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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第1章 魔法を知る者
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#2 素顔の代償

グアノが町を見ている間に長から話を聞いていたのか、シャロンは特に驚くこともなく、嬉しそうにグアノを出迎えた。


「旅の方なんて久しぶりですもの。賑やかになって嬉しいわ!」


そう話す彼女は、グアノの予想よりもずっと若い女性だった。グアノよりも年齢が低く見えるくらいだ。随分と活発な性格のようで、眩しいくらいの笑顔が特徴的な女性だった。


(長の言い方では、てっきり夫は亡くなってしまったのかと思ったが…この若さではそれは考えにくいな。いや、病ということもあるし、単純に別に暮らしているだけかもしれないが…。まあ、深く掘り下げて聞く話ではないな。)


そう思いながら、グアノは会釈する。


「快く迎え入れてくださり、ありがとうございます。短い間ではありますが、お世話になります。」

「嫌ねえ、そんなに改まらなくてもいいのに。まあいいわ。主人がいなくなって、部屋も余ってるから、自分の家だと思ってくつろいで頂戴。まあ、玄関で立ち話することでもないわね!上がって頂戴。何か飲み物をお出しするわ。」


シャロンに招かれてグアノは中に入る。その瞬間、突然膝から力が抜けた。立っていられなくなり、その場に四つん這いになる。


「…っ!」

「あら、大丈夫?!」


慌てた様子でシャロンが声をかける。グアノは深呼吸を繰り返して、心を落ち着けた。


(まずい…、普段より消耗が早いな。朝から歩き続けていたからか?長距離の移動はいつも避けていたから、それかもしれない…。)


グアノはゆっくりと立ち上がり、シャロンに言った。


「…すみません。旅の疲れが出たようです。まだ日は高いですが、休ませてもらえますか?」

「ええ、そういうことなら構わないけど…。」


シャロンは心配そうにグアノの顔を覗き込んでいた。


「随分お疲れみたいね。私は今日はずっと家にいるから、水でも食べ物でも、欲しければ声をかけて頂戴。部屋は、そこの階段を上がって左の部屋が空いているわ。」


グアノは言われた通りの部屋へ行く。窓があり、ベッドと机が一つずつ。グアノは窓を開けて、しばらく窓から入る風に当たっていた。ナウスが戻ってくることを考えると、窓が開閉できるのはありがたい。窓から街の景色を眺めている途中で、ふと違和感を感じて眉をひそめる。


(今のは…何だ?)


グアノはもう一度気配を探ろうとして目を閉じたが、疲れている状態ではうまく探ることができず、すぐに諦めた。窓から離れ、そのままベッドに倒れ込むようにして横になる。


(…体が重い。)


汗が異様に出ていたり、歩けないほどに足が痛かったりという体の異常は無い。単純に、体力を補うだけの魔力が足りていないのだ。グアノはしばらくそのままの姿勢で体を休ませた後、再び起き上がって、荷物から二つの小瓶を取り出した。一つは空で、もう一つにはピドルが入れられている。


グアノは慎重に二つの瓶の蓋を開け、魔法を使ってピドルを浮かべる。ほんの少しだけ、雫にもならない程の小さな粒だ。それを空の瓶に移し、二つの瓶の蓋を閉める。


ふぅ、と小さくため息をつく。魔力が枯渇している状態とはいえ、ピドルに直接触れれば体内の魔力が急激に増加し、暴走を引き起こす。扱いには十分注意しなければならない。


グアノはピドルを移したほぼ空の瓶を手に取って、両手で握る。そして意識を集中させ、目を閉じた。ピドルとして凝縮されている魔力の濃度を薄め、体内に魔力として取り込めるようにするためだ。


少しずつ、固く結んだ紐を解くように、ピドルを薄めていく。完全に魔力に戻してしまうと、瓶の蓋を開けると同時に空中に霧散してしまうため、取り込むことができなくなる。どれだけ薄めたとしても、液体の状態を保てていなければ意味はない。


グアノは目を開け、瓶を確認する。針の先ほどの小さな黒い粒は、瓶の八割ほどの灰色の液体に変わっていた。これだけ薄めれば十分だろう。グアノは蓋を取り、中身を少し口に含んだ。


