表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

06 悪役令嬢と作戦会議

 わなわなと震える私の隣でフローリアはあくまでヘラヘラしているという事実が、この上なく腹立たしい。

 やっぱり、とっとと追い出すべきだという私の考えは正しかった。いつか、いつか脅威になると、そういう予感はしていたのだ。こんなにも最悪な形で的中するとは、思ってもみなかったけれど。


「信じられない……! あなた、無知にもほどがあるわ。フェリクス様は私の、ダイアナの婚約者なのよ!? それが、あなたの恋の相手ですって!?」

「そうなんですよ、略奪になっちゃうんですよ。だから評判悪かったんですよね、あのゲ……じゃなくて本」


 まるで他人事のように言うフローリアに拍子抜けして、文句を言いたいのに何を言ったらいいか分からない。というか、何を言っても「わかるわかる、私もそう思います」と返されて終わりそうな気がする。

 情報量が多すぎて頭が上手く働かない。ずきずきと痛む米神を抑えながら、私はフローリアに問いかける。一番気になっている、けれど同じだけ聞きたくないことを。


「……フェリクス様と私は、どうなるのかしら。結末まで知っているんでしょう?」


 いくら第二王子であるとは言え、幼少期より決められた筆頭侯爵家の令嬢との婚約を蹴り、平民の少女を選ぶなど言語道断だ。王族や貴族にそのような自由はない。私たちは国、あるいは家のために生きることを誓い、自由を代償にすることで、それ以外の全てを手に入れている。フェリクス様だって例外ではないはずだ、……なのに何故。

 フローリアは「言いにくいんですけど」と前置きしてから、全く言い辛そうな様子は見せずに口を開いた。


「フローリアが誰を選んでも、ダイアナ様は一方的に婚約を破棄されます。それどころか国外に追放され、乗っていた馬車は賊に襲われ、最後には死亡します」

「――っ!?」


 彼女の口から語られた壮絶な未来に、私は息を呑む。突拍子もないことを言い出すフローリアに不信感を抱いたのか、カミルは一歩前へ出て、彼女から私を庇うようにして左腕を私の前に出した。

 今の私はダイアナではない。だからと言って、私は自分の体を諦めるつもりもない。でもこのままダイアナが死んでしまえば、押し出されてしまったという私の魂は帰る場所を失う。本当のローザも目覚めないままか、あるいは私という存在が消滅するか、そのどちらかの事態が必ず引き起こされる。

 先程のように、ここで有り得ないと否定して話し合いを終えることは簡単だ。簡単だからこそ、その選択をすることはどうにも憚られた。端的に言うと、短絡的な行動が後に私の死に繋がりそうで怖かった。


「……どうして、婚約解消なんてことになるのかしら。挙句、国外追放ですって? 一体何があったって言うの?」

「私に対して嫌がらせを行った罰です。そんな理由で筆頭侯爵家の令嬢を国外追放とか普通は有り得ないんですが、一応、私が精霊の寵愛を受けているからっていう大義名分もあったみたいです。この国で一番偉いのは王様じゃなくて、姿も見えない誰も知らない、不確かな精霊ですから」


 半ば脱力するような形で、私は再びアイアンチェアに腰を下ろした。カミルがわずかに慌てた様子で私の右肩を掴み「お嬢様」と声を上げるが、何も返せない。言葉が、出ない。

 ――私がフェリクス様の婚約者となったのは、何も筆頭侯爵家の令嬢だからという理由だけではない。

 私のお母様は、隣国であるグロウシュタイン王国の公爵令嬢だ。一方お父様は生まれも育ちもルーンベルグ王国で、今でこそ仲睦まじい両親だが、始まりは政略結婚だった。国境付近にある鉱山を巡って幾度も戦争を繰り返していた両国の関係が改善したのは数十年ほど前のことで、二人の結婚は争いの終わりを象徴する出来事でもあった。

 よって私の血の半分は、グロウシュタイン王国のものであると言っていい。一人いる兄と違って世継ぎができない私が、ルーンベルグ王国の第二王子に嫁ぐということに意味があった。純血でないとは言え、グロウシュタイン王国の血が王家に入ることによって、両国の結びつきはより強固なものとなる。

