ようやく二人は
まるで何もなかったかのように以前と変わらない生活が戻ってきた。だがそれは表面上だけであって、いつかはレンと話し合わなければいけない、フロウの気持ちは落ち着かなかった。
それはレンも同じだった。きっともうすぐウィルが帰ってくるだろう。それまでにフロウともう一度話をしなくてはいけない。
仕事を早めに切り上げてフロウの部屋をノックした。
「フロウいるかい?」
「兄さん? どうぞ入って」その時が来てしまった、とフロウは感じた。
「出かける前に途切れてしまった話を…しに来たんだ」
レンは椅子には座らず立ったままで話しかけた。
「ええ、そうね。話が途中だったものね。兄さん、私アメリア様のご婚約の記事を読んだわ」
フロウも座っていた椅子から立ち上がった。
「そうか、新聞で報道されたんだね」
「兄さんはアメリア様の事を好きだったんじゃ…」
フロウはレンを気遣うように聞いた。
「あれは大公家から来た縁談だったんだ、一度会った後すぐ断ったんだが、なかなか聞き入れてもらえなくて参ったよ」
レンは苦笑いしていた。だが覚悟を決めたように真顔になって言った。
「俺は今までずっとフロウ以外の誰かを好きになったことはない」
「えっ」
「だから謝らなければいけないのは俺の方だ。ウィルとの事を知っていながらキスしたりして…」
フロウの頭はまた混乱してきてしまった。兄さんが私を好きだと言ってくれた。アメリア様の事も私の誤解だった。
でもウィルの事? ウィルとの事? それに兄さんが好きなのは仮面を付けた私じゃないの?
嬉しい気持ちと疑問が心の中でごちゃ混ぜになっていた。まず何から答えたらいいのだろう。兄さんが何に対して謝っているのか分からない。キスされて私は嬉しかったのに…。
「兄さん、私も兄さんの事が好きよ」
フロウの表情は困惑していた。その顔を見たレンは、やはり兄として慕っているということか…と感じ取り、思わずフロウから顔をそむけてしまった。
想像していたよりキツイな。そうかもしれないと思ってはいたけれど実際に本人から言われると…。
だがすぐ続けてフロウが話し出した。
「でも分からないの、ウィルとの事ってなんの事なの?」
今度はレンが混乱する番だった。「えっ」
「ウィルと…フロウは…その、思い合っているんじゃないのか? ウィルが近衛隊に入隊が決まったら結婚すると…」
フロウは冬の休暇にウィルと出掛けた日の事を思い出した。
「あっ! まさか…指輪をプレゼントするって言ってたのは…」
フロウの意識はあの日へ飛んで行ってしまっていた。だがレンの困惑した声で引き戻された。
「婚約…指輪だろう?」
「兄さん! 兄さんの誤解だわ。私はウィルにそんな気持ちを抱いていないわ。私は兄さんを…それに…兄さんがいつ私にキスしたの…」
慌てたフロウの最後の言葉は消え入りそうなほど小さかった。
あああ! レナードは自分が情けなくなった。肝心な事を言い忘れている自分に気づいたからだ。
「フロウ、俺は、俺もあの時初めからフロウだと知っていたんだよ。フロウに会うために舞踏会に参加して、アフターパーティーにも誘って…フロウだと分かっていてキスしたんだ」
これを聞いたフロウの顔から迷いや困惑の表情はすっかり消え、代わりにその瞳は歓喜にうるんでいた。
きっと、きっと大丈夫だ。俺たちは二人ともお互いに誤解していたんだ。目の前を暗く覆っていた霧が晴れて行くような気分だった。深く考えるよりも体が先に動いていた。
俺の愛しい天使。レンの足はフロウを求めて前に進み、腕は細い体を抱き寄せた。手はその輝く髪を撫で、瞳はうるむ緑の宝石を見つめ返した。そして唇は………。
「フロウ、愛してる」レナードのキスと笑顔はとろけそうな程優しかった。




