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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第4章 いつまでも貴方の隣で
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#2 訪問者

グアノを部屋に運んで、ベッドに横たえる。グアノの目はうっすらと開いており、意識はあるのだと分かるが、呼びかけても反応が無い。しばらくするとグアノは目を閉じて、寝息を立て始めた。


ふう、とため息をついて、タンザは頭を押さえた。


何が起こっているのか、よく分からない。グアノが戻ってきた事もそうだが、今までどこにいたのか、何をしていたのか、なぜ突然出ていったのか、一緒にいる子供が誰なのか、尋ねたいことは山ほどある。だが、それよりも先に気にすべきは、グアノの今の状態だ。


(魔力がほとんど感じ取れないのはなぜだ?あまりにも少なすぎる…。)


港にいた時、グアノは周囲に魔力遮断の結界を張っていた。だから魔力がほとんど分からなかった。だが、今はその結界は張られていない。にも関わらず、港にいた時よりも感じられる魔力は小さくなっている。眠っているというのに魔力の回復もとても遅い。


先程まで結界は維持できていたし、会話も普通にできていた。その時までは、魔力はまだ十分にあったはずだ。こんなに急速に魔力が減るとは思えない。国を出ている間に、彼に何が起こったのだろう。


(考えるだけでは無理があるか。)


タンザはベッドのすぐ脇に視線を向ける。不安げにグアノの顔を覗き込んでいる少年。魔力を感じ取れることから魔法使いであることが分かる。年齢は十歳くらいだろうか。グアノの子ではないだろうが、だとしたらこの子の両親はどうしたのか、グアノとはどういう関係で、なぜ共にいるのか、グアノがこうなった原因を何か知っているのか、こちらも聞きたいことはいくらでもある。だが、こんな子供にそれを尋ねたところで、まともな答えが帰ってくるかがそもそも怪しい。


タンザは少年と目を合わせるようにしてできるだけ優しい声で話しかける。


「いきなり不安にさせてごめんな。俺はタンザ。この国で兵士をやってて、グアノとは古い知り合いなんだ。」

「…僕、アロイって言います。魔法使いで、それで…、えっと……。」


アロイは困ったように口籠る。


「なあ、一つだけ確認したいんだが、ここで寝てる男の名前は、グアノで間違いないよな?」

「うん、と……。」

「そんなに警戒しないでくれ。人違いだと困るから確認してるだけなんだ。まさか名前を知らないで一緒にいるわけじゃないだろう?」

「……。」


少年は黙ったまま答えない。警戒されているのか、それともグアノから口止めされているのか…。


(魔力の質から考えて、間違いないはずなんだがな。…顔を見ても判別がつかないなんてな。)


タンザはグアノの素顔を見たことがない。まだ見習いの兵士だった頃は知っているが、側近や国王補佐の座に上がった時にはもう仮面をつけていたし、それ以降グアノが仮面を外すことはなかった。傷跡を見られたくないと言っていたが、あの異様なまでに顔を隠そうとする様子を見れば、何か他に理由があるのだろうとは薄々感じていた。そんなグアノがなぜ今は仮面を外しているのか、それすらタンザには分からないのだ。


(俺はこいつの事を、どれだけ分かっていたんだろう。親友だとずっと思っていたが、知らない事ばかりじゃないか。)


「…くそっ!」


アロイがびくりと肩をすくませる。怖がらせてしまったのだと気付き、慌てて笑顔を作る。


「あ、ごめんな?怒ってるわけじゃないんだ。ただ、こいつのために何もできないのが、悔しくてな…。」


(俺の魔力を一部移すか…?いや、これだけ弱った状態で質の違う魔力を与えるのは負担が大きいな。グアノの制御能力を考えれば問題はないだろうが、負荷をかけるのはできるだけ避けた方がいい。となると、他にできる事は…。)


何も思い浮かばない。タンザはグアノに視線を向けた。グアノは意識も保てないほど魔力を消耗しているのだ。それなのに、このまま魔力が回復するのをただ待つしかないのか。自分だって魔法使いだというのに、何もしてやれる事が無いなんて…。


