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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第1章 魔法を知る者
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#8 揺らがぬ決意

グアノは来た道を振り返り、町へ戻ろうとした。


その時、バサっ、と布をめくるような音と、ひっ、と息を呑む声が聞こえた。グアノは再び馬車へと視線を向ける。


「彼は君を助ける気はないそうだよ。残念だね。」


嘲笑うようにそう言ったサイクが見下ろしていたのは、アロイだった。おそらく、先程までの話は全て聞かれていたのだろう。サイクを見上げるその目は怯えきっていて、声すら出せずにいるようだ。会話の意味が分からなくとも、自分が殺される立場にあることは理解しているのだろう。


「アロイ…!」


グアノは反射的に馬車へと駆け寄った。


「おっと!君には関係無いんじゃなかったのかい?」


そう言って、サイクは視線をグアノに向け、手をアロイへと向けた。グアノは動きを止め、そしてサイクが何をしようとしているのかを察して唇を噛んだ。


「てっきり…眠らせているとばかり思っていましたが。」

「もちろんそうしていたよ。だからこの子以外は起きていない。」

「なぜ…。」

「交渉材料に使える、と思ってね。」


そう言って、サイクはニヤリと笑みを浮かべた。


「この子と君が知り合いだってことは分かっていた。どうやら君から魔法の手解きを受けていたらしいということもね。だからこの子になら、少しは情が移っているんじゃないかな?」

「卑怯な真似を…。私は協力はしないと言ったはずですが。」

「でも、賛同はしてくれるんだろう?」


サイクは薄気味悪い笑みを浮かべて、勝ち誇ったようにははっと笑った。


「そんな中途半端なことを言われたら、汚い手を使ってでも、その心をねじ曲げたくなってしまうよねぇ。」

「っ……!」

「君が協力するなら、この子は殺さないよ。でも…協力しないなら、今すぐにここで殺す。どちらにせよ町に着けば殺されるんだ、ここで殺したとしても何の問題もない。」

「私がどちらを選ぼうと、その子を殺すつもりなのでしょう?」

「それは君が決めることだ。町へ行って彼らを殺さないように説得するなら、彼らは殺されずに済む。あの町に住むのは剣使いだ。魔法使いの君が言う事なら、渋々ながらも了承してくれるだろうさ。…さあ、見せてくれよ、君の心を。怒りか?憎しみか?それとも絶望かい?従うか、見殺しか、君の心はどちらへ傾く?」


目を爛々とさせながら、サイクは言う。グアノはなぜそんなにも自分を引き込む事に執着するのかが分からなかったが、その言葉で理解した。


(引き込むことが目的ではない。私の心の変化をただ見たいだけ、か。)


人質を取って脅せば変化が見られると思っているのだろう。サイクはグアノが決めた決断を覆すと予想し、実際にどうなるかを確かめたいのだ。


(サイクがしようとしている事は狂気に満ちている。正直理解できないな。他人の命を使って脅しをかけ、意思にそぐわないことを無理強いさせる事の何が面白いというんだ…?)


気分が悪くなって、グアノは顔をしかめる。実際には、サイクが予想している通りなのだ。ここでアロイを見殺しにすれば、たとえ自分に非がなくとも、グアノは自分を許せなくなるだろうと気付いていた。グアノは目を閉じて、一つ深呼吸をする。


(だがそれでも、私は留まるわけにはいかない。それが自らに課した…戒めなのだから。)


グアノは目を開け、答えた。


「私は…、あなたには協力しない。」


サイクは驚いたように目を見開いた。


「そうかい…なら、仕方ないね。」


サイクはつまらなそうにため息をつき、そして手に魔力を集中させるのが分かった。それを見て、グアノはすぐに、懐から取り出したものをサイクに向けて投げた。サイクは視線をグアノに向けたままだったため、それを空いている手で受け止めた。


「これは…?」

「私の魔力から作られたピドルです。」


グアノは答える。小瓶に入れられているそれは月の光を反射してキラリと輝いた。


「それと同じ物を、私はもう五つ持っています。その全てと、その子を交換しましょう。」

「……!」


サイクの目が、再び驚きに見開かれる。


(予想通り…、食い付いてくれたか。)


どちらにせよアロイを殺すつもりであるならば、『今ここで殺す』と言う脅し文句には意味がない。本当に脅しをかけたいなら、『協力すれば殺さない』と言うのが妥当だろう。そうしないのは、彼らを町へ運ばなければならないという立場上、アロイを失うことによる損失を避けたいからだ。ならば、その損失を補えれば、サイクはアロイを見逃すだろうと、そう思っていた。


そもそも、サイクはグアノが協力することにも、アロイを殺して魔道具にすることにも執着は無い。単純に心情の変化を見たいだけで、それらはあくまで手段に過ぎないのだ。


「なるほど…。確かにこれが六つもあれば、この子が二人いたとしてもお釣りが来る程の魔力だ。」


サイクはアロイに向けていた手を下げ、頭を抱えた。


「ふっ…ふふっ……。」


顔を覆っている手の隙間から、笑い声が漏れる。サイクはしばらく肩を震わせて笑いを堪えているようだったが、やがてその場に崩れるように膝をつき、笑い出した。サイクはひとしきり笑うと、息を切らしながら呟いた。


