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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第1章 魔法を知る者
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#4 別れと対価

シャロンの家に上がると、グアノが何を言うより先に、少年が声を張り上げた。


「シャロン姉ちゃーん!お邪魔するよ!」


その声を聞いて、家の奥からシャロンが駆けてくる。


「あら、アロイ君じゃない。グアノさんも帰ってきたのね。どうぞ上がって。」


その声に促されて、アロイと呼ばれた少年は家に上がる。歩いてくる途中で鳥や濡れた手袋は袋にしまっていたので、アロイは特に血や匂いを気にする様子はなかった。シャロンもそれには慣れているようで、何かを言うことはない。


アロイは部屋に入ると、すぐにグアノの傷を確認しようとした。二人は椅子に座り、向かい合う。傷を見せるために手のひらを差し出すと、アロイは顔をしかめた。


「うーん…。歩いたのが悪かったのかな、毒が少し回ってるみたい。ちょっと色が悪くなってるね。」


それを聞いて、グアノはやってしまったな、と思った。血が止まらないからといってすぐに回復魔法を使ったために、毒が外へ出なくなってしまったのだろう。


(回復魔法は傷を癒すことはできても、毒を消すことはできない。私は解毒魔法は使えないし、魔法薬は高価だからな…。)


「治らないほど悪くはならないと思うけど、明日あたりに腫れたり痺れたりするかも。でも、五日もあれば治ると思うよ。」


そう言って、アロイは立ち上がる。シャロンに頼んで包帯をもらってくると、慣れた手つきでグアノの傷に包帯を巻いた。


「うん、これで大丈夫!」


アロイは満足げに頷いた。


「…君の名前は、アロイというんですね。」


グアノは口を開く。


「そうだよ。お兄さんは…、グアノさんだっけ?」

「はい。」

「旅してるんでしょ?いいなぁ!いろんなところに行くんだよね。何か話して聞かせてよ!」


アロイは目を輝かせてグアノにせがんだ。しかし、そこでシャロンがこちらへやって来る。


「アロイ君。それもいいけど、急いで持ち帰らないと肉が悪くなるんじゃないかしら?」

「あ、そうだった!…じゃあ、これ片付けてきたらまた来てもいい?」

「私は構わないわ。賑やかなのは嬉しいもの。」


シャロンはにっこりと笑う。そしてグアノに視線を向けた。


「私も構いませんよ。話せない理由もありませんから。」

「分かった、すぐ戻るから!」


そう言って、アロイは家を飛び出した。パタパタと駆けていく音が扉を閉めた後もしばらく聞こえていた。


「風のように元気な子ですね。」

「ええ、ほんと。」


シャロンは微笑んで、グアノの向かいの椅子に座った。


「子供は元気なくらいがいいわ。…一時はどうなるかと思ったけど、ね。」

「……?」


シャロンは少し暗い表情でそう言った。その言い方を不自然に感じて、グアノは眉をひそめる。


「何か、あったのですか?」

「あんまり大きな声で話すことでもないんだけどね、あの子、お母さんがいないのよ。あの子を生んですぐに、力尽きるように死んでしまったの。抱いてあげることさえできなかった、と聞いているわ。」

「……。」

「それから、町のみんなで助け合いながら、お父さんが頑張って育ててたんだけど…。三年前だったかしらね、急に、彼が出稼ぎに行くことに決まったのよ。」

「出稼ぎ?あの子の父親は猟師だったのでしょう?」


仕事があるならば、無理に出稼ぎに行く必要などないはずだ。いくらこの町に特産がないといっても、適任は他にもいるのではないだろうか。


「エスベルではね、年に一回、隣町のシヴェリエに出稼ぎに行く人を決めるのよ。そこはここよりもずっと大きな町でね、人も多いし、活気もあるわ。ここはのどかでいい所だけど、土地が豊かとは言えないし、お客さんも滅多に来ない。誰かが働きに出ないと、この町は潰れてしまう。でも…そうね、あの子のお父さんが行くことになった時、たくさんの人が、それを止めようとしたわ。彼がいなくなったら、アロイ君はどうなるんだ、ってね。でも、もう決まってしまっていて、変えることはできないと言われて…。今思えば、それで納得してしまった私たちも悪いんだけど…。」

「そんな事が…。」


グアノは林でのアロイの様子を思い出して納得した。彼がまだ猟師としての技術を父親から教わる前に、離れ離れになってしまったのだろう。


「連絡を取ることはできないのですか?」

「基本的に、許されていないわ。出稼ぎに出た人が帰ってくることもない。シヴェリエとエスベルの間で、難しい取り決めがあるみたいで…、そういった事ができるのは、この町では町長だけよ。」


シャロンは重くため息をつく。


「アロイ君はそれ以来、ずっと落ち込んでいて…、最近になってやっと子供らしい表情が戻ってきた感じがするし、お父さんと二人でやっていた狩りもアロイ君一人で再開したんだけど、本当はすごく寂しいと思うわ。と言う私も、去年、結婚したばかりの主人がシヴェリエに行ってしまったんだけどね。」

