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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第4章 いつまでも貴方の隣で
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#1 異変

船が港に着いたのは、日が沈みかけて空が橙色に染まった頃だった。慌ただしく動き回る船員をかき分けて、グアノは船べりから港を見下ろす。


荷物を持って行き来する者、声を荒げて指示を出す者、積荷の中身を確認して何やら紙に書き込んでいる者…ありふれた光景の中に、その場に似つかわしくない格好の人が何人かいるのが見えた。


(あれは兵士だな。近隣国で抗争があったとなれば、警戒するのは当然か。)


グアノは顎に手を当てる。すぐ隣でグアノを見上げていたアロイが声をかけてくる。


「先生?どうしたの?」


(港に配備されたのなら、警備部隊か。見たところ、隊長や副隊長は見られないが…)


かつて国王補佐として国の中枢にいたグアノは、警備部隊と突撃部隊の各隊長、副隊長に魔力を覚えられているはずだ。出会わずに済むなら好都合だった。


(遠くから見ている可能性も捨てきれない。いや、そもそも実際にいる兵士は形だけで、魔法で監視されている可能性もある。)


そして自分に見えない位置にいるその兵士の中に、自分を知る者がいないとは限らないのだ。


(魔力遮断の結界を使うか。かといって完全に剣使いを装うのは無理がある。違和感を感じない程度に、かつ遠くからでは私の魔力が気づかれないように加減して…この国では仮面はつけられないからな。魔力の消費量にも気を付けなければいけない。)


考えを巡らせながら、グアノはアロイに視線を向けた。


「先生…?」

「アロイ。できるだけ、私の名前を口にしないようにしてください。」

「なんで?」

「私がここにいることが知られると、少しまずいのです。詳しい事情は説明できないのですが…お願いできますか。」

「う、うん。分かった。」


険しい表情をするグアノに気圧されるように、アロイは頷いた。そんなアロイを安心させようと、グアノはできるだけ優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫です、アロイ。怖がる必要はありませんよ。」


しかし、アロイはまだ不安そうにグアノを見ていた。グアノはその頭に手を置いて軽く撫でると、乗降口へと向かった。


ーーーーーー


予想していた通り、グアノが港に降りると数名の兵士がグアノの近くへやって来た。


「長旅お疲れ様です。事情は船長から聞いています。シンシリアからきた魔法使いの方ですね?」

「はい。」

「話は聞いていると思いますが、近隣国で抗争が激しくなっているのです。念のため、入国者全員に身体調査と荷物検査を行っています。荷物を貸していただけますか。」


グアノが荷物を渡すと、受け取った兵士はそれを持ってにこやかに微笑んだ。


「ご協力ありがとうございます。それでは、こちらへどうぞ。お連れの魔獣も一緒で大丈夫ですので。」


グアノの腕に乗っているナウスにちらと視線を向けてそう言うと、兵士は小さな小屋へとグアノたちを案内した。そのうちの一つの部屋へ通される。促されるまま両手を広げ、武器や魔道具を隠し持っていないか、簡単な検査が行われた。グアノはその点においてやましい事は無い。アロイやナウスも特に何かを咎められることなく検査は終わり、荷物の検査が終わるまで待機するように言い残して兵士は部屋から出ていった。


部屋の戸が閉められると、グアノは小さくため息をついた。


自分の周囲にそれと知られないように結界を張り続けるのはやはり難しい。特に、魔力遮断の結界は通常の結界よりも難度が高いのだ。短時間だったとはいえ、兵士に触れるほど近づいた緊張も相まって、精神的な疲弊は大きかった。


(だが、せめて港を離れるまではこの結界は維持しなければ。)


