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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第3章 いつか見た夢の続きを
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#2 嫌われ者

「先生!」


結界を飛び出していったグアノに向けて、アロイは呼びかけた。しかし、グアノは止まることはなかった。ナウスの名を叫んでいたから、きっと様子を見にいったのだろう。


(でも、こんなに強い砂嵐なのに…。)


心配だったが、今結界を飛び出してもアロイには何もできない。アロイは飛び出したグアノを目で追ったが、すぐに砂に紛れて見えなくなってしまった。


「おい!大丈夫か!」


砂嵐の向こう側で、男の人の声が聞こえる。先程までグアノと話していた人だろう。グアノの言っていたことが正しいなら、他にも何人か近くにいるはずだ。


「こっちに来て!」


アロイは叫ぶ。結界の中なら、砂嵐を防ぐことができるからだ。しかし、声が風の音にかき消されて届かない。


(どうしよう?)


こんな時、グアノやセクエならば魔法を使って人を呼ぶことができるんだろうか。アロイは考える。


どうやったらできるだろう。そもそも、魔力というものをどう扱うのが正しいのかすら、アロイはまだ分からないのだ。


(呪文、は分からないし、姉ちゃんが使ってたのは魔法薬だったからここには無くて…。えっと、他にはどんな魔法があったっけ?)


そういえば、アレは魔法だったんだろうか?


(手を握って祈る…。姉ちゃんが教えてくれたおまじない。もしかしたら、アレも魔法だったのかな?)


アロイは両手を祈るように握り、目を閉じた。


(こっちに来て…!)


アロイは強く念じる。この声が届きますように。みんなが結界に気づいてくれますように…!


「うん?なんだこれは。」


声がして、アロイは目を開けた。見れば、数人の男の人が結界のすぐ近くに集まっていた。ほっと胸を撫で下ろし、アロイは呼びかける。


「こっちに来て。ここなら砂嵐が来ないから。」

「これは…魔法なのか?」

「うん。先生が作ってくれたんだ。」


男たちは警戒しながらゆっくりと入ってくる。


「すごいな。本当に風が入ってこないなんて。」

「あいつ、魔法使いだったのか?」

「便利なものだな…。」


口々に話す男たちには目もくれず、アロイは空を見上げていた。


(先生もナウスも…大丈夫、だよね?)


結界の外は何も見えない。シェムトネでの出来事が思い出されて、アロイはどうしようもなく不安だった。外にいる彼らは、今どうしているのだろう?


「…っ!」


強い風が頬の傷に染みて、アロイは右目を閉じた。見れば、結界が薄くなって風が漏れてしまっている。


「えっ…?」


その小さな綻びはだんだんと大きくなり、やがて結界は完全に消えてしまった。そしてそれとほぼ同時に、一段と強い風が吹いた。アロイは姿勢を低くして、顔を腕で庇った。


その強い風が過ぎ去ると、砂嵐はいつの間にか止んでいた。巻き上がった砂は風で吹き飛ばされたのか、視界は開けている。そして目の前にいたものを見て、アロイは息を呑んだ。


巨大な鳥が地面に立っていたのだ。高さだけでもアロイの倍はある。こんな大きな鳥は見たことがない。そして、その(くちばし)に咥えられたものを見てアロイは青ざめた。


「先生!?」


グアノには意識が無いようで、まるで人形のようにだらりと下がった四肢はピクリとも動かない。ナウスは威嚇するように周囲を飛び回っているが、鳥はそれを気に留める様子もない。アロイはすぐに駆け寄ろうとしたが、近くにいた男が腕を掴んでそれを止めた。


「何するの!」

「分からないのか?あいつに近づいたら駄目だ。危険すぎる!」


ギロリと、鳥がアロイに視線を向ける。その威圧に、アロイは立ちすくんでしまった。鳥は何をするわけでもなく、ただつまらなそうに男たちを一瞥すると、大きな翼を広げて飛び上がった。


「あっ、待って…!」


アロイは声を上げるが、足がすくんで動けない。


「先生、先生っ…!」


呼びかけることしかできなかった。大きな影が、だんだんと小さくなって荒野の向こうへ消えていく。立っていられなくなって、アロイはその場に膝をついて崩れた。


「せんせいっ…うっ、うわあぁんっ…!」


涙が溢れて止まらない。アロイは周囲の目も気にせずに大きな声をあげて泣いた。


ーーーーーー


遠くで声が聞こえていた。


ー先生!ー


自分をそう呼ぶのは、彼以外にはいない。


(アロイ…。)


