5.5【別視点】剣を求めて
くだらねぇ。
久しぶりに戻ってみれば、案の定A級の討伐依頼を失敗したらしい。
尻拭いで現場に行ってみれば、なんてことはない。
オールドワイバーン。飛竜種。
空を縦横無尽に駆けめぐり、圧倒的な速さで上空から急襲する手強い相手だ。
確かに強い、が。
相手の生態と、行動パターンを読みさえすれば、こいつらの実力でも簡単ではないにしろ達成できない訳ではない。
空中の敵に対して弱いパーティーならば、真正面から挑むのではなく、翼を封じるための仕掛けを作る。
もしくは囮役をたて、翼に魔法をあて封じ込めるような立ち回りをする。
やりようなんて、いくらでもある。
要は、与えられたクラスに慢心した結果だ。
「ウェイダー、前に言ったことを覚えているな? 次にA以下の討伐を失敗したらオレは抜けると」
「う、うるさいぞ! 大体、お、お前が悪いんだ! なんであのタイミングでエルダスクに行くんだ!」
「知らねぇよ。親父から呼ばれたんだ、オレに言うな」
アホすぎて話にならねぇ。
元々ソロ専門のオレが、家の付き合いでグランアルバの諸侯にパーティーに加入するよう依頼され、どんなもんかと入ってはみたが。
自分の最善を尽くす前に他人をアテにするような奴だとはな。
特殊クラスってこんなものなのか、と拍子抜けしそうだ。
そもそもクラス関係ないな。
オレは、強い者が好きだ。
オレにとっての強さとは、美しさ。
その可能性に満ちた身体と魔力を研ぎ澄まし、まるで鍛冶師が剣を造り上げるかのごとく成長する様が好きだ。
……この場合オレは剣が好きなのか?
「あ、親父にも話は通しておいたからな。実家経由でグランアルバにも報告はいくし、ソロに戻らせてもらうぜ? そもそもパーティー向きじゃないんだ、オレは」
「はぁ!? 何を勝手なことを! 次に依頼を達成できなければ、S級から降格だぞ!?」
「だから知らねぇって。別に勇者がS級である決まりはないんだろう?」
「バカか! S級で居るだけで恩恵があるんだぞ!?」
「まぁその分責任も伴うんだろう? 良かったじゃねぇか、自由の身になれて」
「……ちっ! どうしても抜けるなら、次の依頼まで付き合わないと許可できない。 パーティーに貢献できない者など仲間でもなんでもない!」
お前の許可は要らねぇんだが……、まぁいいか。
置き土産ってやつだな。
「それは良いが、身の丈にあったやつにしろよ?」
「ばかにしてーー」
「グレイさん、ちょっと良いですか?」
比較的人目につかない、冒険者ギルドの片隅で口論していたオレとウェイダーの間に、冒険者ギルド・ランダレスト支部のギルドマスターが声を掛けてきた。
彼は現役時代、ヒトにしては中々美しく、その実力を買われてギルドマスターに就任した。
新緑の髪色をした柔らかい印象だが、切れ者であることは間違いない。
「ライラット」
「……」
さすがにギルドマスターの前で口論するのは得策じゃないと考えたか。
ウェイダーは急に大人しくなった。
「さきほど、ルルさんがお見えになってまして、『何かが来る』とおっしゃっていました。グレイさんのところで何か変わったことはありませんか?」
「いや? オレは特別変わったことは……」
そう、伝えたかったのだが。
まるで待ってましたとばかりに、突然東南の方角で凄まじい魔力の洪水が起きた。
「--!? な、なんだ!」
「これは……、意図的な……魔力の放出!? この方角は、まさか」
「蒼炎の森か!?」
「ちっ、まさか……魔族じゃないだろうな!」
「落ち着け、ウェイダー。ライラット、どうする?」
「そうですね……。さすがにこれほどの魔力ともなれば、魔族でない可能性は否めない。おまけにこちらに存在を誇示しているようにも思います。ですが、魔族とも限りません。今ギルドに居るS級はあなた方だけですので、調査を……お願いできませんか?」
「それは、依頼か!?」
食って掛かるようにウェイダーが詰め寄る。
「え、ええ。では正式に、ギルドからの依頼としましょう」
「調査でいいんだな?」
「はい。これほどの魔力、魔族でなくとも魔物かもしれません。……何にせよ、これほど近くに現われた存在を無視できませんからね。もし魔族や魔物ではないなら。何か、……そうですね。魔力の源が分かる物をお持ちいただけませんか? 蒼炎の森は未知の場所ですので、植物の生態異常かもしれませんし。魔族か魔物が確認できましたら、無理はせずそれを私にご報告ください。すぐ対策を立てましょう」
「ああ、分かった」
「ちっ、回りくどい」
ウェイダーは自分がアルバ・ダスクの英雄である勇者クラスがゆえに、自分の考えに間違いがないと思い込み、それをすぐ実行しようとする癖がある。
魔族に対してもそうだ。
実際に接した訳でもないのに、魔物に似た体質であるというだけで、悪と決めつけている。
魔族に出くわしたらすぐに切り捨てると、以前から言っていた。
「カイナ達がもうすぐ来る。合流したらすぐに発ちたい。用意はいいか?」
「誰に向かって言っているんだ!」
はいはい、勇者様だもんな。
だがA級の討伐も失敗するくせに、この勢いだ。
また考えなしに突っ込んで、退けられるんだろうなぁ。
あ、ライラット。むしろそれが狙いか……?
