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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第3章 いつか見た夢の続きを
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#8 新たな旅路

町へと向かう荷馬車は沈黙に包まれていた。グアノはその重い空気の中で、不安げな表情のアロイを慰めるようにその肩を抱いていた。


すぐ目の前、向かい合うようにしてバルドールが座っていた。いくら決闘の結果とはいえ、町の人は魔獣を嫌っている。ナウスの安全も考えて、町にいる間は出来るだけ一緒に行動してほしいとのことだった。


バルドールは暗い顔をして下を向いていた。魔獣の駆除が目的だったというのなら、大きな損害もなく終わった事を喜んでもよさそうだが、そんな雰囲気ではない。何か声をかけるべきかとも思ったが、その言葉が見つからなかった。


「なあ、グアノ。」


バルドールが静かに口を開いた。


「お前に、話したい事がある。そして、良ければ意見をもらいたい。魔法使いとして、魔獣と旅をする者として。」

「何でしょうか。」


思わず身構えるグアノに対して、バルドールはふっと笑った。


「なに、難しい話じゃないさ。俺の昔話だよ。」


ーーーーーー


俺には爺さんと婆さんがいた。二人とも優しくて大好きだったよ。小さかった頃は、良く遊びに行ってたもんだ。


だが、爺さんはある時病気でパタっと死んじまった。俺と両親はもちろん悲しんだが、特に婆さんがひどく落ち込んで、俺が遊びに行っても口を聞かなくなっちまってな。今にも後を追って死んでしまいそうだったんだ。


だから俺の両親がお金を出し合って、魔獣を買った。


当時は、この町でも魔獣は普及していたんだ。それなりに値が張るが、ちゃんと貯金すれば楽に手が届くくらいの金額だった。


買ってきた魔獣は、爺さんにそっくりだったよ。体格からシワの数まで寸分の狂いも無いほどだった。婆さんはそれを見るなりすっかり本物の爺さんだと思い込んで、涙を流して喜んだんだ。俺もてっきり爺さんが帰ってきたのかと思って、婆さんと一緒に大喜びした。


あの時ちゃんと、その爺さんが魔獣だって理解できてたら、俺はこんなに迷ってなかったのかもしれないな。


その魔獣は、俺が知ってる爺さんとは少しだけ違ったんだ。おとなしくて、いつも困ったような顔をして。でも、一緒に暮らすほど違和感が無くなっていった。それはきっと、あの魔獣が本物の爺さんに少しでも近づこうとしてたんだろうな。


今考えれば、随分と頑張ってたと思うよ。顔も知らない人間の真似をし続けて似せるなんて、そう簡単なことじゃない。少なくとも俺はそんなことはできないし…そんな生き方は耐えられないな。


爺さんと過ごす日々は、それはそれは穏やかなものだったよ。でも、だんだんと町の人は魔獣を受け入れられなくなっていった。生き物のようで生き物ではなく、道具のようで道具ではない。自分達の理解を超えた得体の知れないもの。そんな物は持つべきじゃないっていう意見が多くなっていったんだ。


当時の俺は、爺さんが本物だと信じていたが…その魔獣ってものに爺さんが含まれることも分かってた。だからそんな意見には反対だったんだが、それが原因で他の子たちと喧嘩する事が増えてな。はじめはなんて事のない悪戯だったんだが、ある時、橋から突き落とされた事があった。


人通りの少ないところだったからな。大人は誰も助けに来なかったんだ。必死になってもがいて、でもうまく泳げなくて、溺れかけてた時、爺さんが助けに来たんだ。近くに人なんていなかったはずなのに、なぜか爺さんは俺のすぐ近くにいて、腕を掴まれたと思ったら、次の瞬間には陸に上がっていた。意識が飛んだとか、そういうんじゃない。まるで時間をすっ飛ばしたみたいに、一瞬で移動したんだ。


これが爺さんのやった事だって、すぐに分かったよ。そして、それが俺たちには使えない力なんだって事も。


怖くなった。助けてもらったのにこんな事思うなんておかしいけど、今まで同じところに立ってたと思ってだ爺さんが、すごく遠くの存在に思えたんだ。


そして、騙されたとも思った。見た目は人間なのに、俺が知っている爺さんと何も変わらないのに、中身は全くの別物なんだ。そいつの事を、もう家族だとは思えなかった。


それからしばらくして、町では魔獣の所持が正式に禁止された。俺たち家族は爺さんを処分しないといけなかった。でも、それもできなかったんだ。


身勝手、だよな。自分でもそう思う。だけど、一時は家族として一緒に生活していたんだ。多少なりとも情が移っちまってた。


他にも似たような事を考える奴は沢山いてな、その人達と話し合って、魔獣を町の外に放す事にした。魔力の供給が無くなればいずれ死ぬ事は分かっていたんだ。せめて魔力が尽きるまで、自由に生きさせてやりたかったんだ。


ーーーーーー


「…魔獣は、自由に生きるという生き方をする事ができません。」


バルドールが話し終えてから、グアノは口を開いた。


「魔獣は生まれながらに役割を持っています。そして、それを果たすために生きている。役割を失った魔獣は、新たな役割を与えられるのをただ待ち続けると聞きます。」

「ああ、そうなんだろうな。だからあいつらは、どこへも行かずにずっとここで待っていた。もうあれから、何年も経つっていうのに。」


グアノは目を閉じた。剣使いと魔法使いには、分かり合えない溝がある。これを埋めるにはとても長い時間が必要で、そして完全に埋まる事はないのだと、グアノは痛いほどに分かっていた。


