地震の後
翌日は晴れた。朝食にフロウは降りてきたが目が腫れていて、泣いていたことが一目で分かった。
「異常がないか外を見てくるよ。その後、少し話をしよう。部屋で待っていてくれるかい?」
飲み干したカップをテーブルに置きながらレンは言った。
「自分の部屋にいるわ。兄さんも気を付けて雨で道が悪いと思うし」
フロウはきごちない笑顔で答えた。
屋敷の外も特に大きな被害は無かった。温室の中の鉢が落ちて割れたりしていたが温室自体は無事だった。
東屋の柱にひびが入り、噴水のひとつが設備が壊れて水が出なくなった事くらいで済んでいた。
バラの圃場の近くにあるベンの家に寄ってみたが、そこも屋敷と同じような状況で特に問題は無かった。
ベンは「私も長年生きていますが、こんな大きな地震は初めてですわ」と目を丸くしていた。
カイルやクロードの家は大丈夫だろうか…。
邸内へ戻りながら歩いていると色々と考えが浮かんできたが、何から話そうか? いや何と聞いたらいいだろう。
俺への気持ちを聞かせてほしい、か? 兄として好きだと言われたら? じゃぁあのキスは?
一向に考えがまとまらないままフロウの部屋の前まで来てしまった。
「フロウ、戻ったよ」ノックして返事を待つ。
返事は無く、扉が開いた。フロウが自ら扉を開けて中へ招き入れてくれた。
「兄さん、外は寒かったでしょう? お茶を用意してあるから掛けて」
確かに6月にしては肌寒い日だった。暖炉に火は入っていなかったが、暖炉の前に用意された椅子に腰かけた。
フロウがポットから注いでくれたお茶は美味しそうな湯気を立てていた。
「ありがとう、確かに今日は寒いな」
「兄さん、外はどうだった?」
「大丈夫だったよ、温室の鉢が少し割れた程度かな。噴水もひとつダメになっていた。ベンの所にも行ってみたけど家は大丈夫だったし、ベンも元気だったよ」
「ベンもびっくりしたでしょうね」
「ああ、あんな大きな地震は生まれて初めてだって言ってたよ」
目を丸くしていたベンの顔を思い出してクスっと笑ってしまった。
「良かったわ何事も無くて…」
フロウも笑顔だったがまだぎこちない表情だった。
「本当だね…」
聞きたい事が山ほどあるのに言葉が出てこない。フロウも黙ってお茶を飲んでいた。重ぐるしい沈黙が続いた。
「フロウ」「兄さん」ほぼ同時だった。
「あ、ごめん。フロウ先に話して」
「私はいいの、兄さんこそどうぞ…」
「えっと…仮面舞踏会の事だけど…もしかしてフロウはあの時から俺だと知ってたの?」
フロウは頷いた。
「ええ…知ってたわ…怒ってるでしょう、兄さん。兄さんを騙して他人の振りをしていたなんて…」
声が震え今にも泣きそうだった。
「怒ってないよ、びっくりしただけだ」
慌てて反論する。
「だって舞踏会の時だけじゃなく、アフターパーティーでも私、自分の正体を言わなかったわ。兄さんにはアメリア様がいるのに、私は…私はなんて恥知らずな事を」
「アメリアだって?」
俺は素っ頓狂な声を出した。
「そうよ、アメリア様という婚約者がいるのに、私…どうしても…ごめんなさい」
フロウは堪えきれず泣き出してしまった。
俺は立ってフロウの傍へ行き膝をついてフロウを見上げた。
「フロウ、誤解だ。俺は怒ってなんかいないし、アメリアの事だって…」
ノックが聞こえ扉の向こうからジョージの声がした。
「お嬢様、あのもしやレナード様とご一緒ではありませんか?」




