天使の片翼
近くにあった宝石店は何人かの客がいるだけだったが、カップルが多かった。
宝石以外にも飾り時計や凝った仕掛けのオルゴールが置いてありちょっとした美術館のようだった。
「ここは初めて入ったけれどこんなに広いなんてびっくりしたわ」
オルゴールを見ていたフロウが言った。ウィルはブローチのケースを見ていて
「これどう?すごく綺麗だよ」
ウィルが見ていたのは金で出来た片翼にパールと小さなダイヤがちりばめられたブローチだった。
「本当ね、とても綺麗だわ。あっ、でもこれ高いわ。これはダメよ」
プライスに目を落としたフロウが驚いた。
いつの間にかベテラン風の男の店員が目の前に現れて満面の笑顔で言った。
「お客様はとてもお目が高い。こちらはとても有名な彫刻家がデザインして、とても売れっ子のジュエラーが作成したものでございます。お値段以上の価値があることはもちろんですし、とても素敵なお嬢様にとてもとてもぴったりでございます」
流暢に話す彼は何回とても、と言ったかしらとフロウは吹き出しそうになった。
店員はこれでどうだ、というような顔をして最後のセリフを決めた。
「天使の片翼という名前がついております!」
うん、これだ!という体でウィルは頷き
「これをいただきます!」
と言うと店員はほくほくとしてブローチのケースを取りに奥へ下がった。
「ウィルだめよ、いくらなんでも高すぎるわ」
フロウは焦りながらウィルを説得しようとした。
「フロウ、士官候補生でもお給料は出るんだよ。それに僕らはお金持ちじゃないか」
フフフとウィルは笑い、
「天使の片翼なんてフロウの為に作られたようなものじゃない」
そう言ってさっさと会計を済ませてしまった。
ウィルは店員が戻ってくるとそのままケースを受け取り、中から取り出したブローチでフロウのストールを留めてあげた。
「うん、とてもよく似合うよ」
ウィルはパチッとウィンクしてみせた。二人は店を出るなりお腹を抱えて笑い合った。
店の中ではさきほどの店員が満足そうに二人を見送っていた。
帰りの馬車の中でふとフロウは気が付いた。
「初休暇記念なら私が何かプレゼントしなくてはいけないんじゃない?」
「大丈夫だよ、俺の記念にフロウに贈ったんだから。それより今度は指輪を贈るから後でサイズを教えてよ」
(なんだかウィルの理屈がよく分からないが別の機会に何か贈ろう…)
「じゃぁその時こそお返しをするわね、何がいいかしら。希望はある?」
「うーん、兄さんが持ってるような懐中時計がいいかな」
「あれはお母様がレン兄さんにプレゼントした物だったわね。分かったわ、いいものを探すから時間を頂戴ね」
次に贈られる指輪がどんな意味を持つか気にもせずフロウは懐中時計の事を考えていた。
(もうお母様から懐中時計を貰うことは出来なくなってしまったから、姉の私から贈ってほしいのね、期待を裏切らない素晴らしい時計を探さなければ…)
(いきなりプロポーズしたらフロウはびっくりして怒るだろうか。今ここで俺の気持ちを伝えておいた方がいいのだろうか)
だがウィルのイタズラっ気が顔を覗かせた。びっくりしたフロウの顔を見てみたい。
「ブローチ、本当によく似合うよ」
今はそれを伝えるだけにしよう。
1週間はあっという間に過ぎてウィルとトムは候補生宿舎に帰っていった。
レナードとトムは1週間でとても親しくなった。次の休暇もぜひ屋敷に来てほしいと希望するほどに。