まさかな。
◆
「あいつは何処に行ったんだ!?」
ハヤト、という一応ヒトだが並外れた魔力と未知のクラスを持つ者が、少し目を離した隙に消えた。
「ここで待っていろと言ったが……、オレ達の方に来ていないとなると、ランダーレ方面に抜けたか?」
「おい!! グレイヴァーン、お前のせいだぞ!」
言うと思った。
「目を離したのは悪かったが、イデリアが危険な目にあってるのに無視する訳にもいかんだろ」
「グレイヴァーン、ごめんね……」
「いや、お前はわるくねぇだろ」
魔法クラスの上級クラスの一つである、相術師のイデリア。
回復の魔法を有する水と光の魔法に特化し、クラススキルにはほとんど攻撃系統は存在しない。
彼女はクラスを表すように、快活なカイナとは対照的にひかえめで温和な性格だ。
オレがイデリアの元に向かった際は、影のような魔物の存在に攻撃を受けていた。
それを光の防御魔法で耐えていたところ、オレが助けに行った。
……ウェイダーは何してたんだ?
「と、とにかく、だ! ヒトだろうがあんな怪しいやつ、野放しにする訳にはいかんだろう! ーーカイナ! 魔力の痕跡はないか?」
「無駄だと思うが……」
「お前は黙ってろ!」
何だかしばらく離脱していた間に、また怒りやすくなったのか?
「彼、イデリアが居るのに王女との婚約話があがっているのよ。だからS級に執着してるの」
ウェイダーに聞こえない様、俺のすぐ傍に来て小声でカイナが教えてくれた。
「なるほどねぇ」
田舎出身のウェイダー、イデリア、カイナ、ローランの四人組。
幼馴染の彼等四人は、ウェイダーのみ特殊クラスでアンバランスではあったが、初めは上手くいっていたらしい。
ところが、冒険者としてのランクがBからA級に上がる過程で実力が足りなかった。
その時期に王の周辺からオレに加入依頼がきて、一気にS級に駆けあがった……。
そして国としては出来れば扱いやすいウェイダーを総大将に据えたいと。
オレはてっきりイデリアに良いところを見せたいが為だと思っていたが、そうか。
ただの権力に溺れるクズだったか。
カイナとローランはハッキリとした関係はないが、ウェイダーとイデリアは傍から見てもそういう関係だった。
そして、イデリアは自己主張が得意ではない。
大方、国から言われて断れないだの、上手く言いくるめたのだろう。
「ったく」
付き合いきれねぇぜ。
「……あら? これは、さっきのヒトとも違うわね」
「どうしたカイナ?」
オレ達が話している間、周囲を警戒していたローランが帰ってきた。
「なんか、どこかで感じたことのある魔力なんだけど……。うーーん……」
「ーー!」
この魔力の残滓、……まさかあの女か?
「俺は魔法クラスじゃないし全くわからないな。ウェイダー、どうだ?」
「む……、確かに僅かだが感じるな。イデリアは?」
「確かにどこかで……。あ。もしかして、冒険者?」
いや、仮にあの女がそうなら、こんな魔力を残すようなことは……。
まさか、わざとか?
「そうか、毎日色んなやつが来るギルドでなら感じたことがあるかもしれないな。一応ここの採取や討伐依頼があることも少なくないからな……くそ、ここに居ても仕方ない。ひとまず戻るか」
「明日ここにもう一度来る組と、ギルドの周辺で似た魔力を探す組の二手に分かれましょう? この森で一夜明かす訳にはいかないわ」
「……そうするか。--くそ、何で上手くいかないんだ」
「……」
正直パーティー自体に思い入れがある訳ではないが、今のイデリアの様子は見てられないな。
少しは勇者とやらも骨があると思いたかったが、違った。
オレがわざわざ国を出て冒険者になったのは、強い者を探すためだ。
力だけでなく、心も強き者。
真の剣。
剣聖であるオレが探しているのは、唯一の好敵手。
それだけだ。
どうやらまた、探求の旅は振り出しに戻りそうだな。
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