「ああ…なるほど、なるほどねぇ…。面白い。これだから、やめられないよ。」


そして、グアノに視線を向ける。


「分かった。その条件で飲もう。」


グアノは少し安心して、ほっと息をついた。続けてサイクは言う。


「ただし…対価とするにはそれは、少ないかな。」

「しかし、私が持っているのはそれが全てで…。」

「いいや、まだある。」


そう言って、サイクはグアノを指さした。


「君の中にある魔力ももらおうか。別に死ぬまでとは言わないが、それでもこの瓶に半分くらいにはなるだろう?」

「…分かりました。」


そう答え、グアノは荷物の中から瓶を取り出し、それを持ってサイクへと近づく。サイクは馬車から降り、グアノと向き合った。


「じゃあまずは、ピドルを五つ。」


グアノは黙って、差し出されたサイクの手に瓶を乗せた。


「そして私の分…ですね。」


グアノは空の瓶の蓋を開けた。そこですかさずサイクが言う。


「僕が抜こう。」

「……。」


グアノは顔をしかめたが、仕方なく空の瓶を差し出した。サイクはそれを受け取ると、グアノの方へ少し傾ける。


スッと、全身が冷えるような感覚があって、グアノは下を向き、眉間に皺を寄せた。全身から搾り取られるように魔力が抜かれて、それがピドルとして凝縮される。作られたピドルはサイクが持つ瓶へと吸い込まれていく。


(ずいぶん慣れているが、それも当然か。これまでの出稼ぎの者たち全員の魔力を抜いていたなら…。)


グアノはじわじわと魔力を抜かれながらそんなことを考えていた。しばらくすると息切れとめまいがし始め、それでもなお耐えていると、ついには体勢を崩してしまい、後ろに倒れるようにして座り込んでしまった。


「おっと、じゃあここまでにしておこうか。」


サイクの声が聞こえる。サイクが魔力を抜くのを止めたのが分かったが、グアノは何も言えず、目を閉じて荒く息を繰り返した。


「はぁっ……はぁっ……。」

「じゃあ約束通り、あの子はここへ置いていく。どうするかは君の自由だ。」


そう言ったのが聞こえ、しばらくすると馬車が動き出す音が聞こえた。馬の足音と車輪が軋む音がしばらく夜の空気に響いていたが、グアノはそれでも視線を上げることができず、何も聞こえなくなってからようやく目を開けた。


「お、お兄…さん…?」

「はっ…はっ…、アロイ…怪我、などは…?」


不安げに声をかけてきたアロイに対して、グアノは視線を上げ、息を切らしたまま尋ねた。


「うん、大丈夫。」

「そう…ですか…。」

「お兄さんこそ、大丈夫なの…?」

「この程度、なら…一晩、休めば、問題は…。」


視界がぐにゃりと曲がり、グアノは再び目を閉じ、頭をおさえる。


「アロイ…。」

「何?」

「私の、荷物に…毛布が、入っています…。今夜は、それを…使っ、て…くだ……さい…。」


なんとか言葉を繋ぎ、グアノは仰向けに倒れる。アロイが何か言ったような気がしたが、グアノには聞こえず、そのまま真っ暗な眠りへと落ちた。


ーーーーーー


少し冷たい朝の風と、眩しい光で目を覚ます。目を開けて空を見上げると、朝日に照らされ(しら)んだ空には雲一つない。乾いた風が首元を吹き抜けて、グアノは首をすくませた。


(私は昨日…、そうか、魔力を抜かれて、そのまま…。)


すぐには起き上がらず、辺りを確認する。グアノは街路樹を背にして、もたれかかるようにして寝ていた。毛布がかけられており、ふと横を見ればグアノに寄り添うようにしてアロイが寝ている。彼は胸を上下させながら小さく寝息を立てていた。


(街路樹のそばまでアロイが運んでくれたのか。毛布は一人で使ってもよかったのに…。)


グアノはアロイを起こさないようゆっくりと毛布から出て、立ち上がる。そして、傍に置かれていた荷物を手に取った。念のために中身を確認する。野盗を心配していたが、特に盗まれた様子は無い。グアノが空を見上げると、街路樹の枝に見覚えのある鳥が止まっているのが見えた。


「ナウス。」


呼びかけに応えるように、ナウスはグアノの前へと降りる。グアノは跪くようにしてその頭に軽く手を置いた。


「心配をかけてしまいましたね。無茶をしてしまい、申し訳ありません。」


ナウスはグアノに撫でられるまま、じっと動かなかった。しかし、グアノと目を合わせようとはしない。


ナウスは魔獣だが人の言葉は話せないし、戦闘に有効な魔法も使えない。倒れたグアノをただ見ているしかなかったのが気に食わず、ふてくされているのだろう。裏を返せば、それだけ心配をかけてしまったということになる。


「またセクエに手紙を送ろうと思います。その時は、よろしくお願いしますね。」


慰めるようにそう言って、グアノは立ち上がる。そして眠ったままのアロイに視線をやった。


(成り行きで引き取ってしまったが、これからどうしたものか。シヴェリエへは連れて行けないし、エスベルに返すわけにもいかない。しばらくは同行することになりそうだが…。)


そう考えて、視線を道の先へと向けた。


(ここを真っ直ぐ進めばシヴェリエの町。だが、地図が正しければ、途中に分かれ道があったはずだ。そこを進んだ先は…どうなっているんだったか。)


地図を確認しようと、荷物の中を探る。と同時に、強烈な眠気が襲ってきた。


(まだ疲れが残っているのか?魔力を抜かれたのは夜遅くの事だからな…。一晩では回復しきれなかったか。)


グアノは手を止め、アロイへ視線を向ける。


(私ももう少し、眠ろうか。)


木に背を預ける。少しすると、まぶたは自然と重くなり、グアノは再び眠りへと落ちていく。その心地よさの中で、針でついたように小さな感情が、胸の内に生まれた。


(本当にこれで…よかったのか?)


それは黒く冷たく、しかし焼き付くようにグアノの中に留まっていたが、まどろみに溶ける意識の中ではすぐにそれも分からなくなってしまった。

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