 ……それを、どんな理由であれ、フェリクス様が一方的に解消したとなれば。

 事情を全て知っているからか、肩に添えられたカミルの手は震えている。見上げた先にあるその横顔は、焦りと怒りが綯い交ぜになった、滅多に見ないような表情を浮かべていた。


「フローリア、それは事実なのか? どうしたら回避できる?」

「そりゃカミルくんが裏……」


 そこまで言って、フローリアは言葉を切った。まじまじとカミルのことを見つめて、「ふぅん……」と興味深そうに呟く。その一連の行動の意味が分からず、私とカミルは顔を見合わせた。

 ややあって、フローリアは再びカミルの問いに対する答えを口にした。先程言いかけて辞めたものとは違う、別の答えを。


「回避はしないで欲しいんだ、フリでもいいから。ダイアナ様の体を取り戻すためにも」

「承諾できない。他の方法は?」


 私よりも先にカミルが即答する。そんな彼の反応に、「おお」とまたもフローリアは目を輝かせた。さっきから何をそんなにも驚いているのだろう、しかも楽しげにしているところに神経を逆撫でされる。

 しかしフローリアも簡単に折れる気はない様だった。右手の人差し指で頬を掻きながら、眉を下げて苦笑する。


「思いつかない。……ていうか、これで恥をかくのはあなたの主じゃなくて私の方だから、気にしなくていいよ。殺されるって言ったけど、実際には婚約解消も国外追放にもさせないから、その心配はないし」

「どういうこと? フリとは言え、あなたへの嫌がらせで婚約を解消されるなら、恥をかくのはどう考えても私……ダイアナの方でしょう?」

「何故ですか? さっきも言ったじゃないですか、嫌がらせなんて些細なことで侯爵令嬢との婚約を破棄するのはおかしいって。だから、最初から私とフェリクス様を色恋に狂ったアホとして演出するんです」


 フローリアの言葉に、私とカミルは閉口する。フェリクス様までひっくるめてアホなどと表現するなんて不敬罪だわ、この女を今すぐ学院からつまみ出しなさい。常ならすらすらと出てくるであろう言葉すら、出ない。

 代わりに次から次へと湧いて出る疑問に、頭の中で優先順位を付けていく。そのうち、最優先と判断したものについてをひとまず尋ねてみることにした。


「ダイアナが一方的に婚約を解消されてあなたたち二人が恥をかくことと、私の身体に、一体なんの関係があると言うの?」


 何を聞かれるかは想定していたらしい。私の問いかけに対して、フローリアは速やかに回答を寄越してきた。


「私と彼女……今のダイアナ様が元居た世界で、十年くらい前に、〝悪役令嬢モノ〟と呼ばれるジャンルの物語が流行りました。主人公が、自分が知っている物語の悪役令嬢に転生してしまう物語です」

「フローリアにとっての悪役が私なら……今のダイアナと同じ状況ね」

「はい。で、主人公はヒロインと婚約者から無実の罪、あるいは常識的な指摘について不当に糾弾され、被害者という扱いになり、そんな主人公を婚約者以外のヒーローが救うんですよ。そうして二人は結ばれ、主人公を貶めたヒロインと婚約者は悲惨な末路を辿る。以上、ハッピーエンド! これが悪役令嬢モノの大まかなストーリーラインです」


 少女たちが好む物語のヒロインと悪役を用意して、肩書きはそのまま役割のみを交換したようなもの、ということだろうか。判官贔屓という言葉が存在するように、悪役に肩入れする人間はどこにでもいるらしい。学院の生徒たちから常より「高慢」「性悪」「悪人面」と揶揄されていた身としては、安息こそ必要だが同情は不要なので、いまいち理解できない感覚だった。

 ただ、物語に憧れる気持ちは分かる。私にも、絵本の中のお姫様に憧れていた時期があったから。だからもし、物語の世界にやって来たとしたら、憧れの物語を主人公目線で追体験したいと願うだろう。


「つまり、今私の中にいる誰かにダイアナとして悪役令嬢モノの物語を追体験させて、満足してもらうってわけね。……でも、オトメゲームと悪役令嬢モノは別の本なんでしょう? その誰かさんは後者の方が好みなの?」

