#10 エピローグ たとえ忘れてしまっても
馬車から降り、宿へと向かう道のりで、グアノはタンザとたわいもない会話をしていた。日はすでに傾き、空は橙色に染まっている。もうすぐに陽が沈んでしまうだろう。
「それで、今は俺が隊長をやっているんだが、副隊長がまたやる気のないやつでな。」
「しかし、そんな人でも副隊長に選ばれたのなら、相応に実力は伴っているのでしょう?」
「それにしたって、もう少し敬意を持ってくれたっていいと思うんだ。友達じゃないんだからさあ…。」
「…それをあなたが言うんですか?」
楽しい会話だった。こんな風に雑談を楽しんだのはいつ以来だったか。
「そもそも四番隊は身分にとらわれない自由な関係を築いているのが良いところでしょう?厳格な上下関係ではできない連携を取れるのは大きな強みのはずです。…まあ事実、そこでのやりとりに慣れてしまって他の隊で失言してしまう場合も多かったようですが。」
「そうなんだ。それを他の隊長から注意されててな。改善しようと色々考えてるんだが、これがなかなか難しくて……。」
難しいと言いつつも、タンザもどこか楽しげだ。こんな風に意味のない会話を楽しんだのも、随分と昔のことのように感じる。
角を曲がる。このまま真っ直ぐ進めば宿に着くという所まで来て、グアノは前から駆けてくる人影に気づいた。
「先生ー!」
走ってきたアロイを抱き止めて、グアノはその頭に手を置いた。
「おかえりなさい!」
「ええ。ただ今戻りました。」
思わず笑みがこぼれる。後から遅れるようにエルナンが歩いて来た。
「待っていたよ。全く心配ばかりかける奴だな。」
「心配してくれていたんですね。」
「当然だ。お前の呪いを治すのは僕なんだからな。」
ふふ、と声が漏れる。グアノはエルナンに笑いかけた。
「ありがとうございます。」
素直に礼を言われたのを珍しいと感じたのか、エルナンは照れたように視線を逸らす。
「…別に、セキガ族として未知の何かがあることが許せないだけさ。どうせ、出た先で呪いが発動しているだろう。お前の変化で呪いにどんな影響があるかも調べたい。帰って来たばかりで悪いが、もうしばらく付き合ってもらうからな。」
「ええ…実は一度倒れてしまって。」
そう言うと、驚いたようにエルナンが振り返った。
「なんでそれをもっと早く言わないんだ!魔力の量に異常はないのか?ただでさえ仮面が無くて回復が遅れているっていうのに…!」
「すみません…。」
「ああやっぱり、魔力がもうほとんど無いじゃないか。とにかく早く部屋へ戻るぞ。」
血相を変えてまくし立てるエルナンに気圧され、思わず口ごもる。エルナンに手を引かれて、グアノは宿へと駆け出した。
(ああ、温かい。)
自分の胸につかえていた何かを、仮面と共にあの場に置いて来た。この心にぽっかりと穴が開いてしまったようで、寂しいような、虚しいような心地がしていた。
だが、それを優しく、温かく埋めてくれる者がいる。こんなに近くにいたのだ。それにようやく気づくことができた。
こうして彼らと過ごすうちに、あの方から与えられた優しさも、抱いていた憧れも、感じた幸せも、温かさも、自分の中で小さくなっていくのだろう。新たに与えられたものが、この心をゆっくりと満たしていくのだろう。そうなった時、自分はあの方を忘れてしまうのだろうか。
(そうだとしても、もう恐れはしない。)
たとえこの心に何も残らなくなってしまっても、あの方への恩は忘れるまい。それだけで十分だ。自分はそんなに多くは背負えないのだから。
(リガル様。私はようやく、自分のために生きることができそうです。)
燃える炎のように赤く染まった空の下、グアノはただ満たされた思いで笑みを浮かべていた。