自分の残りの魔力を確認し、心を落ち着けるために深呼吸をする。大丈夫だ。魔力にはまだ余裕がある。気を抜かなければ何も問題はない。


「先生、大丈夫…?」


ナウスを両手で大切そうに抱えたアロイが心配そうに声をかける。ナウスは大人しくしているが、グアノをじっと見上げているのはアロイと同じだった。


「ええ、大丈夫ですよ。」


グアノはそう言って、部屋に置かれた椅子に腰をかけた。しばらくすると兵士が入ってきて、荷物を手渡してくる。


「ご協力ありがとうございました。検査は終わりましたので、こちらはお返ししますね。」


グアノはそれを受け取ると、アロイと共に部屋を出た。するとちょうど、入り口から一人兵士が入ってくるところだった。


「隊長、お疲れ様です。」

「どうだ?特に変わりはないか?」


隊長と呼ばれた男は様子を見に来ただけのようで、特に慌てた素振りはない。グアノにチラリと視線を向けたが、すぐに兵士に視線を戻し、現状について話をしているようだった。グアノは何も言わずに小屋を出て、港を後にする。後ろを歩くアロイがグアノに話しかけた。


「先生、これからどこに行くの?予定が変わっちゃったんでしょ。」

「そうですね、まずは宿へ行きましょう。船員の話によれば、この町で泊まれるように手配をしてくれているそうですから。」


グアノは立ち止まり、後ろからついてきていたアロイに視線を向ける。


「もう日が暮れますし、これからどうするかは明日になってから考えても遅くはないでしょう。元々、目的地のない旅ですからね。」


グアノはアロイと並んで歩く。魔法使いの多いカロストでなら、アロイにもちゃんと魔法を教えてやることができるだろう。シンシリアでは人目を気にして、ずっと簡単な知識しか教えられなかったのだ。それは船旅の途中でも話していたし、アロイもきっと楽しみにしているだろう。


(だがその前に、まずは国を出るのが優先か。)


グアノは厳密に言えば罪人ではないが、もし兵に見つかれば長期の足止めを食らうのは間違いない。一つの場所に長期間留まるのはグアノの望むところではないし、アロイにあまり心配をかけたくなかった。それにグアノ自身、失踪同然の方法で国を出た手前、他の人たちに合わせる顔がない。


(この国は私がいなくても成り立つのだ。わざわざ首を突っ込む必要などない。)


船員に教えられた宿の前まで来て、まさに入り口に入ろうとした瞬間、グアノは早足で近づいてくる気配に気づいて足を止めた。


「ああ、よかった。この宿だったんだな。」


軽く息を切らしながらそう言った男を、グアノは振り返る。心臓がちぎれそうなほど早く、うるさく鳴っていた。そこにいたのは、先ほど隊長と呼ばれていた男だった。


(タンザ…。)


ごくりと唾を飲み込む。小さな小屋の中で、すれ違うほどまで近づいたのだ。他の隊員ならばまだしも、タンザにはやはり気づかれてしまっていたか。


「なあ、お前。一声くらいかけてくれてもいいんじゃないか?」

「…何の事でしょうか。」

「しらを切るのは無駄だ。お前の魔力を俺が見間違えるはずがない。分かってるだろう?」

「さあ…。分かりませんね。」


グアノはあくまで他人を装う事にした。タンザの様子を見る限り、自分を捕らえようとしている訳ではないようだ。しかし、もしこのやり取りが他の誰かに見られたら、それを良く思わない者は多いだろう。


「もういいでしょうか。そろそろ日も暮れますし。」

「待ってくれ、まだ話は…!」


タンザが宿に入ろうとするグアノの手を掴む。それを振り払おうとした瞬間、一瞬だけめまいがして、グアノは姿勢を崩した。


「うっ……。」

「おい、大丈夫か?」


タンザが腕を引いてその体を支える。グアノはなぜか息切れをしていた。そしてそのまま、ゆっくりと崩れ落ちるようにその場に膝をつく。


(まただ…。)


この感覚には覚えがある。以前いた町で魔獣に襲われた時も、似たようなことが起こった。余裕はあったはずなのに、なぜか魔力が急激に消耗し、意識を保つことすら難しくなる。あの時は焦って魔力の量を見誤ったかと思ったが、違う。この状態は明らかに何かがおかしい。


「どうした?しっかりしろ!」


力強いタンザの声が頭の中に響く。だが、目の焦点が合わず、体に力が入らない。意識が飛ぶほどではないが、自力ではとても動けそうになかった。


「とりあえず、部屋まで運ぶからな?」


タンザは反応が無いことが分かるとそう言って、グアノを抱え上げると宿へと入っていった。

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