薄めたとはいえ、ピドルであることは変わらない。触れた部分から魔力が大きくなるのを感じて、グアノは強く両目を閉じる。むせ返りそうになるのを堪えたが、それ以上のことが起こることはなく、グアノは自分の魔力が落ち着くのを確認して、そのまま飲み込んだ。


通常、ピドルは魔道具や魔獣に使うものだ。いくら魔力が少なくなったとしても、希釈して魔力の回復手段とすることはまずない。


(だが、こうでもしなければ、日が暮れる頃には魔力が枯渇して倒れてしまう。眠れば少しずつ回復するが…そうするにはまだ日が高い。)


グアノは窓の外を確認する。西の空に浮かぶ太陽はまだ少し高い位置にあった。


(魔力はこれで回復できるが…今日はあまり活動しない方がいいな。)


グアノはそう考えながら、また少しピドルを口に入れた。


ーーーーーー


グアノがこのようにして魔力を補充するのは、普通に生活する上で少しずつ消費される魔力の量と、自然に回復する量の釣り合いが取れていないからだ。だからグアノは魔法を使わなくても、起きて活動しているだけで少しずつ魔力が減っていく。もっとも、グアノは元々はこんなことをする必要はなかった。今は特別、常時消費される魔力の量が多いのだ。


グアノが旅に出るにあたり、もっとも大きな障害となったのは、自身の顔にある病だ。仮面をつけていれば問題はないが、これも魔道具である以上、いつかは壊れてしまうし、壊れた際に再制作を頼める相手もいない。グアノは悩んだ末に、自分に呪いをかけることを決めた。


『復調の呪い』という名のそれは、セクエやセキガ族の知恵を借りながらグアノが作った新たな呪いだ。この呪いは、受けた者が体に怪我を負うと、自動的に体内の魔力を回復魔法に変化させ、それを癒す。グアノの場合は、この効果が常時発動し続けるため、かなりの量の魔力が消費され続けるのだ。グアノは自分の魔力の回復量などを考慮して、生活上は問題ないように呪いを作った。だが、その呪いが完成するとほぼ同時に、セクエが負った『服従の呪い』について、新しいことが分かった。


あの一件の後、セクエは全ての魔力を失った。そのため、彼女自身には呪いを維持できるだけの力が無い。その維持のための魔力が、呪いの主であるグアノの魔力から消費されていることが分かったのだ。


グアノは二つの呪いを同時に背負うことになった。しかも、どちらも常時効果が発動される類のものであるため、魔力の消費と回復の量が釣り合わなくなってしまったのだ。


ーーーーーー


全てを飲み干し、空になった瓶を片付けたグアノは再びベッドに横になった。


(本当なら、仮面をつけていた方がいいのだろう。)


グアノは考える。非常時に備え、回復用の仮面は常に持ち歩いている。それをつけている間は呪いが発動しなくなるため、魔力は徐々に回復する。だがそれでも、グアノはあまり仮面をつけたくなかった。


顔を隠していると、どうしても相手から警戒されてしまう。表情が読めないため何を考えているのか分からず、人形のように見えるのだと思う。魔導国で兵士をしていた頃はそれでも良かった。だが、兵士という集団に属していない今は、そんな人々からの視線を痛く感じるようになった。自分のことを知らない人が、仮面のせいで警戒し、関わることを拒む。それはグアノの旅の目的に影響する事であり、何よりグアノ自身がそれを望まなかった。だから、グアノが仮面をつけるのは、眠る時と、魔法を使う時だけだ。


(起き上がれるくらいには魔力は回復している。下に降りて、シャロンさんにこの町について教えてもらおう。明日は自分で町を見て歩くつもりだが、町民が何を思っているのかも知りたい。)


話しているうちに、日も暮れてくるだろう。夕飯の支度も、何か手伝えるかもしれない。宿に泊まっているわけではないのだから、あまり迷惑にはならないようにしなければ。グアノは立ち上がった。そしてもう一度、窓の外を見る。


(…やはり気のせいではないな。わずかな魔力の乱れを感じる。)


どうやら、魔法を知らないこの町に、魔法が使える者がいるらしい。その魔法は誰から教わり、そして何のために使われているのだろう。明日はその人物に会えるだろうか。

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