コンコン、と部屋の扉を叩く音が聞こえた。タンザはすぐにそちらへと向かう。扉の向こうからは魔法使いの気配を感じる。だが、見知らぬ魔力だ。


少しだけ警戒しながら扉を開ける。そこにいたのは赤い髪をした青年だった。青年はタンザを見つめ、訝しげに眉を寄せた。


「ここにグアノがいるはずだ。彼はどうしている?」


そう言った瞬間、タンザの後ろでアロイがあっと声を上げた。


「名前、言っちゃダメだって言われてたのに…。」


それを聞いて、青年は納得したように軽く頷いた。


「なるほど、口止めをするとはいかにもグアノらしい。」

「待て。お前、グアノとどういう関係だ?あいつに何かしたのか?」

「残念だが、そう警戒するようなやましい事は何も無い。僕はエルナン。グアノが連れている魔獣、ナウスの点検をしに来ただけの、ただの魔法使いだ。ナウスと僕と魔力の質が同じという事くらい、すぐに気付くかと思ったんだが。」


見下すような視線を向けられて、タンザは顔をしかめた。


「そんな風に僕を警戒するという事は、つまりグアノは今『そういう状態』というわけだ。まあ、ナウスが室内にいる事を考えれば、予想通りといったところかな。」

「お前、何を知っている?」

「そんな事よりも、今はグアノの容態を確認するのが優先じゃないのか?見たところ、大した処置もできていないんだろう?」

「それは…。」


タンザは口籠る。その横をエルナンは通り抜けていった。


「ふむ、なるほどね…。」


タンザが戻ると、エルナンはグアノの上に手をかざして何やら考え込んでいるようだった。


「先生のこと、分かるの?」


不安そうに尋ねるアロイに促されるように、エルナンは淡々と現状を説明した。


「まず、呼吸が浅い。体が弱っている証拠だ。そして魔力だが、ほとんど尽きかけている。回復速度も異様なほど遅い。本来なら、もう少し速いはずなんだが。」


エルナンは部屋の中を見回し、ベッドの脇にグアノの荷物があるのを見つけると、その中から仮面を取り出してグアノにつけた。


「これで少しはマシになるだろう。あとはこの状況を作っている根本の原因だが…。」


エルナンはじっと、グアノを舐めるように見る。足先から上がっていった視線が、胸元で止まった。


「ここか。」


そう呟いて、エルナンは軽く胸元を指で突いた。そこから、黒い霧のようなものが勢いよく噴き出す。アロイが小さな悲鳴をあげて数歩後ろへ下がったのが分かった。タンザはごくりと唾を飲む。


「身構える必要はない。一時的に可視化しただけで、これ自体に害はないからな。それにしても…やっぱり呪いを『発症』していたか。」

「これは…なんだ?」

「呪いだよ。それも天然とは珍しい。…ああ、この国ではこの魔法はもう廃れていたんだったか。」


エルナンは手を離す。そして冷ややかな視線をタンザに向けた。


「だが、いくら呪いを知らず、その対処も分からないとはいえ、何かしらの魔法が使われていることくらい見抜けなかったのか?隊長が聞いて呆れるな。」

「……っ。」


その一言に、タンザは言葉を詰まらせ、拳を強く握りしめる。


「…悪かったな。」


吐き捨てるように、タンザは呟いた。


「どうせ、俺は何もできないさ。グアノがこんなになってるっていうのに、情けない話だ。」

「……あー…。」


そのタンザの様子を見て、エルナンはばつが悪そうにそう言って、頭をかいた。


「すまない。言い過ぎだったな。僕にはどうも異種族を軽蔑する癖があるようでね。直すように周りからも言われてるんだが、どうにも癖が抜けきらない。」


エルナンはグアノに視線を戻す。


「別に、知らない知識なら覚えればいい話だ。そもそも、こんな状況に陥る事自体が珍しい。僕だってこうして実際に見るのは初めてだし、生きているうちにもう一度お目にかかれるかといえば、そんな事はまず起こらないだろう。」

「これは…魔法なのか?でも、グアノ以外の魔力は感じられなかったぞ。」

「当然だ。この呪いはグアノが自分にかけたものだからな。」

「……?」


何を言っているのか分からず、タンザは首をひねる。


「グアノ自身が、わざわざ苦しむような事を…?」

「いや、グアノは無自覚だろう。だが、いつかこうなるんじゃないかと予想はしていた。」

「じゃあ、分かっていてそのままにしたのか?」


タンザは思わず声を荒げる。エルナンはタンザを振り返る。唇を噛み、悔しそうにするその表情を見て、タンザは続けて出かけた言葉を飲み込んだ。


「…元々、僕は反対していたんだ。こうなることが予想できていたからこそ、グアノには呪いを使ってほしくなかった。呪いはグアノとは相性が悪すぎるんだ…。」


エルナンは軽く首を横に振り、はあ、とため息を吐き出して、エルナンはタンザに向き直る。


「ひとまず、グアノの現状は知っておいた方がいいな。呪いを知らないなら、それについても説明しようか。」

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