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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第1章 魔法を知る者
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#5 役人の男

予想はできていたことだが、アロイの家へ向かう途中、シヴェリエの役人と再び会った。仕送りの金銭を配って回っているのだろう。


「おや、あなたは先程の。」


グアノを見るや否や、男が声をかけてくる。二人いた内の、グアノを見ていた男だ。先程と同じように、その顔には笑みが浮かんでいる。


「またお会いしましたね。もう町を出るのですか。」

「いえ、もう少し先の予定です。といっても、あって無いような予定ですが。これからもう少し、この町を見て回ろうかと思っているところです。」


グアノは男の目をまっすぐに見て答えた。なぜだろう。今回は視線から嫌なものを感じない。


(何を考えているか読めないな…。)


グアノは少し警戒していた。彼らからは何か、嫌な予感がしている。


「あなたがいつまで滞在する予定かは分かりませんが、町の人に話を聞いて回るなら、今日のうちに回ることをお勧めしますよ。」

「なぜです?」

「我々は、明日には発つので。」

「……?」


意図が読めずにグアノは首を捻る。それを見て、男は言い加えた。


「我々は年に一度、こうしてエスベルの町に出稼ぎの方からの仕送りを届けに来ます。そしてその際に、エスベルから新たに出稼ぎに出る方をシヴェリエへお連れするのです。」

「…なるほど。町の方が出稼ぎに出てしまう前に話を聞いていた方が良い、と。」

「ええ、そういう事です。」


男は頷いた。その目が何かを含んでいるように見えるのは、考えすぎだろうか。


「おっと、呼び止めてしまって申し訳ありません。お急ぎでしたか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。…一つ伺いたいのですが。」

「何でしょう?」

「この町から出稼ぎに出る人は、どういった基準で選ばれるのでしょうか。」


グアノは尋ねる。一人親だったアロイの父親や、結婚したばかりのシャロンの夫。もちろん他の人にも事情はあるだろうが、家庭の状況を考えるなら、そういった人が選ばれるのは不自然だ。


「そういったことは、あまり外の方にはお伝えできないのですよ。しかし、そうですねぇ。少しお伝えするなら、町長に数人、候補の方を選んでいただき、その方の中から我々が選んでいるのですよ。その基準までは、お伝えできませんが。」

「…そうですか。」


警戒するように険しい表情を浮かべるグアノに向けて、男は笑みを崩すことはなく、最後に思い出したように付け加えた。


「私の名はサイクといいます。旅をしていらっしゃるなら、またどこかでお会いする日もあるでしょう。」


それでは、と頭を下げて、役人はグアノとすれ違う。グアノもそれ以上呼び止めるようなことはせず、少年の家へ向かった。


ーーーーーー


「いやぁ、まさかお兄さんが来るとは思わなかったよ。」


慌ただしく片付けをしていたアロイは、突然やって来たグアノにそう言った。


「家は…、姉ちゃんから聞いたんだよね。」

「ええ。彼女の家で待っていてもよかったのですが、もう少し町を見て回りたかったので、ここへ向かうついでに見てきたんですよ。」

「でも、ここは何も無い町でしょ?」

「まあ…そう、ですね。」


何の変哲もない町だ。特産となるようなものも、観光にできるほどの景観も、風習もない。


「しかしこの町は、のどかでいい場所ですね。時の流れが、とても緩やかに感じる。」

「うん。僕もそう思う!」


グアノはアロイの家にあげてもらって、椅子に座ってアロイの片付けが終わるのを待っていた。それほど小さな家というわけではないが、子供が一人で住むにはやや広く、あまりに寂しい。椅子や手袋などが二人分置いてあるのを見ると、確かにかつて二人で暮らしていたのだと分かる。寂しさを紛らわす為に、あえて片付けずにいるのだろうかと思うと、胸が切なくなる。


「…っと、これでよし!待たせてごめんね、お兄さん。」

「そんなに急がなくとも構いませんよ。」


慌てて向かいに座るアロイを見て、グアノはなだめるように言った。


「えへへ、気にしないで。僕が急ぎたくて急いでるんだから。」

「あなたは本当に、外に興味があるんですね。」

「僕は町から出たこと無いし、シヴェリエに行った人は帰ってこないから…。今まではあんまり気にしたことなかったけど、お兄さんが町の外から来たっていうなら、やっぱり興味は湧くよ。」


そう言って、アロイはうーんと考え込む。


「でも…何から聞けばいいのかなぁ。外のことはよく分からないし…、そうだ!」


何か思いついたように、アロイが身を乗り出してくる。


「お兄さんってどこから来たの?お兄さんが住んでた町を教えてよ!」


そう尋ねられて、グアノは答えに迷った。隠すようなことは何も無い。だが、この子に魔法使いのことを教えるのは…。


「お兄さん?どうしたの?」

「そう、ですね…。」


グアノはアロイから視線を逸らし、顎に手を当てて考えた。そして言葉を選びながら、ゆっくりと話し始める。


「私の故郷は、この大陸のずっと北にある国です。とても大きな国で…小さな町も賑やかな町も沢山あります。そこは魔導国、という国で…。」


どうすべきだろう。伝えるべきか、隠すべきか。


(いや…隠すべきではないな。少なくとも彼は他の町の人とは違って、魔法を知っている。それならば、その力を隠さずに生きていける場もあるのだと知っておいても損はない。)


「魔法使いが、住む国です。」

「ふうん…?」


不思議そうに、アロイは返事をする。


「そういうお話が沢山あるってこと?」

「いいえ、本当にいるんですよ。魔法を使うことができる者たちが。」

「あははっ、まさかあ!」


アロイは笑った。


「ありえないよ、そんなの。だって魔法使いなんて、空想上のものだよ?僕が子供だと思ってからかってるんでしょ。」


(…まさか、この子は魔法を知らない?あれだけの魔法を、無意識で使っていたのか?)