「自分が魔獣たちに対して行った事を、どう思っていますか。」

「酷いことだったのかもしれないと、そう思うよ。だが、俺たちにだって悪意は無かった。その他にどうすればよかったのかなんて、当時の俺たちには…いや、今もずっと、分からないままだ。」

「そうですね。正直私も、魔獣への扱いはどうするのが正しいのか、その答えを知りません。命として扱うか、道具として扱うか、その基準は国によって異なりますし、個人の間でも考え方の差は大きい。」


グアノはエシクスが話していた事を思い出しながら言葉を繋いだ。


「私から言える事があるとすれば、あなた方が最後に彼らの処分を決断した事は、結果として、彼らを救ったのではないかと思います。」


グアノは目を開け、自分のそばでうずくまっているナウスに視線を落とした。


「持ち主がいる事、そして何かを望まれる事。たとえそれがどんな望みだとしても、それは魔獣にとって、何事にも代え難い幸福、なのだそうです。」

「魔獣が、そう言ってたのか。」

「はい。」

「そうか…。」


バルドールはそう答え、一つため息をするように深呼吸をした。


「ありがとう。お前からその言葉をもらえて、良かったよ。」


ーーーーーー


ときおり船にぶつかる波の音に耳を傾けながら、グアノはぼんやりと水平線を眺めていた。この船はバルドールと出会ったあの町を出発し、カロストへと向かっている。


頬に当たる風は冷たいが、波は穏やかで天気もいい。船員によれば、大きな遅れはなく目的地へ到着するだろうとのことだった。


町には長期の滞在も許されていたが、ナウスを連れている手前、あまり長居はしたくない。グアノは予定を早め、泊まった翌日には船に乗り、町を出た。


アロイは、グアノから少し離れた場所で身を乗り出すようにして海を覗き込んでいた。ずっと町から出たことがなかったアロイには、海は珍しいものなのだろう。目を輝かせながら海鳥や波打つ水面を眺めている。


ナウスはというと、グアノのすぐ近くの船べりに止まって、じっとグアノを見つめていた。


「ナウス。」


グアノは声をかける。


「最近、様子が変ですね。いつもなら私とは別行動をして、近くに来ることなどほとんど無いのに。」


ナウスは何も言わない。グアノはただ真っ直ぐに向けられた視線から推測するしかなかった。


「魔獣たちが攻撃されるのを見て、不安にさせてしまいましたか?それとも、何か私に伝えたいことがあるのですか?」

「……。」

「…あなたが話せたら、どれだけよかったでしょう。」


腹の奥にある思いを吐き出すように、グアノは呟く。


「エシクスは、あなたの事を幸せ者と言っていましたね。あれが本当なら私は、せめてあなたに、彼らのように死を望まないでほしいと、そう思います。いや、それも私が決める事なのかもしれませんね。あなたに役目を与えるのが、私の役目ですから。」


そっと手を伸ばし、ナウスの背を撫でる。真っ白の羽毛は温かく、柔らかい。


しかし、ナウスはふい、とグアノから視線を逸らしてしまった。どうすればいいのか分からず口籠ると、一人の船員がグアノに向かってやってきた。


「ここにいたんですね、旅人さん。」

「どうしました?」

「いや、それが…少し面倒なことになりましてね。」


船員は困ったように頭をかいていた。


「次の目的地が魔法使いの港町だということは伝えてありましたよね?」

「はい。」

「その国で、最近になって剣使いとの抗争が起こっているらしくて。剣使いの船は停泊を禁止されているみたいなんですよ。でも旅人さんは魔法使いなので、剣使いの港に寄ることもできなくて、今寄れる港を探していたんです。」

「それで、どこへ向かうのです?」

「今連絡をとっている途中なんですが、どうやら魔導国になら停泊できそうなんですよ。」


その言葉を聞いて、グアノはわずかに眉を顰めた。


(魔導国か…。)


そのグアノの様子には気付かず、船員は続けた。


「当初の予定とは航路が変わってしまいますし、港への到着もかなり遅れてしまいますので、その連絡を。」

「そうですか…分かりました。」


グアノは頷く。船員はほっとした表情で持ち場へと戻っていった。


(まいったな、よりによって魔導国か。)


だが、自分が魔法使いであり、剣使いの船に乗っている以上、寄れる港は限られる。ここでわがままを言うわけにはいかない。


(私一人なら、剣使いを装って船を降りることもできるが、アロイを連れた状態ではそれも難しいだろう。)


仕方がないことだ。最低限、知り合いには会わないように経路を考えなければいけない。魔導国にいた頃はずっと仮面を付けていたから、顔を出していれば本人だと分かることは無いだろうが、魔力の質は変えられない。魔法の使用は控えなければならないし、王城の関係者であればすれ違っただけでも自分だと知られてしまう。


(警戒は怠れないな…。最悪の場合のことも考えておかなければ。)


グアノは船べりのアロイに視線を向け、楽しげなその様子をじっと眺めていた。

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