた。