信じられず、グアノは言葉を詰まらせる。


(いや、可能性としてはありえるのか。この町には魔法の文化がないのだから…。だとしても、周囲には剣使いの町ばかりだ。それが魔法だと自覚していなければ、いずれ剣使いに知られてしまう。カロストには魔法使いを憎く思う剣使いが多い。自覚せずに魔法を使うのは危険すぎる。)


「私は嘘はついていませんよ。私もまた、魔法使いの内の一人ですから。」

「ええー?そんなの…。」

「…見てみますか?」


呆れたように言うアロイに対して、グアノはあくまで冷静に、アロイに向けて手を差し出す。


「本当に…?」


まだ信じてはいないが、それでも興味があるようにアロイは聞き返す。グアノは初めて魔法を見るであろうアロイが怯えないよう、ふっと微笑んでみせた。そして呪文を唱える。


光魔法(フィオウラ)。」


何も無かったグアノの手のひらの上に、小さな光が生まれる。決して眩しくはなく、柔らかく暖かい光だ。グアノはさらに続けて唱える。


形成(レント)。」


瞬間、光は透明な球になってグアノの手のひらに落ちる。それはガラスのように見えたが、先程の光を写したような色合いで、内側からほのかに光を発している。グアノはそれを、アロイにもよく見えるように差し出した。アロイは目を丸くしたまま何も言わずに瞬きを繰り返していたが、恐る恐るその球を手に取った。


「ふわぁ……、本当に?本当に魔法?」


怯える、と言うよりむしろ好奇心に満ちた目で、アロイはグアノと球を交互に見ている。


「ええ、これが魔法です。」

「すごい…、すごいね…!ねえ、お兄さんの国にはこんな人が他にもいるの?」


アロイは目を輝かせながら尋ねる。


「ええ、いますよ。私の他にも、国の外にも、世界中に。」


アロイはわあ、と嬉しそうな声を漏らした。


「すごいね!僕知らなかったよ。こんな事ってあるんだ。そっかぁ、そうなんだぁ…!」


アロイは光の球をまじまじと眺め、満足げにため息をついた。


「ねえ、僕…もっとたくさん見てみたいな。世界中にいるなら、僕もいつか会えるかな?」

「町の外に出れば、会えるかもしれませんね。」

「じゃあ、きっと会えるね!」


嬉しそうにニッと笑って、アロイは言った。


「さっき来たシヴェリエの人がね、僕も連れて行ってくれるって教えてくれたんだ!」

「出稼ぎ…ですか?あなたはまだ子供だというのに?」

「父さんがね、僕のことが心配だから、シヴェリエの町長さんに話をしてくれたんだって。そしたら、一緒に暮らしてもいいって、言ってくれたんだって!あ、でも…いつかシヴェリエからも出て、いろんな所に行ってみたいな。そしたら、いろんな魔法使いに会えるよね?」

「……。」

「お兄さん?」


グアノは考えた。本当は、アロイ自身が魔法使いであることは伏せようと思っていた。魔法を知っていれば、いつかは自分で気づくだろうし、それを恐れる人がいることも想像できるようになると思ったのだ。だが、彼がすぐに剣使いの町(シヴェリエ)に行くことになるのなら、それを知っていなければ迫害を受けることになりかねない。


「それなら、伝えておかなければなりませんね。」

「何のこと?」

「あなたにも、魔法を使う素質があるんですよ。だからこそ、私はあなたに魔法を見せたのです。」

「えっ、と…、僕も同じことができるってこと…?」

「そうですね。やり方さえ知っていれば。」

「それ、僕にも教えてくれる…?」


アロイの目が好奇心に輝いている。グアノにとっては新鮮な反応だった。普通、魔法を当たり前に知っていれば、ここまで強く興味を持つことはないからだ。彼が魔法を扱えるようになれば、探究心溢れる良い魔法使いになれるだろう。


「簡単な基礎知識程度なら、教えられますよ。ただ、その前に一つ。魔法を使えない人の前では、絶対に魔法を使ってはいけません。あなたが魔法を扱えることも教えないほうがいいでしょう。」

「なんで?」

「この力は、怖がられたり、嫌われたりすることが多いんですよ。本当に話していい相手かどうか分かるようになるまでは、誰にも伝えないようにしてください。あなた自身のために。」


言いながら、グアノは考える。


(それにしても、町は父親を返すのではなく、子供を受け取る方を選んだのか。もっとも、この子は外の世界を見たいと言っているし、ましてや父親に会えるというのなら嫌がることは無いだろうが…。)

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