1.後悔という的が、後ろにある。そんな人生
風間羽矢斗、二十八歳独身。
社畜ながらも家事を効率化し、平日と休日のプライベートな時間のほとんどをゲームに充てる、まぁいわゆるオタクだ。
なぜ今こんな話をしているかって?
まぁまずは聞いてほしい。
高校生の頃、俺は弓道部に所属していた。
入学後の部活紹介で、先輩たちの織りなす、初めてみる弓道の所作というものに心奪われたからだ。
最初は先輩が射ち終わったあとの矢を拾い、合間にトレーニング用のゴム弓で弓道の所作である射法八節を体に叩きこむ毎日。
思えばあの頃が、一番楽しかったのかもしれない。
実際の矢で巻き藁を射たり、徐々に夢見る舞台に近付いては一喜一憂したものだ。
そして、トレーニングを共にした皆とその舞台に立ち、的にもよくあたりだした頃だった。
俺は、早気という状態に陥った。
射法でいう六節目の所作、『会』の状態。
すなわち、弓を引き終わり発射のタイミングを待つこの状態は、約五秒ほど呼吸を整えながら待つのが望ましい。
早気とは、発射すればあたると体が予感したタイミングで、本人の意志とは無縁に発射する状態のこと。
俺の場合は、最悪のゼロ秒。
おまけにちょうど次の主将に選ばれた高校二年の後半。
努力は、した。
基礎練習として毎日ゴム弓も欠かさなかったし、俺の引く時の筋力が足りないのかと、弓の重さ(弦の張り具合)も軽くした。
なんなら部活開始の拝礼の時に、神頼みよろしく早気が治るようにと祈った。
矢がない状態だと、いける。
でも、矢と的が一直線になった瞬間、ダメだった。
こうして俺は無事、同級生の中で唯一、弓道の所作の審査で昇段できず、級のまま。
落ちこぼれ主将の完成だ!
……言ってて悲しいな、おい。
当時は早気であることへの劣等感や、恥ずかしさというものがすごかった。
一つ前の審査会で飛び級していたのに、次に来た時は全く『会』がもたない。
憧れの紋付袴を着た、称号持ちの人からのどこか憐れんだような視線が怖かった。
練習試合や、大会で、他校の生徒に見られるのも怖かった。
審査会での昇段が望めなくなった俺は、唯一想い出に残ることができるのは大会しかないと考える。
実は、早気の人は、『会』さえもてば、ほぼ確実に的に中る。
ソースは俺なので鵜呑みにはしないように!
それに気付いた俺は、弓道の五人一組の団体戦に秘策をもって最期の高校総体に挑んだ。
五人の内、一番最初に弓を引くトップバッターの『大前』はもちろん出来ない。
ただ、『会』さえもてば中ると確信していた俺は、三番目の『中』を希望した。
正直見栄えは良くないのだが、審査とは違い、競技上での弓道は一つ前の人が発射してから発射しないといけない、という最低限の所作。
なので、俺の前の人が会を始めてから自分も弓を引くと上手いこといくはずだ。
そして、これはチームの考えだったが、流れを変える役目がちょうど真ん中の『中』にすべきだと。
そのポジションに、いつもなら会がもたない俺が、頑張って五秒もつ姿を見て、士気も上がるだろうと。
結果は予想通りで、俺が四射全てを的に中てる、皆中をしたことで決勝に進めた。
ここで、俺はチームにある提案をする。
あえて、最後は俺の力でやらせてくれないか? と。
自分の力で、『会』をもたせたいと。
……結果は、まぁ。聞かないでくれ。
そのことについて、罪悪感がある訳ではない。
チームも、顧問も、恐らく想像は出来ていただろう。
ただ、もし自分が秘策と同じ方法で決勝に臨んでいたら?
そもそも、早気ではなかったら……?
違った未来もあったのかと。
戻らない時を、永遠と自問自答しながら漂っている。
そういう、感覚だ。
その影響で俺は、元々の趣味であるゲームでは、毎回弓を使う職業を選んだ。
弓職がなければ、後衛職を。
そして、オンラインゲームであったなら、チームに迷惑をかけることを恐れていたのか、ソロという拘りも捨てなかった。
結果、エイムはまるで早気のごとく瞬間的に対象を定めることができ、ソロという状況から敵の攻撃を避けながらの反撃というスタイルが定着した。
どちらかというと、素早さや囮に特化した盗賊やトリックスターのような遊撃手の立ち位置だろう。
果たしてこの行為が、後悔をどれだけ癒せるかは分からないが、今日も今日とて新作のゲームを手にし、ほくほくと帰路についていた。
◆
大好きだったからこそ、回顧も熱くなってしまった。
ご静聴ありがとう、俺。
走馬灯というのは、本当にあるんだなぁ。
今、問題なのは、目の前を歩く人の頭上に、クレーンで吊り上っていたであろう鉄骨が落ちる瞬間を目にしたことだ。
あぁ、自分の気持ちなんて、何てことはない。
今、まさに、ゲーム内での俺のスペックが、早気だった自分の力が活かせたらいいのに。
落ちる前に鉄骨の軌道を変えることだって出来たのでは……? おっと、また思考の海へとしずみそうだ。
落ちこぼれなりに、見て見ぬふりは出来ないのだと、体が先に駆けだした。
落ちこぼれなりの、正義。
なんてな。
「いや、ここ、どこ」
高層ビルが並び立つ自分の生活圏内では、見る訳もない非常に自然豊かな……森。
多分、森に、俺は、居る。
「なんで?」
正直想像もつかない。
後悔ばかりだった人生の最期に、人助けをしたから神様がーー! って話でもないだろうに。
「一番良いのは自分も生きて助けることだったんだけどなぁ」
恐らく、俺は命を落としたのだろう。
あんな重そうな鉄骨が、結構な高さから落ちてきたんだ。
奇跡は望めない。
それも分かった上で、体は飛び出したんだ。
変に落ち着いている。
「もう、後悔したくなかったのか。俺よ」
胸に手を当ててみる。
意外と筋肉あるな。
早気と同じく、体が勝手に動く感覚。
不思議と、後悔はない。
「あ、でも新作ゲームできなかったのはいたいな」
新作ゲームを買った帰路での出来事だった。
魔弓師という、初めて触るクラスが実装されると聞いた『アルバ・ダスク』というゲーム。
社畜すぎてしっかりとしたゲーム情報は得ていないが、主人公は男性・女性どちらを選んでも森スタートでーー。
森?
気付いてはいけない事実に気付いたのも束の間、迫りくる脅威に俺の体は自然とそちらに反応した。
「見付けたぞ! 魔族だ!」
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