休戦協定
「勇者。ここで取り決めをしよう。前世で並々ならぬ因縁のある我らであるが、今生では一旦その因縁にフタをして置いておこうではないか。吾子を授かる前であればお前と再び刃を交えていたが、吾子が産まれた今、この子に我らのみっともない姿を見せるわけにはいかぬ」
「言われなくてもそのつもりだ魔王……この子を誤った道に進ませるわけにはいかないからな」
とは言ったものの、これはとんでもないことになったぞ……鬼嫁とかは聞いたことがあるけど魔王嫁、しかもリアルな魔王とか聞いたことがない……だが、人間の身体なら同じく老いて朽ちていくのは同じ。それまで婚姻という形で監視も出きるし悪いことではない。というか、プラスに考えないとやっていけない。まずはこの子の名前を━━━
「ふん。それならば前世から決めておる。私に子が授かったときは『叉譚』と名付けようと思っていたからな」
なんだそのキラキラネームならずクラクラネームは。
「お前なあ……この子が保育園や学校に行った時の事も考えろよ。そんな名前にしたら虐められるにきまってるだろ」
「それも一理ある。ならお前は何と名付ける」
「俺はこの子がお腹に居たときからずっと空って名付けようと思ってたんだよ……男の子でも女の子でも」
ふと、魔王は萌菜として過ごしていた頃の記憶が甦る。そういえばこやつは私の妊娠がわかったときから「もう名前は決めてある」と言っていたな……男の子でも女の子でも通用する名前だ、と……
一口に「空」と言えどもその色は様々。日中のような澄んだ青であれば夕刻の儚き紅蓮色にも、宵闇のどどめ色にもなる。それら全ての色と向き合ってくれるような子に育ってほしい、という思いを込めて燐はこの名にしたのだ。
「……わるくない。『空』……今日からこの子が私たちの……」
「……だろ」
「やめろ。馴れ馴れしく近寄るな」
「今日はめでたい日なんだ。今日くらいはこの子の為にも夫婦仲良くすべきだろ」
と、燐はスマホを取り出して三人の家族写真を撮影した。
「今生では因縁にフタをするんだろ。なら俺達は模範的な家族として生活していかねばなるまい」
前世での因縁もありながら、燐と萌菜として愛し合っていた記憶もきちんとある。前世は前世、今生は今生、と区切りをつけて生活していく他ない。二人の胸中は複雑だった。
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それから翌日、燐は職場に復帰した。
職場に復帰したのはいいのだが、これもまた波乱の幕開けとなることになろうとは。
「立花先輩、奥様のご出産、おめでとうございます!」
「ありがとう。そして悪かったな東野。昨日急に休んで大変だっただろう」
「そんなことないですよ、ここしばらくは暇な日が続いてますし」
と、東野が気を抜いた事を言うと、
「そうやって腑抜けているといざと言う事が起こったときに対応出来なくなるぞ。東野巡査」
そう東野を嗜めるのは警視庁諸山署生活安全課課長の木野内幸子警部。そう。公務員といえど、燐の仕事は他ならぬ警察官であったのだ。