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薔薇の名前   作者: 山口三


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アメリアとの対面


 会いたくない。会いたくない。

 きっと私は今ひどい顔をしているわ。兄さんを奪っていく人に笑顔を向けられる自信がない…私は心の狭い人間だったのね。おめでとう、って祝福してあげないといけないのに。


 廊下を歩く足が鉛のように重い…。



 侍女が持ってきてくれたお茶を飲んでいるとドアが開いてレナードが戻ってきた。

 その後ろからすらっとした女性が入って来た。


 レナードと同じように輝く金髪はふんわりと束ねられ片方の肩に流してあった。派手さはないが上等の生地で作られたと分かる花柄の控えめな普段着が彼女の美しさを引き立てていた。


 不安そうにこちらを見る深い緑の瞳は高い知性を感じさせた。


 

 なんて綺麗な子。

 妹を庇うように少し前に立つレナードを見て、妹を大事にしてるのね。だから私に会わせるのを渋ったのかしら。そうアメリアは思った。


 あんなに綺麗な子だったら大切にするのも分かるけど結婚するのは私とレナードであって、私があの子を取って食う訳じゃあるまいし…


「はじめましてアメリア様、レナードの妹でフランシスと申します。今日はようこそいらっしゃいました」


 笑顔は優しい天使の様だった。


 こんな美しさなら社交界で話題にならないはずはないのに、カーライル家の娘が美人だと聞いたことがない。パーティーで会ったこともないわ。どうしてなのかしら?体が弱いとか?


「こんにちはフランシス嬢、これからよろしくお願いね」


 とびきりの笑顔で返したが、明らかにフランシスを見下す態度だった。そしてすぐレナードに向き直り


「こんな素敵な妹さんを隠していたのね~でも安心して、私達絶対仲良くなりますわ」



 その根拠のない自信はどこから来るんだろうとレナードは不思議でならなかった。


 この空間にアメリアとフロウと3人でいるなんて吐き気がしそうだ。こんなのは絶対に無理だ、縁談はきっぱり断ろう、レナードは心に決めた。




 正式に縁談を断るためまた大公家に赴いた。


 アメリアには会わずに大公閣下に話をしてすぐ屋敷を辞そうと思っていたのに「まだ2,3度しか会っていないだろう。もう少しだけ様子を見てくれないか」と閣下に懇願されてしまった。自分の気持ちは変わることは無いと言ったが閣下に押し切られてしまった。


  おまけに帰り際アメリアに捕まって長い時間おしゃべりに付き合わされてしまった。夕食も取って行けと誘われたが、夕食を済ませたら今度は泊まっていけとなるかもしれない。


 またフロウを一人の食事にさせてしまう。ジョージから使用人たちとの食事の許可を申請された。それほど寂しい思いをさせてしまっていたということだ。


 俺はフロウが幸せになるのを見届けるまでは結婚はしない。そう心に誓って帰路についた。




 あれからアメリアが屋敷に来ることは無かった。使用人たちはアメリアとレナードの縁談がまだ決まった訳ではないことを知ってほっとした。


 アメリアにお茶を届けた侍女も


「レナードったら私を一人で置き去りにするなんてひどいわ、妹なんて使用人に呼びに行かせたらいいのに」と愚痴を聞かされた挙句「あなたがいてもどうしようもないんだから早く出て行って」


 と八つ当たりされたらしい。あんな方が奥様になるなんて恐ろしいと他の侍女に話していた。


 

 だがジョージはレナードが時々アメリアに連れ出されていることを知っていた。


 観劇やら晩さん会にパートナーとして駆り出されているのだ。

 面倒な相手に気に入られてしまってお気の毒だ。ジョージは心から同情した。


 内情を知っているのはロブとケイトだけ。レナードに同情しているのは彼らも同じだった。

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