グアノはその呼びかけに応えたかったが、体は動かせなかった。


ー先生っ!ー


アロイが、必死になって呼びかけている。焦るような、縋るような、そんな声が痛いほどに耳を貫く。


アロイが呼んでいる。応えなければ。自分はここにいると。だから、そんな声を上げないでくれ。そんな悲しげな声で、自分を呼ばないでくれ。


(私はあの子を、悲しませて…しまったのか?)


ドロリと、胸の奥から何かが這い出す。それは黒く、冷たく、じわじわと広がるように全身に絡みついた。


(すみません、アロイ。私はあなたを、悲しませたいわけではなかったのに…。)


全身に絡みついた『それ』がゆっくりと、体を締め上げる。


(苦しい…。)


ポタリと、涙が落ちた。


ーーーーーー


「ふむ、ようやく目が覚めたようだ。」

「む、まだ目、開けてない、よ?」

「呼吸が変わった。まだ目を開けないのは、体が動かないからか、周囲を探っているか、どちらかだな。」

「むむ…、呼吸。」

「今見たところで分からないぞ。変わった後なのだからな。」


意識が戻り、目を開けるより先に聞こえたのはそんな会話だった。グアノは目を開ける。すぐ目の前にいたのは、色の褪せた草ような、薄い緑色の瞳と髪をした少女だった。


「あ、目、開いた、よ。」

「ふむ。」


そう言って、覗きこむようにしてグアノの視界に映ったのは、まだグアノの記憶に新しい大鷲だった。


「動けるか?旅人様よ。」


グアノは応えようとしたが、声が出せない。掠れた呼吸音を聞いて、鷲は言った。


「動けない上に、話せないか。無理もない。魔力がほとんどなくなっているのだから。」


少女がグアノの額に手を置いた。ヒヤリと冷たいその手から、魔力が流れてくるのを感じる。


「イブ。あまり多く与えてはいけない。」

「ん。分かってる、よ。このくらい、なら、大丈夫。」


そう言って、少女は手を離す。


「ん。これで、どう?」

「…はい。ありがとう、ございます。」


グアノは答えた。声はまだ弱々しいが、話せる程度には回復できた。


「そう、言って、もらえて、何より。」

「そうだな。我らには魔力は貴重なのだから。」


頷く少女に合わせるように、大鷲も頷く。少女の年齢は十二歳くらいだろうか。


しかし、彼女は人間ではない。それにはすぐに気づいた。少女の頭からは枝のような大きな角が生えているし、魔力は貴重という言葉から考えても、彼らは魔獣なのだろう。


「ナウスは…一緒にいた魔獣はどこへ?」

「傷を負っていたのでな、軽く治療して休ませている。傷が塞がればすぐにでも会わせよう。」

「ならば、あの少年は?なぜ私たちを襲ったのです。」

「それは私が答えましょう。」


おっとりとした口調で答えが返ってくる。グアノは首を動かして視線を向けた。


老人だった。白髪混じりの灰色の髪、顔にはシワが目立ち、腰は曲がっている。彼はちょうどいい高さの岩に腰掛けており、最初からこちらのやりとりを聞いていたようだった。


「む、爺さま。」

「それが良いな。老ならば説明もうまい。」


二人が頷く。老人はよいしょと立ち上がり、おぼつかない足取りでグアノに近づいた。


「老、あまり無理をしては…。」

「ははは、何を言っているか。こんなものは『姿だけ』だろう?それはお前もよく分かっているだろうに。」


老人はグアノのすぐそばまで近寄り、腰を下ろすと、横になったままのグアノを見下ろして微笑んだ。まるで自分の子や孫を愛しむような、優しい目。なぜ彼がそんな顔をするのか、グアノには分からなかった。


「まずは自己紹介をいたしましょうか。私の名はエシクス。そこにいる大鷲がムイラ、少女はイブ、そしてあなたが見た、赤い瞳の子はセベントというのです。あなたもお気付きかと思われますが、我々は皆魔獣です。」


