子の成長は新たな波乱を呼ぶ
5ヶ月、6ヶ月を迎えるようになると、支えがあればおすわりが出来るようになる。5ヶ月目辺りからガラガラなどのおもちゃで一人遊びもするようになった。かわいい。
食事中、口を開けてあむ、あむ、という仕草をし出したら離乳食のタイミング。萌菜がドロドロの離乳食をスプーンですくって空の口に運ぶと、もぐもぐと咀嚼してごっくんと飲み込み、きゃきゃ、と笑顔を覗かせた。
「まあ。美味しかったのかしら」
「すごいなー、もう物を食べれるようになるなんて。子供の成長の早さに驚かされてばっかりだよ」
「あなたはもうちょっと成長すべきだけどね。洗剤類やトイレットペーパー類は少なくなったら補充しとけって何回言えば理解してくれるの」
……相変わらず萌菜は俺に厳しい。
離乳食を始めてから空にも変化が。これまでドロドロだった便が固形化し始めたのだ。離乳食も徐々に咀嚼できる程度の固形物へと段階的に変化していくにつれ、便にも変化が現れるのだが━━━うちの子は、なんだかおかしい。
「……この便、なんだか炎属性を孕んでない?」
「萌菜もそう思うか? 昨日は氷属性のウンチが出たんだが……」
なぜか排泄物に属性が宿るようになってしまった。気になったのでググってみたが、やはりそのような事例はない。知恵袋で質問しても釣りだと思われるのが目に見えてるし、かといって医者に連れていくには……
「医者もびっくら転げて原因不明ってオチが目に見えてるものね」
心当たりがないわけでもない。この子は勇者と魔王の子。産まれながらに魔力を宿していても不思議な事ではないが……と、考えていたら、
キンコーン
と、インターホンの鳴る音が響く。あのプライド京都姑がまた来たのか、と思ったら、今回は違った。二人組の男性だ。
「立花先輩ー! 俺っす! 東野です!」
燐の後輩の東野巡査が家に訪ねてきた。もう一人は……燐には見覚えのある懐かしい顔だった。
「燐。久し振りだな。子供が授かったと聞いて東野と一緒に来させてもらったよ」
「え……神楽坂係長!?」
神楽坂潮は燐の刑事時代の上司で元・警部補。現在は三十四歳で、萌菜が臨月に入る直前に退官し、刑事時代のコネと大学時代に得た弁護士資格を活用してフリーランスの弁護士として活動している……ちなみに学生時代にキックボクシングで三年連続全国チャンピオンに輝いている猛者だ。
「ちょうどその辺で神楽坂さんとバッタリ遭遇して。その話の流れで立花先輩どうしてるかなーってなって、そのままアポ無しで来ちゃいました」
どうして燐の回りにはアポ無しでずけずけと来る奴らばかりなのだ、という萌菜の視線が痛い燐。とりあえず二人を自宅に上げて空を見せる。
「わー! かわいいっすね! 立花先輩そっくりでかわいい!」
東野。それは違う意味で取られかねないからやめろ。
「萌菜さんも元気そうでなにより」
「ええ……神楽坂さん、その節はお世話になりました」
萌菜と神楽坂が会うのは初めてではない。というか、燐と萌菜の馴れ初めに立ち会っているのだ。刑事時代の燐の指導役であり、バディを組んでパトロールしていた際に燐が暴漢に路地裏へと連れていかれそうになった萌菜を発見し、暴漢を取り押さえた。その時に親身になって心のケアをしてくれた燐に萌菜が惹かれ、結婚にまで至ったという経緯がある。
「そんなドラマみたいな出会いって本当にあるんっすねー。いいなー」
最も、結婚して出産してからの展開の方がドラマチックであったのだが。と、ここで唐突に東野の携帯が鳴り出す。
「はいもしもし……えっ!? ま、まじすか!? は、はい……今すぐ署に戻ります……」
「……東野、お前、また何かやらかしたな」
「流石、立花先輩……昨日上げた万引き犯の報告書に不備があったみたいで……すぐに署に戻ります……バイバイ空ちゃん」
東野は空との別れを惜しみながら去っていった。
「今は係長に指導されてるみたいですね。大変そう。係長が」
「燐、お前はいつくらいに職場復帰するんだ?」
と、神楽坂は藪から棒に切り出す。
「え、あー、俺は一応育休として一年貰ってるので……」
「そのまま満期で消化するつもりか? お前、巡査から部長(巡査部長の略)に上がって、仕事が一番楽しい時期だろう。知人が運営する保育園に特別に枠を取ってもらって入れることも出来るが、どうだ?」
……神楽坂の厚意は有り難いが、今の時期に保育園に預けられない決定的な理由があるんだよな、と燐が心の中で呟いたその時だった。空から便の香りが漂ってきたのは。……まずい。いろんな意味で、これはまずい。
「おい、空くん、便をしているんじゃないか。俺の事は気にせずにオムツを変えてやってくれ」
ここで属性を孕んだ便が出てたらどう説明すればいいのだ、と燐が冷や汗を垂らしていると、
「そうだ、神楽坂さん、せっかくですし、オムツが交換し終わるまで向こうでローズヒップティーでもいかがですか?」
ナイスフォローだ、萌菜。一瞬でも神楽坂さんを空の視界から外せれば即座に変える事くらいは……
「いや、気を使わなくて大丈夫だ。燐がどれほどパパとして成長したのか見てみたいしな」
玉・砕。
「……それとも、俺の前でオムツを変えられない理由でもあるのか?」
まずい、元刑事の勘がめちゃくちゃ冴えてる。
「そ、そんなことはありませんよ、ただ……神楽坂さんの前だと空も人見知りしちゃうかな、と」
「右上に視線をやったな。隠し事をしたいときに自然と出てしまう仕草のひとつだ」
そう言うと神楽坂は空が寝転がるベビーベッドに近づき、オムツを開けようとする。
「あ━━ッ、ちょ、やめ……大丈夫ですって、俺たちで変えるんで!」
「心配するな。甥っ子の世話で慣れているからオムツを交換するくらいはお手のものだ」
萌菜が止めに入る隙もなく神楽坂は空のオムツを開ける。と。神楽坂が愕然としたのは言うまでもない。なぜならそのブツは弾けんばかりに、バチバチ、と雷を纏わせていたからだ。
「燐……萌菜さん……これはどういう事だ……?」
「「空の調子が良い時の合図です」」