「彼女は乙女ゲームにおけるダイアナ様への仕打ちを理不尽だと感じています。そのせいで、私に対して嫌悪感を抱いているのも確認済みです。彼女を満足させるには、私とフェリクス様が悪役を買って出ることで、悪役令嬢モノのような救済を追体験させる。それが一番手っ取り早いんですよ」

「へえ、それで? 今のダイアナが満足したら、身体は私に戻って来るのかしら」


 私が冷ややかな目で投げかけた疑問に、フローリアは「待ってました」と言わんばかりの表情で口角を上げて、自信たっぷりに口を開いた。


「ハッピーエンドを迎えれば、物語は終わるじゃないですか!」


 フローリアはその場に立ち上がり、二脚のアイアンチェアを隔てるテーブルに両手をついた。議会で持論を熱弁する為政者のように、あるいは答えに辿り着いた研究者のように。そのまま顔をずいっと近付けられ、私は彼女の両目を見つめたまま逃げるように顎を引く。


「これは同じ転生者だから分かることなんですが、あっちの転生はちょっと不完全なんですよ。だって本来のフローリアはもうどこにも居ないけど、ダイアナ様は今ここにいる。ということは、あなたはまだ身体を取り戻せるんです。その条件は、あの子がハッピーエンドを迎えて、この物語の世界に対する未練を晴らして成仏すること。それ以外考えられません! 大天才の私が言うので間違いないです!」

「は、はぁ!?」

「大天才……」


 かつて控えめな少女だった彼女の口から出た言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまう私。その一方で、カミルはしみじみとフローリアが自称した大天才などというワードを復唱していた。

 ――私が不在にしている間に、定期試験があった。その結果をカミルに聞いたところ、ダイアナの順位は二位から十一位まで落ちたらしい。信じられない! と声を荒げたのは温室に向かう最中でのことだ。

 それと併せて聞いたのが、フローリアが一位を取り、それまでずっと一位の座をキープしていたフェリクス様が二位に落ちたということ。少なくとも私がダイアナだった頃――目の前の転生者が現れるまで、試験におけるフローリアの順位は中の下から動かなかった。きっと彼女の言う大天才は、過剰な表現をしているとは言え事実なのだろう。


「……という訳なので、あなたではないですが、ダイアナ様を〝かわいそうな悪役令嬢〟として演出する許可と、この計画への協力をお願いしたいんです」

「ダイアナを不当に裁く手伝いを私にさせる、ということね?」

「はい。物語への未練を晴らす茶番劇……名付けて、『世界一優しい婚約破棄計画』です!」


 一切悪びれもせず、興奮しきったまま食い気味に肯定を返す彼女に、思わず笑ってしまった。馬鹿にされていることを理解しているのかいないのか、あるいは端から私の反応など意にも介していないのか、フローリアは引き続き熱の籠った声で、頭の中に思い描くハッピーエンドの名を語る。

 彼女の言う通り、それで私の身体が戻るのならいい。どんなにふざけた茶番でも、自分のためならばいくらでもできる。悔しいことに彼女が私を騙そうとしている雰囲気も今のところ一切ないので、もし成功しなければ、それは単に読みが外れただけなのだろう。

 ただ、一つだけどうにも納得できない部分があった。その唯一にして最大の問題を、私はフローリアに告げる。


「茶番と言うけれど、どの程度まで他人を巻き込むつもり? その計画によって別の問題が引き起こされない根拠を示して」

「それについても大丈夫です。実はもう一人、協力者がいてですね……。こちらにお見えになっていますので、是非紹介させてください」


 言いながら、フローリアはチェアから立ち上がり、温室の出入り口に駆け寄った。彼女がここへ来た時のように、ガラス戸の向こうで誰かが佇んでいるのが見て取れる。

 フローリアが扉の取っ手を握り、ギィ……という鈍い音と共に開かれていくつれ、始めは逆光でいまいち見えなかったその影が、はっきりと輪郭を持ち始める。

 そうして浮かび上がった見知った姿に、私は息を呑んだ。


「っ、フェリクス様……!?」

「久しぶりだね、ダイアナ」


 夕暮れの下でなおも目を惹く金色の髪、高貴さを感じさせる紫の瞳。柔らかだが良く通る、透き通った声。

 そこに立っていたのは、ルーンベルグ王国第二王子であり、私の婚約者――フェリクス・エーベルヴァインだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