フロウの苦悶
レナードを見送った後、フロウは短い会話の内容を何度も繰り返し考えていた。
兄さんが怒ってないとあれほど言うのだから、騙した事については怒ってはいないのね。
でもアメリア様の事はどうなったの? 名前を出した時とても変な顔をしていたわ。
もう少しだけきちんと話したかった…取り乱さずに冷静になろうと思っていたのに、あの夜の事を思い出したら急に切なくなってしまって…。あんな風に泣いたら兄さんを困らせるだけなのに。
レン兄さん…無事で…早く帰ってきて…。
あれから1か月が経った。あちらの状況が時々報告されてきているけれどまだ時間がかかるらしい。
暑い日差しを避けて北側の庭園で手紙を読んでいるとマリが冷たいレモネードを運んできてくれた。エプロンのポケットに新聞が見える。
「ありがとうマリ、冷たくてとても美味しいわ」
「暑い夏はこれが一番ですね」
マリはポケットから新聞を取り出してフロウに渡した。ゴシップネタがほとんどの薄い新聞だった。
「そうそう、お嬢様これをご覧になってください」
「これは…あらっ、アメリア様って〇〇国へ嫁がれるの!?」
新聞の一面にアメリアの似顔絵が出ていた。〇〇国の第3皇子と婚姻が決まり来春に嫁がれると書いてあった。そして、カーライル侯爵との交際は隠れ蓑だったのか? などとも書かれていた。
マリは得意そうになって話し出した。
「私もそれを見て驚きました。旦那様との縁談が進んでいるものと思っていましたから。でも他のメイド達もみんなそれを見て大喜びでしたよ! こう言ってはなんですけど、あの方が奥様になられたらこのお家はめちゃくちゃになってしまいますわ。あの方が奥様になるなら辞めると言い出すメイドも居ましたもの」
マリの意気込みは凄かった。
「みんなそう思っているなら、きっとそうだわね。私も正直なところ苦手なタイプの方だったから。ええ、良かったわ」
初めはどういうことだろう、と頭が混乱していたがマリと話をしているうちに冷静に考えられるようになってきた。
兄さんにアメリア様の名前を言った時の反応が納得できる。きっと仮面舞踏会の時にはすでにアメリア様との縁談はなくなっていたんだわ。
どんよりとした雲間に太陽の光が差し込んだように気持ちが明るくなってきた。兄さんが私にキスしたのは純粋に私への好意からかもしれない。
でも本当にわたし?
兄さんは私だって知らなかったはずだわ。私じゃない女性に恋したのだったら?
怒っていないとしても私だと知ってがっかりして、失望しているかもしれない。そしてこんな事をした私を軽蔑しているかもしれない。
せっかく暗闇の中に希望の光が見えてきたのに、見えない冷たい手がまた私を闇の中にズルズルと引きずり戻すような感覚に囚われた。
やっぱり怖い。早く兄さんに会いたいと思う反面、この予想は間違っていないと、兄さんは私じゃない私を好きになったんだと理性が告げていた…暑い夏の午後なのに心臓は凍り付きそうだった。




