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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第3章 いつか見た夢の続きを
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#4 悪夢

まだ暗い夜の荒野で、グアノは目を覚ました。夜になると気温が下がる。肌寒さに身震いして、グアノは体を起こした。体を動かせる事から考えて、魔力は随分回復しているようだ。この調子なら、朝を迎える頃には完全に回復するだろう。


この寒さを毛布無しで凌ぐのは厳しい。荷物も一緒にここに持って来てあるはずだ。グアノは周囲を見渡した。


(……?)


妙だ。暗くなっていて分からなかったが、ここは先ほどまでいた場所とはどうやら違うようだった。エシクスが腰掛けていた岩が無いし、地面は小石が多く散らばっていたはずだが、さらさらとした柔らかい砂地だ。


(ここはどこだ?いつ移動した?)


グアノはひとまず、周囲の気配を探った。あの魔獣たちが近くにいるなら、見えずとも魔力で分かるはずだ。しかし。


「なぜ…?」


グアノは愕然として呟く。何も感じ取れない。周囲に気配が無いのではない。自分の中の魔力が、全く呼びかけに応じないのだ。


魔力の量に異常はない。体も問題なく動かせる。魔法によって妨害されているのか?


(駄目だ。仮に妨害を受けているとして、その魔力すら感じ取れない。何が起こっているんだ?)


思考を巡らせていると、不意に前方から声が聞こえた。視線を上げると、そこに一人、誰かが立っているのが見えた。


「良かった。目が覚めたようですね。しばらく目を覚さなかったので、どうしようかと思いましたよ。」


相手の声からして、男のようだった。月はなく、僅かな星明かりに照らされたその姿は、夜の闇に隠されていてはっきりと捉えることはできない。


「あなたは?」


グアノは警戒しながら尋ねる。先ほど周囲を見渡した時は近くに誰もいなかったはずだ。いくら暗いとはいえ、目の前にいる人物を見逃すわけがない。


男はグアノに近づくことはなく、その場で答える。


「申し遅れましたね。私の名はグアノ。各地を旅して回っている者です。」

「…グアノ?」


グアノは繰り返した。


「どうしました?」

「…私の名も、グアノというのです。」

「おや、それは奇遇ですね。」


男は面白がるように答えた。その表情は読み取れない。グアノは男を警戒しつつも、敵意は出さないようにしていた。魔力が使えないため、相手のことが掴めないのだ。相手が魔法使いなのかも分からないし、そもそも相手に敵意があるのかさえ分からない。


「あなたは、なぜ私がここにいるかを知っていますか。」

「さあ…。私は、あなたが倒れているところに偶然通りすがっただけですから。」

「こんな暗闇の中、火も焚かずに、ですか。」

「随分と警戒しているのですね。何があったかは知りませんが、私には敵意はありませんよ。火を焚かずにいるのは、連れが火を怖がるからなのです。」

「連れ?」


男が上を向いたのが見ていて分かった。バサバサと、少し大きな羽音が聞こえ、男のそばに一羽の鳥が降りてくる。男は腕を差し出すと、その鳥は腕へと降りた。暗闇の中でも分かる、白い翼。グアノは冷や汗が垂れるのが分かった。


「お疲れ様でした、ナウス。あなたももう休んでいていいですよ。」


男がそう声をかけると、鳥は再び飛び立ち、闇の中へと消えていった。男は再び視線を下ろし、グアノの方を向いた。


「さて…、自分がここにいる経緯が分からないようですが、流石にこのままここへ放置するわけにはいきません。あなたが何者なのか、分かる範囲で教えていただけませんか。」

「私は…。」


(私は…何を見ているんだ?)


自分と同じ名前の、旅人の男。その連れは、見覚えのある白い翼の、同じ名前の鳥。目の前にいるのは、まるで自分を鏡に映したような存在だ。ここまで似た境遇の人間など、いるものなのか?


グアノは視線を落とし、頭を押さえた。


「私、は…。」


これは現実なのか?それとも、夢か幻なのか?自分は確かに、グアノという名で、連れの魔獣はナウスという鳥で、それは間違いないはずで…。


(私は…本当に『グアノ』なのか…?)


