#7 決意
目を覚ました。夢の中であれほど流した涙は、ただ目尻に一筋の線を残しているだけだった。
ゆっくりと体を起こす。昨日と比べれば、体はいくらか動くようだった。窓から刺す光は傾いていて、まだ昼にはなっていないということが分かる。
(私のようになる必要はない、か…。)
その言葉は不思議と、違和感なく胸の内に収まっていた。むしろ、その言葉をずっと待っていたような気さえする。
「体力は順調に回復しているようだね。あれから大きな効果も現れていないようだし、無理をしなければ簡単な魔法も使えそうだ。」
そばで見ていたエルナンが声をかけてきた。そしてその声につられるように、アロイがやってくる。
「あ、先生起きたの!」
「アロイ、おはようございます。」
そう声をかけた後、グアノは眉を寄せた。
「…何をしていたんですか?」
アロイは少し疲れているようだし、魔力も減っているような気がする。
「ああ、お節介だとは思ったんだけどね、アロイ君に魔法を教えていたんだよ。」
エルナンが答えた。
「この子はシンシリアの出身だろう?さっぱり基礎ができなかったのにはさすがに驚いたよ。」
「それを、アロイがあなたに伝えたのですか?」
「いいや、僕と会ったとき、初対面なのに魔力を構える素振りが無かったからね。少しおかしいとは思っていたんだ。まあ、シンシリアでは魔法は異端だからね。カロストに来るまで魔法を教えなかったのはいい判断だよ。」
そう言ってエルナンはアロイを振り返った。
「ただ、今まで意識して魔法を使った事がなかったからなのか、呪文は扱いにくいみたいだね。魔力がそういう質になってしまっている。」
「えっ…そうなの?」
アロイは不安げな声を上げる。エルナンはなだめるように言った。
「心配する事はないよ。魔法が全く使えないわけじゃない。むしろ君には特別な才能があるとも言える。」
エルナンは面白がるように笑みを浮かべ、顎に手を当てていた。
「グアノ、この子はすごいぞ。魔力が、まるで生きて意思を持っているみたいだ。」
視線をアロイから逸らさず、エルナンは言う。
「この子が魔法を意識しなくても、自然と体内の魔力が魔法に変えられている。常時魔法を使い続けていると言ってもいい。」
「しかしそれでは、魔力がすぐに尽きてしまうのでは?」
「それが凄いところだよ。この子はどうやら魔力の回復が早い体質のようでね。逆に魔法を使わずにいると魔力が溢れてしまうだろう。この子が意識下で魔法を使えるようになれば、どんな魔法使いになるのか…成長が楽しみだ。僕が引き取りたいくらいだよ。」
「…驚きました。」
グアノは呟くように言う。
「あなたが他人、それも異種族にそこまで興味を持つなんて。」
「僕はこう見えても知識欲は強い方でね。未知なるものに強く惹かれるのさ。僕だけじゃない。一族は皆同じような性格をしてるよ。」
「……。」
グアノ少し黙り、考えてから口を開く。
「あなたが私をこうして気にかけてくれるのも、知的好奇心によるもの、なのですか。」
「……。」
今度はエルナンが黙り込む。表情を険しくして、エルナンは宙を睨みつけた。
「随分と意地の悪い質問だね。」
「図星なのですか。」
「…確かに、病としての呪いは資料がほとんど残っていない。それをより深く知りたいと言う気持ちは認めるよ。そして、それの治療方法を確立したいとも思う。正直、お前の命とこの好奇心、どちらが優先なのか、自分でもよく分からないくらいだ。」
でも、とエルナンは続ける。
「お前を救いたいと思っているのは、紛れもない事実だ。」
「……。」
「僕は、一族の中では魔法の扱いが苦手な方でね。何をしたって人より劣っていたんだ。恵まれない才を恨んだ事だってある。…だから僕は、知識量だけは誰にも負けるまいと、そう決意したんだ。」
そう言って、視線をグアノに向けた。射抜くように鋭く、焼け付くように力強く、ただ真っ直ぐに、グアノを見据えた。
「僕には知識がある。誰にも負けないほどの知識が。必ず治療法を見つけ出してみせるさ。僕の威信にかけて、その呪いをそのままにはさせない。」
グアノは目を閉じて、ふっと笑みを浮かべた。
(…そうだったのか。)
耳を塞いでいただけ。目を逸らしていただけ。気付かないふりをしていた、ただそれだけ。
(大丈夫、きっと…大丈夫だ。)
グアノは目を開け、エルナンを見つめ返した。
「エルナン。私は決めました。私は変わらなければならない。もう、このままではいたくないのです。だから…」
息を吸って、吐き出す。
「私の事を、信じていてください。」
「つまり、僕は何をすればいい?」
「何も。」
エルナンは訝しげな顔をした。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。ただ見守っていてほしいのです。私が、前へ進めるように。」
エルナンは悲しそうに肩を落とした。
「何もせずにいろと…そう言うのか?」
「…すみません。」
気まずくなって、グアノは視線を逸らす。
「あなたが見守ってくれている、その安心感に、今は縋らせてください。」
「……。」
エルナンが、わずかに動揺したのが分かった。
「……そうか。そうしたいんだな。」
「はい。」
「分かった。その意見を尊重しよう。」
「えっと…先生はどうするの…?」
アロイが不安げな表情で近づいてくる。グアノは手招いてアロイをそばに寄せると、その頭に手を置いた。
「私は、あなたがいつか立派な魔法使いになる日を、見てみたいと思っています。」
「えっ?」
「もちろん、あなたがそれを望まないのなら、別の生き方もあるでしょう。あなたが何を選ぶにしても、私はその行く末を、見届けたいと思うのです。」
「先生は、ずっと一緒にいてくれるの…?」
穏やかに笑みを浮かべ、グアノは頷いた。
「はい。あなたが、それを望んでくれるなら。」




