#7 いつか見た夢
「旅人様?!」
遅れてやってきたエシクスは、繰り広げられる戦闘を目の前に、呆然と言葉を漏らした。
(そんな…なぜ?やはり決闘でなければ身の潔白を晴らすことはできないのか?剣士と戦うなんて無茶な…。)
そう思い、戦況をよく確認する。すると、どうにもおかしな事に気付く。
剣士が押されているように見えた。男が持つ大剣と、旅人が持つ双剣。直撃した時の威力は大剣が勝っているだろう。だが、それは双剣の素早い動きに翻弄され、虚しく空を切るばかりだ。旅人の一撃一撃は強くはないが、確実に剣士を追い詰めている。
(旅人様が、まさかこんなにお強いとは。)
唖然として、エシクスは決闘を見つめていた。旅人が、一際大きく剣を振る。剣士はそれを身をよじって避けたが、体が大きく傾いてしまう。そしめ、続け様にもう一つの剣が剣士に振り下ろされようとしていた。
その瞬間、エシクスは初めて剣士の顔を見た。それまで、旅人の影になっていて見えなかったのだ。その瞬間、衝撃が走る。追い詰められ、悔しそうに歪んだその顔を、エシクスは知っていたのだ。
(バル坊…?)
何を思うより早く、エシクスは転移魔法を使った。普通に考えればあり得ないことだ。エシクスに残された魔力はほんの少しだけ。魔法、それも消耗の激しい転移魔法を使うなんて、自殺行為に等しい。
しかしそれでも、後悔はなかった。エシクスはずっと、そのために生きていたのだから。
ーーーーーー
バルドールはただ何も考えず、目の前の戦いに集中していた。というより、他のことに注意を向ける余裕など無かった。この旅人、グアノは相当に強い。一撃当てるどころか、相手の刃をいなすことも難しいくらいだ。
グアノの振るう剣先が、ヒュ、と空を切る。バルドールはそれをかろうじて避けたが、姿勢を崩し、そのまま倒れてしまう。それに追い打ちをかけるように、グアノがもう片方の剣を振り下ろす。
(勝負あり、か。)
悔しいが、この実力差では認めざるを得ない。バルドールは負けを認め、振り下ろされる刃を見据えた。しかしその瞬間。
「おやめくだされ!」
「……!」
二人の間に割って入るように、一人の老人が現れた。グアノは剣が当たる直前でなんとかそれを止めたが、かなり動揺しているように見えた。
「エシクス…?」
「おやめ、くだされ。この子だけは、どうか…。」
老人はバルドールを庇うように両手を広げ、グアノの前に立ち塞がっていた。だが、許しを乞うようなその言葉はすぐに弱々しくなり、その場に倒れてしまう。
「エシクス!」
グアノは剣を置き、倒れた老人に声をかけ、肩を叩く。そして反応がないことが分かると、自分に視線を向けた。
「バルドール、決闘は一旦…」
「いや、いいさ。もう勝負はついてたからな。」
そう答え、バルドールは体を起こす。そしてチラリと老人に目をやった。
「…馬鹿なやつだ。決闘はあくまで模擬戦。傷付けられる、ましてや殺されるなんて事、ありえないってのに。」
「そんな言い方はないでしょう。」
グアノが口を開く。
「状況は確かにそうだったかもしれません。しかしエシクスはあなたを守ろうとしていたのですよ?それにあの言葉…あなたは彼の持ち主ではないのですか?」
バルドールは黙り込む。
「とにかく、魔力を足さなければ。」
「その必要はない。」
その一言に、グアノは手を止める。そして視線を向けずに言った。
「なぜ。」
「言ったろう。魔獣は、例外なく討伐の対象だ。こいつがこのままくたばるなら、それに越したことはない。」
「…剣使いであれば、知らないかもしれませんね。魔獣というものは、体内の魔力に多くの情報を紐付けている。それが全て失われれば、全ての情報…知識も記憶も失われてしまいます。」
