アメリアの要求
侍女長としてこの屋敷に来てからもう4年が過ぎようとしていた。
仕事にも慣れてここでの生活がとても楽しい。カーライル家の若い当主様もご家族も使用人たちもいい人ばかりだ。待遇も申し分ない。
たまに会う友人達にその話をするとよく驚かれる。そんな恵まれた職場は珍しいのだ。
使用人の中には気が強くて扱いにくい者や物覚えの悪い子もいるがその程度ならどこの屋敷にもいる。
その若い当主レナード様が今日はお客様を屋敷にお迎えになる。
大公閣下のお孫さんでご令嬢というからレナード様の恋人に違いないと使用人たちは色めき立った。
粗相があってはいけないと朝からバタバタしているがジョージさんやレナード様のご様子には変な緊張感が見られた。
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午後のお茶の時間にアメリアはやってきた。
侯爵家というから大した屋敷ではないだろうと思っていたが想像よりもずっと立派な屋敷と美しい庭園に小さなショックを感じていた。
大公家とまるで遜色がないわ。それにとてもお金持ちだとおじい様はおっしゃっていた。私って見る目があるのね…。
もう結婚がすでに決まったかの様な気分でアメリアは屋敷に入っていった。広く重厚な客間に案内されるとすぐレナードがやってきた。
私を待たせない所も好感が持てるわ。そしてパーティーで見かけたときと同じようにとても素敵な方だわ。私の周りにいる口だけ達者な貴族たちとは違う。大公の孫だからって特別扱いもしない。
レナードのブロンドと瞳によく合う青みがかったスーツを着た姿は見とれてしまうほど素敵だった。
うわべだけとしても笑顔と社交辞令は完ぺきだった。
私はこの人と結婚するわ。無理を言って屋敷に来てよかった。今からここの使用人や家族にこれから私がここの女主人になることを見せつけておいたほうがいい。
アメリアはバカではなかったからレナードの気持ちが自分に向いてないことは承知していた。でも貴族の結婚なんてそんなものだし、結婚したらそれなりに自分を好きになるはずだという自信があった。
「妹と弟さんがいらっしゃるのよね?紹介していただけるんでしょう?」
お茶が終わり屋敷を少し案内してやっと帰ってくれるとレンが思っていると突然不意を突かれた。
「弟は士官候補生で今屋敷にはいません。妹は…いると思いますが」
歯切れが悪いレンを訝しく思ったが
「では妹さんにお会いしたいわ。せっかくここまで来たんだし私の妹になるかもしれないのですから」
会うまで帰らないと言い張りそうだ。大きくため息を吐きたかったが我慢して
「呼んできます、ここでお待ちください」
レンは近くの部屋のドアを開けてアメリアを中へ通した。
フロウは部屋にいるだろうか…重い気持ちで向かおうとしているとメイドの姿が見えた。
聞くと、娯楽室にいるから呼んできましょうか?というメイドに、自分で行くからいいと断って歩き出した。
自分からアメリアの事を説明したい。
何て言おうか?そのまま正直に言うべきだが、俺がアメリアを好きだと思われたくない。今更そんなことはどうでもいいはずなのに。
迷っているとすぐ娯楽室に着いてしまった。ドア越しにピアノの音が聞こえる。今日も練習していたのだな。
とりあえずノックしてから入ろう。扉を開けるとノックが聞こえたらしくピアノの前に腰かけたフロウがこちらを向いた。
「兄さん」
「邪魔してごめん、フロウ。あの…今俺の客人が来ているんだけどフロウに会いたいそうなんだ」
物凄く言いにくそうに話すレンの姿にフロウは嫌な予感がした。
「お客様がいらしてたのね、ええ、行くわ」
鍵盤蓋を下げフロウがこちらまで来た。だが客が誰かを尋ねない。
心なしかフロウの表情が強ばって見える。俺から言うのを待っているのか。
「この間大公家から縁談が持ち込まれて、相手に会ってきたんだ。それで今度はあちらがここへ来たという訳で…アメリア嬢というんだ」
何という素っ気ない説明だろう。まるで何かの説明文を読み上げているようだ。
「そうだったの。そうね、結婚する相手の家族には会っておきたいと思うわよね」
歩きながら話すとフロウは頷いた。今まで黙っていた事に腹を立てているのだろうか?
いずれ知られることにしても知られたくなったんだ…少しでも先延ばししたかった…。