4月のバラと菜園のイチゴ
「ベーン、籠をもうひとつ持ってきてくれー」
レナードがバラの圃場から温室へ向かうベンに声を張り上げた。
顔に吹き付ける風はまだ冷たい4月初旬。2月に剪定したバラから新しい芽がぐんぐん伸びだしてくる頃だ。気温が上昇するにつれ小さな蕾を持つバラも出てきた。
頂芽優勢の性質を持つバラだが剪定後に2番目や3番目の芽の方がよく育ってしまうことがある。育ち方が極端に良くない頂芽は剪定してしまうほうがいい。
レナードはその剪定した枝を入れる籠をベンに頼んでいた。成人した年からまた少しずつバラに手を入れるようになり、忙しい侯爵家の政務の合間を縫っては庭に足を運んでいた。
また以前のレナード様に戻られたようだ。悲しみも時が少しずつ癒してくれるものだ。
圃場いっぱいに植えられたバラをひとつずつ丁寧に剪定していくレナードの姿を見ながらベンは思った。
「素晴らしいハサミをお持ちですなぁ。見せていただいてもよろしいですか?」
「うん構わないよ、どうぞ」
受け取った鋏の刃をなぞったり握り具合を試してみたりした後
「素晴らしいハサミですね。切れ味はもちろんのこと、作りもしっかりしています。年寄りの私には少しバネが硬いですが旦那様には丁度いいのではないですか?」
グリップに入れられたイニシャルを見ながら返すと
「そうだね、とても使いやすい。フロウが、くれたんだ」
鋏を見つめイニシャルを指でなぞりながら嬉しそうにレナードは言った。そこへウイリアムとフロウがやってきた。
「兄さん、ベン、見てこれ」
両手持ちの大きな長方形のカゴにはイチゴがたっぷり入っていた。食べごろのイチゴからは甘い香りが漂ってきていた。
「いい匂いだ、これうちで採れたもの?」
レナードはカゴに顔を近づけながら言った。
「そうよ!菜園で沢山栽培しているの」
「フロウが大好きだから沢山植えてくれって、ベンに頼んでおいたんだ」
ウィリアムはフロウにニッコリ微笑みかけた。このやり取りを見てレナードは、ウィルはやり手だな随分手回しがいい、と思った。
「ありがとうウィル。しばらくは毎日イチゴを堪能できそうね」
話しながらもフロウはカゴからイチゴをつまみ美味しそうに食べている。
「この勢いだとあっという間にカゴが空になっちゃうなー、俺にもくれよ~手が塞がってるんだから」
フロウはイチゴのヘタをとってウィリアムに食べさせてあげた。
「レン兄さんもベンも休憩にしましょうよ。向こうのベンチで待ってるわ」
相変わらずウィリアムと自分の口にイチゴを運びながら去っていくフロウの姿をレナードは複雑な表情で見送っていた。