「だからなんだ。」
バルドールはグアノが悔しげに唇を噛んでいるのに気付いていた。そして自分が、それと似たような顔をしていることにも。
「忘れられるなら、忘れたほうがいい。何の後腐れも残らないからな。」
「あなたはそれでいいのですか。」
「いいさ。」
そう答え、バルドールは小さく呟いた。
「…身内に殺される記憶なんて、無い方がいい。」
「……。」
バルドールは立ち上がり、グアノに手を差し出す。
「決闘はお前の勝ちだ、グアノ。お前が魔獣ではないと認め、連れの魔獣を町に入れる事も例外的に許そう。」
グアノ差し出されたその手を取ることはなく、周囲を見渡していた。バルドールも視線を上げて辺りを見る。
魔獣との抗争は、もうほとんど片付いているようだった。いや、抗争と呼べるほどのものではなかったのかもしれない。彼らが一切抵抗しないだろうという事を、バルドールは知っていた。
倒れ、動かなくなった魔獣を担いだり、用意していた荷車に乗せて運ぶ兵たちの中には、涙ぐんでいる者も何人かいた。それを見て、バルドールはグアノに尋ねる。
「お前は俺たちを薄情だと罵るか?」
「…そうしたい思いがある事は認めます。しかし、それがあなた方の答えだというのなら、部外者の私が口を出すべきではないでしょう。」
「…お前、苦労しそうな性格してるなぁ。」
そう漏らすと、グアノはバルドールを見上げた。
「言うも言わないも自由さ。言いたいことがあるなら、言ったって良いじゃないか。言うべきじゃないと思ってても、相手はその言葉を求めてるかもしれないだろう?」
「……。」
「まぁ、人の意見が簡単に変わるものじゃないって事くらい、俺だって分かってるけどな。」
バルドールは再び手を差し出す。グアノはその手を取り立ち上がる。すると、すぐにアロイが駆け寄ってきた。
「先生、大丈夫…?」
「私は大丈夫です。心配をかけてしまいましたね、ナウスも。」
グアノはそう言って、アロイが抱えているナウスをそっと撫でた。ナウスは嫌がるような素振りも無く、ただじっとグアノを見つめている。
「こんなところで立ち話をするのもなんだ。町へ行こう。一悶着あったが決闘の結果はすでに出ている。俺はお前たちを歓迎しよう。剣士として、それは約束する。」
「ありがとうございます。」
グアノはそう言って、真っ直ぐにバルドールを見つめた。その視線が、周りから目を逸らすために向けられているように感じた。何か無理をしているようにも見える。
(…分からない。)
彼はただの通りすがりではないのか。なのになぜ、ここまで辛そうな表情をするのだろう。
(魔法使いだから、なのか?だとしたらやっぱり、魔獣は剣使いの俺たちに扱える代物じゃなかったって事だ。)
だからこれは、扱いきれない物を持とうとした自分達への罰なのだ。彼らを可哀想と思うこと自体、おこがましい。
(いつかお前たちと分かり合えたら…なんて。そんな夢を見たのはいつの日の事だったか。きっとお前たちだってそれを望んでいた。)
バルドールは足元に倒れた魔獣に視線を落とした。
(俺たちは、なんて罪深いんだろう。お前たちのことを分かってやれず、勝手に生かして、勝手に殺した。なあ、お前たちは俺たちといて幸せだったか…?)
彼がその問いに答えることは無いというのに、そう問わずにはいられない。何もできない自分の無力さが、ただただ悔しかった。
「バルドール、あなたは…。」
考えている事が表情に出ていただろうか。グアノは少し不安そうにバルドールに声をかけた。
「本当は、彼らの事を…。」
「言わないでくれ。」
続けようとした言葉を遮る。バルドールは一つため息をついた。
「…悪いな。」
そう呟いたバルドールに、グアノはもう声をかけることはなかった。