「それは…お寂しいですね。」


シャロンは困ったように笑った。


「ええ、ほんと。人がいなくなるって、寂しくなるものだわ…。」


コンコン、と扉を叩く音がして、シャロンは顔を上げた。


「あら、アロイ君かしら?早かったわね。」


シャロンは立ち上がり、玄関へと向かう。グアノもそれを後から追った。しかし、玄関に立っていたのはアロイではなく、二人の若い男だった。二人とも、にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。シャロンが現れると、男のうちの一人が口を開いた。


「どうも、こんにちは。シャロンさんのお宅で間違いないですね?」

「ええ、そうよ。」

「ではこれ、今回の仕送りの分です。」


そう言って、男はシャロンに袋を手渡した。夫が出稼ぎに出たのなら、おそらく中身は金銭だろう。


「まあ、こんなに。ありがとうございます。」

「いえいえ、それではこれで。」

「あっ、待ってください!」


手短に会話を切り上げ去ろうとする男に向かって、シャロンが声をかける。


「まだ、何か?」

「あの、私の主人は元気でやっていますか…?」


男はニコリと笑って答えた。


「ええ、もちろん。彼のおかげでシヴェリエのみんなが喜んでいますよ。」

「あぁ、そうなのね。よかった…。あの、これ。手紙を書いたんです。主人に届けてもらえませんか?」


そう言って、シャロンが懐から手紙を取り出す。しかし、男は困ったように首を横に振った。


「申し訳ありません。そういったものを受け取ることはできないんですよ。」

「…そう、ですか。」


シャロンは黙り込む。連絡はできないと知っていたので、断られる覚悟はしていたのだろう。男は申し訳なさそうに頭を下げて、そのまま去ろうとする。しかし、もう一人の男の顔を見て動きを止めた。彼はグアノをじっと見つめていたのだ。不審に思い、グアノは尋ねる。


「…何か?」

「いえ…、以前はあなたのような方はいらっしゃらなかったと思いましてね。」

「旅をしておりまして。偶然この町に寄ったのです。」

「そうでしたか。」

「あなた方は、この町の者が出稼ぎに行っているという、隣町の…?」

「ええ、そうですよ。それでは、あまり長居をするわけにもいきませんので、私たちはこれで。」


失礼します、と頭を下げて二人は立ち去った。


グアノは二人の姿が見えなくなって、緊張が解けたようにため息をついた。無意識のうちに身構えていたのだ。


今やって来た二人のうち、シャロンと話していたのは剣使いで間違いない。だがもう一人の、グアノを見ていた男は魔法使いだった。魔導国の外では、魔法使いと剣使いが共に行動するのはとても珍しい。だが、それ以上に。


(あの男の目からは、何か嫌なものを感じた…。)


グアノはごくりと唾を飲む。好意とも敵意とも違う、あの視線。まるで何かを見定めるような、値踏みするような視線。あの男は、自分を見て何を考えていた?


(考え過ぎ…だろうか。)


グアノが考えていると、すぐ隣でシャロンが深くため息をついた。


「そうよね。手紙も贈り物も、届けられないのよね…。分かっていた、つもりなんだけれど…。でも、もしかしたらって…思ってしまったわ…。」


シャロンはうつむき、顔を手で覆った。


「でももう…、私の魔法使いは、いないのね。」


その言葉に驚いて、グアノは思わずつぶやく。


「魔法使い…?」


不思議そうにいうグアノに向けて、シャロンは力無く笑った。


「あら、いやねえ。本当の魔法使いじゃないわよ?」


無理に明るく振る舞おうとするシャロンは、とても辛そうに見えた。


「私はね、小さい頃から火を起こすのが苦手なの。何度やっても石が欠けるばかりで、火をたくことができないのよ。だから料理を作るにも時間がかかってしまうし、部屋を温めることもできなくて…。」


ふふっ、と寂しそうにシャロンは笑った。


「でも、彼が火打ち石を持つと、すごいのよ?一瞬で火がついてしまうの。だから、きっとあなたは炎の魔法使いなのね、なんて…、よくそんな話をしていて…。」


シャロンは言葉を濁した。なんと声をかければいいのか分からないまま、グアノは口を開く。


「これから先ほどの…アロイの家へ行きます。話をしてほしいとせがまれていましたから。」

「…ごめんなさい。気を使わせてしまったかしら。」

「いいえ、気にしなくて大丈夫です。もし私に出来ることがあるなら、いつでも教えてください。」


どんな言葉をかければいいのか、分からなかった。ただ出来ることがあるとすればそれは、しばらくの間一人にしてあげることだろう。グアノは家を出て、静かに扉を閉めた。


(たとえ生きていると分かっていても、二度と会えないというのは辛いだろう…。)


故郷に残した友人を思い出しながら、グアノは考えた。自分はタンザに、シャロンと同じような思いをさせているのかもしれない。だが、国へ戻るという決断はできなかった。


(私が国を出た理由がセクエにあることは明白。捕らえる以外の目的で罪人を追って国を出たとなれば、扱いは共犯とほぼ同じ…。)


少なくとも、魔導国ではそれが暗黙の了解になっている。今戻ったところで、自分はおそらく捕らえられてしまう。ほとぼりが冷めるまでは戻らないのが無難なのだ。


(さて、彼の家は…。)


グアノは意識を集中させ、少年の魔力をたどる。ここからそう離れた位置ではない。グアノは歩いてその家へ向かった。

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