ふと疑問に思った。今の自分は、魔法を使うどころか魔力を扱うことすらできず、自分がなぜここにいるのかも分からない。ナウスもアロイもそばにはいない。その上、自分の代わりのような存在が目の前にいる。それならば、自分がグアノである確証は、どこにある…?


これを幻と否定するなら、今までの自分が幻ではなかったと、なぜ断言できる?自分は本当にグアノなのか?


「自分が何者かすら、分かりませんか?」


男の声が、夜の空気の静けさに響いていた。


「私の名はグアノ。」


そう口を開いたのは、男だった。そして、足音が近づいてくる。


「呪いを解く方法を探して、各地を旅する放浪の魔法使い。」

「…違う。」

「なぜ?」


すぐそばで、声が聞こえる。


「なぜ私を否定できるのですか?あなたは自分のことすら分かっていないのに。」


グアノはゆっくりと視線を上げ、男の顔を見た。ああ、やっぱりだ。ようやく見えたその顔は、幾度となく鏡越しに見た顔によく似ていた。


「私に何が起こっているのか、私には分かりません。しかし、私はあなたと同じだ。私もまたグアノ。魔獣のナウスと共に旅をする魔法使い。これだけ同じ境遇の人間が、複数存在するとは思えない。」

「ならば、私は何だと言うのです?」

「あなたは…。」


ごくりと、唾を飲む。グアノは射抜くように、その目を見返した。


「いえ…あなただけではない。この『世界』は、夢だ。」


グアノは現実逃避のようなその答えを、疑う余地もなく納得していた。これは魔法による幻ではない。魔力を感じ取れないこの状態で、なぜかそれを確信していた。


「…ふふっ。」


男は笑った。まるで悪戯をした子供に向けるような、困ったような優しい笑み。だがその優しさは、上辺だけのように見えた。その瞳の奥は、暗く冷たく凍り付いている。


(私は、こんな目をしているのか。)


こんな目で、セクエを、バリューガを、アロイを見ていたのか。こんな、内にある凍り付いた心を、薄っぺらい優しさで隠したような目で。表面上だけ取り繕った、愛のかけらも感じられないような目で。


ならば自分が彼らに向けた優しさは、償いは、何だったのだろう。くだらない自己満足か。醜い偽善か。自らの汚さから目を逸らすための、現実逃避か。


(私は…彼らにとって何者なのだろう。)


「面白い事を言うのですね。ですが、なるほど。それがあなたの答えというのなら、この状況は悪夢でしょうか?」

「私は、そう結論付けました。」


男は手を差し出す。グアノはその手をとって立ち上がった。男の目は冷たかったが、敵意や怒りを含んでいるようには見えなかった。


「夢ならば、いつか覚めてしまいますね。」

「ええ、そうでしょうね。」

「ならば目が覚めてしまう前に、少しだけ話をしませんか。」

「…構いませんよ。」


グアノのその答えに、男は少し嬉しそうに口元を緩めた。


「といっても、私とあなたは同じ。話したところで、分かりきった答えしか無いと思いますが。」

「そんなことはありませんよ。何かあるかもしれないでしょう?例えば…」


男は少し思案してから口を開く。


「過去は同じでも、望む未来は違うかもしれません。」

「未来、ですか。」

「あなたはどう思いますか。今背負っているもの、その全てが終わったら、何がしたいですか。どうなりたいですか。」


(全てが終わったら…。)


「考えた事も、ありませんね。」

「…なるほど。それもまた答えですね。」

「わざわざ考える事でもないように思います。全てが終わる頃にはきっと、新たに目指すものが見つかっているでしょう。今の自分では、予想もつかないような事を望んでいるかもしれません。」

「今はまだ目の前のことだけで十分。新たに探すほどではない、と。」

「そうとも言えますね。」

「そう、ですか。」


そう言う男の顔は、少しだけ暗く、寂しそうに見えた。グアノは尋ねる。


「あなたは?」

「私の望む未来、ですか?」

「ええ。どうやらあなたの答えは、私とは異なっているように見えますから。」

「ええ、まあ…その通りですね。」


そう言って、男は笑った。まるで安心するような、幸せそうな顔だった。だがグアノは、今まで見たどんな笑みよりもその笑顔を恐ろしく感じた。

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