見えない壁
「部屋に行ったの、でも兄さんいなくて。テラスの窓が開いていたから外を見たら歩いてる姿が見えて。きっとここだと思ったの」
「そうか、わざわざすまない。何か…用があったのか?」
「これ、お誕生日おめでとう。開けてみて」
フロウは手に持っていた四角い箱を手渡した。手のひらより少し大きめの箱は、その大きさより意外に重さがあった。
促されるままビリビリと包装紙を破いて出てきた木箱は工房のものらしき焼き印が入っていた。
開けてみるとレザーカバー付きの剪定鋏だった。カバーと鋏本体のグリップにレナードのイニシャルが入っていた。
「うわーすごいねこれ。握りやすいし重さも丁度いい。切れ味も良さそうだ」
レナードはレザーカバーから出してすぐ握ってみた。何度かカチャカチャと切る仕草もしてみた。その様子を見てフロウは少し言いにくそうにしながら
「兄さん、しばらくバラから遠ざかっていたでしょう?でもまたいつか、少しずつでも再開したらいいなって思って」
ウィルもフロウも俺にすごく気を使っているのが分かっていた。家族を失った悲しみは3人とも同じなのに。ましてや自分は一番年上で弟や妹を気にかけないといけない立場なのに。申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
フロウのプレゼントを箱にしまいながらレナードはぽつりぽつりと話出した。
「母さんたちがいなくなって、俺は自分がしっかりしなければって何度も自分に言い聞かせてた。葬儀の時も泣き続けるウィルや、必死に涙を堪えてるフロウを見ても何も出来ない自分が歯がゆかった」
「二人に心配をかけたくなかったし今日までずっと悲しいなんて感じる暇もなく頑張ってきたんだ。
でもさっき部屋に帰ったらウィルが、母さんがくれた懐中時計に付けるチェーンをプレゼントしてくれた。カレン叔母さんからは、父さまから託されたワインを貰った。カードまで付いてて…考えないようにしてたのにそれを見てたらあの日の事が思い出されて…」
もう話すのが止まらなかった。
「あの日俺は2階のテラスから母さん達を見送った。でも…どうして降りて行って直接手を振らなかったんだろう、フロウ達と一緒に母さんを抱きしめておかなかったんだろう、こんな、こんな事になるならなぜあの時…くっ…」
ずっと出てこなかった涙があふれ出した。
話しながらも涙はとめどなく流れ続ける。1年分、いやそれ以上。悲しくなかった訳ではないのだから。
ポケットの中の懐中時計を握りしめながら、涙で言葉にならないのに俺はしゃべり続けた。
「フロウにもウィルにも心配をかけてたね。俺がしっかりしなきゃいけないのに、反対に気を使わせてしまってた。ごめん、本当に…ごめん」
フロウはレナードの肩に手を回してその腕を優しくさすった。
「兄さん、兄さんが頑張ってきたのを私もウィルもよく知ってるわ。そして感謝しているの。兄さんがしっかりしていてくれたからこの家も領地も安定を保てたんだわ。そして私たちも。でも一人で背負い込まないで。私たちはみんな兄さんが大好きで、いつでも兄さんの味方よ」
私は兄さんを誤解していた。
兄さんは私たちのために気丈なふりをして頑張ってきたんだ。
あんなに大人に見えた兄さんが今日は小さく見える。無垢な子供のように泣きじゃくって。
そうだわ私とだって、たったの3つしか違わない。そんな若さでカーライル家を率いて行くのは大変な重圧に違いない。
夜の澄んだ空気の中にふと秋バラの濃厚な香りが流れた。兄さんとの間にあった見えない壁が崩れていく音がした。




