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大魔導ジェノバ

「ここですね……デステモーナ様の魔力の発生源は」


 それにしてもなんだこの世界は。どこもかしこもグレイ、グレイ、グレイの石とガラスだらけ。どうやら建物のようだが、あの中で人は何をしているのやら。


 時折、ブラックに塗りたくられて白いラインやらタトゥーのような模様が入った道を様々なカラーをした二ツ目の四足歩行の魔物がものすごいスピードで走っていく。よく見ると人を乗せている。魔力を持っていないようにみえるので魔法を使えば倒すことくらい造作も無さそうだが、対面での戦いになれば不利だ。この世界の人間は、こんな魔物を操る特殊な能力を持っているのか。


 む? あの魔物たちが列をなして待機しているぞ。なにを利口そうにしているのだ、と思ったら急に走り出した。何者かが待機命令を出しているのか。ふと見上げると、これは華奢そうな三ツ目の魔物。こいつなら余裕で勝てる、と思いきや、よくよく観察してみると、この魔物の指示によってあの二ツ目の魔物が動いているようだ。赤色の目をすれば止まり、青色の目になれば走る。むやみにこの三ツ目を手にかけようとすると、一斉に私に攻撃を仕掛ける指示を出しかねない。弱そうなヤツほど要注意なパターンだ。


 そうだ、こんな魔物共を相手にしている場合ではない。私は魔王デステモーナ様を探さねばならないのだ。見たところ、この魔物共はこちらに敵意はない様子。避けて通れば造作もない。デステモーナ様の魔力も近づいて来ている━━━


「もしもし? お嬢ちゃん、へんなコスプレして。学校はどうしたの?」


「……は?」


「ほら学校、行かなきゃダメじゃない。小学生でしょ?」


 こやつ、私に馴れ馴れしく何を意味不明な事を抜かしている? 私が一体どこに通えというのだ? それとも、この世界で暮らす人間はすべからく何かしらの(えき)が課せられて居るのか?


「こちら東野。学校に通ってなさそうな少女を保護いたしまし━━━あれ?」


 全くコスプレだのショウガクセイだのわけのわからん世迷い言をほざく人間だ。こんなものに関わってる時間も勿体ない。魔王様の魔力の濃い方へ━━━む?


「あれ? どうしたの? 迷子かな?」


 ━━━こいつはッ!!


「勇者リンカ! こんな所で何しているです!」


「え、ちょ、なんで俺の前世を……? ってか誰?」


「この私を忘れたとは言わせませんよ! 魔王デステモーナ様の側近中の側近、大魔導師ジェノバ様を!」


 ━━━大魔導ジェノバ……? そういえば前世で戦ったな。魔法は強力だし先に護衛の魔物を倒さないとダメージを与えられないタイプのボスで厄介だったが、本人自体の強さはそれほどだった記憶がある。


「ここで会ったが百年目です! 私の魔力の贄になれ! です!」


「燐ー! 早くしないと今日は5のつく日だから狙いの商品全部かっぱらわれるわよ」


 ━━━え……? ま、魔王様……?しかもお抱えになられてるその乳呑み子は……?


「おい萌菜、きみの手下が何故か解らないけどこの世界にやってきたぞ」


「誰こいつ。知らない」


 はぐぁッッ!?!? ま、魔王様に粉骨砕身尽くしてきたのに……!?


「そんなこと言ってあげるなよ、俺は覚えてたぞ。前に戦った事あったし」


「あ、そう? 勇者に負けたって事は切り捨てた奴ね。それなら覚えてなくて当然だわ」


 ききき、切り捨て……?え、わたくし、切り捨てられてたの……? え? けっこうな長さ、お側で仕えさせてもらってたよ?


「常日頃から言ってた筈だ。魔族の王たる私の直属の部下となれば一回でも失敗したら次は無い、と。で、結局お前は勇者に負けたのだろう。そう申し付けた通り、負けた者に対して汚名返上の機会を与えてやるほど私は寛容ではない。お前はただの負け犬だ。ゴミだ。理解したならさっさと帰れクズ」


「おおおおお許しを……私めに、私めにもう一度だけ……どうか……」


「萌菜……流石にそういう態度は可哀想なんじゃないか? どうやってここに来たか解らないけどこいつ、お前を追って来たんだろうし」


 ……この勇者、やたら馴れ馴れしく魔王様と絡んでおるが━━━何ッ!? その乳呑み子……魔王様の魔力と勇者の能力の両方を秘めている!! ま、まさか……


「あ、この子? 空って言うんだ。俺と萌菜……魔王の子だよ」


 ま……まままま……まッ……魔王様と勇者の!? このクソスケコマシ!! 下半身の勇者の剣で魔王様をたぶらかしやがってッ……!! 許せん!! ここで灰塵と化してもらう!!


「は!? ちょ、おま、こんな人目のつく場所で……!」


五月蝿(うるさ)いです!! 出でよ!! 惑星滅破流星(アンゴル・モア)!!」


 轟音と強烈な衝撃波と共にジェノバの頭上に巨大隕石が。━━━まずい、こんなの放たれたら周辺の建物も只では済まない……仕方ない、聖剣グランダムで……


「いい加減にしろ」


 という、萌菜の絶対零度より凍てつく覇気を孕んだ一言はジェノバを突き刺し、瞬く間に術を解かせた。


「お前に足止めを食らったせいで5のつく日のタイムセールで日用品を書い貯める計画が頓挫した。この時間になってしまえば既に目当ての品は全て売り切れ状態だ。お前はこの世界でも私の足を引っ張るつもりか? 私の邪魔をするためにこの世界まで追いかけてきたのか? さっきも言ったが私は汚名返上の機会を与えてやるほど寛容ではない。その上で私の足を引っ張る、ということは命は要らぬという意思表示なのだな?」


 ゴゴゴ……という魔王オーラと共に閻魔業火(ゲヘナフレイム)を渦巻かせる萌菜。これに一寸でも焼かれてしまえば焼かれた部分の肉体が腐食し、回復が不可能になる。魔王らしい恐ろしき術だ。ジェノバは己の死を自嘲し、色を無くしていた時だった。


「燐、萌菜さん。こんな所で何をやっているんだ!?」


 現れたのは神楽坂。萌菜はハッと正気に戻り、神楽坂に状況を説明する。


「なるほど。この子は萌菜さんの側近だったんだな。それで萌菜さんを追いかけてこの世界までやってきた……と」


「そうなんです……魔王様亡き後、我々魔族は大変な思いを強いられていて……それで魔王様を追いかけてここまで来た、です……」


 と、涙ながらに訴えるジェノバに流石に萌菜も可哀想になったのか、とりあえず話を聞くことに。


「……具体的に、どのように大変なのだ?」


「魔族の中で都市生活者が増えて、人間と交流を持つものが爆発的に増加し、文明が急速に発達しすぎて人間と人間に下った魔族共が偉そうにしているのです! そんな魔族の片隅にも置けない連中と、人間共を魔王様にどうしてもシメて頂きたくて」


 むしろ理想的な方向へ進んでいっているのでは……


「ジェノバ。それも時代だ。今は魔族だの肌の色だの性的嗜好だの全てにおいて多様性を尊重する時代。お前の話を聞く限り、そちらの世界の方が上手く行っているように聞こえるぞ」


「魔王様までそんなことを……! もういいです! ジェノバは元の世界に帰ります! 私の手で裏切り者と人間共をシメ倒してきます!」


 大魔導ジェノバはぷりぷりと怒って転移魔方陣を展開する……が、


「……あれ?」


「どうした? さっさと帰れ」


「ま、魔王様……どうしてか転移魔方陣が機能しません……」


 神楽坂が顎に親指を


「お嬢ちゃん、そもそもどうやってこの世界に来たんだ?」


「お嬢ちゃん呼ばわりするな、です! ━━━魔王様亡き後もどこか遠くで魔王様の魔力を感じ取るのが出来たので、私なりに二十年程の年月をかけて魔王様が居ると思われる世界への転移術を編み出したのです……最も、時空に干渉する術なので魔力を増加させる魔石を山ほど消費しましたが……」


「魔石なんて便利なモン、この世界にねーぞ」


 と燐がすかさず突っ込むと、ジェノバはみるみるうちに青ざめて崩れ落ちるように(ひざまず)く。


「つまり、この世界に渡ったら二度と帰れない一方通行の転移術って事なのね。つーか帰る分の魔石くらい用意しておけこの馬鹿。お前を側近に置いていた事すら黒歴史だわ」


「それよりどうするよ、萌菜……東野辺りに連絡して無戸籍児として保護してもらおうか?」


「ダメよ。こんな奴、保護先の児童養護施設でも大暴れして迷惑かける未来が目に見えているわ」


 一理ある、と燐が頭を悩ませた時だった。


「じゃあ、俺がこいつを預かろうか?」


 そう言い出したのは神楽坂。


「神楽坂さん……まさか……」


「いや、俺はそういうロリコン的な嗜好はないぞ。ただ、燐と萌菜の前世を知ってから独自に魔法について研究し始めたんだ。俺の事務所の一角を研究室に改築してな。こいつの知識と魔力があれば研究が(はかど)るかもしれない」


 そういう理由か……そういえば神楽坂さんは弁護士資格を持つが大学では理工学部に在籍してたんだよな。理系なのか文系なのか体育会系なのかよくわからん人だが、こんな事故物件を預かってくれるなら欣喜雀躍(きんきじゃくやく)というもの。


「ふざけるな! こんな胡散臭いオッサンに保護されるなら乞食として彷徨(さまよ)う方がマシです!」


「お嬢ちゃん、チョコレートって食べたことある?」


 と、神楽坂が藪から棒にジェノバに問いかけると、客人用のチョコレートをジェノバの口に放り込んだ。それを舌の上で転がすジェノバ。なんだこれは。滑らかで香り高くで、甘くて━━━美味い。この世界には、このような食い物が存在するのか。


「俺んところについてきたら沢山あるぞ」


 ジェノバはひょこひょこと神楽坂の後ろをついていった。よほどチョコレートが気に入ったのだろう。チョコレート一粒で釣れるとはなんともチョロい大魔導だ。


「やり口は完全に不審者だけどね」


 という萌菜の呟きに納得せざるを得ない燐であった。

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