エシクスは言った。そして、深く頭を下げる。


「あなたにはお詫びをしなければなりません。手荒なやり方だった事は聞き及んでいます。ですがどうか、あの子の事を悪く思わないでやってほしい。あの子は、セベントは、あなたと連れの魔獣を助けようとしただけなのです。今は離れた場所で反省させておりますよ。」

「助ける…?」


エシクスは頷く。


「ええ。この先にある町に入った魔獣は、皆等しく殺されるのです。たとえそれを知らずに町へ入ったのだとしても。」


そう言って、エシクスは悲しそうに表情を曇らせた。


「魔法使いと剣使い、異なる二つの種族の間にある、決して埋まらぬ溝とでもいうのでしょうか。私たちは、その溝の深くに埋められた、嫌われ者の集まりなのです。」

「…アロイは。」


グアノは口を開く。


「私と一緒に、少年がいたはずです。その子は?」

「すまないが、ここにはいない。」


答えようとするエシクスを遮るように、ムイラが答えた。


「連れてこようかとも思ったのだがな。町の男たちがそばにいて手が出せなかった。俺のこの体では、あの状況で傷つけずにあの子を連れ出すことはできなかった。」

「そんな、アロイは無事なのですか…!」

「落ち着け、旅人様よ。」


ムイラはあくまで冷静に続けた。


「あの町の者は、人間に対しては寛容だ。剣使いに対してはもちろん、魔法使いに対しても。あの子は人間だと認められていたからな。旅人様が案ずるようなことは起こらない。」

「それならば、私が一人で町へ行く分には、問題はないのですね。」

「その事なのだが…。」


ムイラは言葉を詰まらせる。エシクスが再び口を開いた。


「それは、やめておくのが無難でしょう。」

「なぜ。私は間違いなく人間です。アロイも一人残されて、寂しい思いをしているでしょう。このままここで手をこまねいているわけにはいかない…!」


語気を強めて言うグアノに対して、エシクスは驚く素振りも見せず、静かに続けた。


「気持ちはわかりますとも。しかし落ち着きなされ、旅人様。あなたがあの町へ向かうなら、必ず、あなたは捕らえられることになるでしょう。あの町の者たちにとって、おそらくあなたは、人間ではないのですから。」

「……?」


自分が人間ではない、という言葉の意味がわからず、グアノは目を(しばたた)かせた。


「それは…どういう…?」

「あなたが人間であることは、分かっています。しかしそれは、我々が魔獣であるから分かる事。魔法使いであっても、魔獣と魔法使いの区別は容易ではない。まして魔法に疎い剣使いには、あなたが人間なのか魔獣なのか、まるで見分けがつかないのですよ。口で何と言おうと、嘘をついてないと断言はできません。ですから、彼らは血液によって、人間かどうかを確かめるのです。」


その言葉に、グアノは合点がいった。


(血液。そうか、あの時の攻撃はそれで…。)


あの殺意の感じられない攻撃は、単に傷口から流れる血を確認するためのものだったのだろう。確かに相手が魔獣であれば、傷つけても血が流れることはない。そして…。


「私の場合、傷がすぐに塞がってしまったから、人間だと認識されていない、と。」

「ええ、そういう事です。正直、その話を聞いた時は私もあなたが魔獣なのだと思いましたよ。セベントも勘違いしてあなたを狙ったのでしょう。そしてあなたが魔獣に連れて行かれてしまった事で、あなたへの疑惑はさらに深まってしまった。」

「私は…どうすれば…。」


エシクスは目を閉じて、静かに言った。


「疑いを晴らす方法として、一つ私には案があります。しかし、そのためにはまず、十分な休息を取らなければなりません。体が動かせなくては、何もできませんから。」


そう言うエシクスは、どこか不安げな顔をしていた。その案というものも、おそらく確実な方法ではないのだろう。


バサバサ、という音が乾いた空気に響く。視線を空に向けると、見覚えのある影が太陽の光を遮った。


「ナウス…!」


呼びかけに応じるように、ナウスが降りてくる。いつもは人のそばを避けるが、今回は珍しくグアノに寄り添うようにして座り込んだ。ふわふわとした羽毛がくすぐったい。


「私たちは、一度席を外しましょう。今日は少し、無理をしすぎた。」


そう言って、エシクスは立ち上がる。それを追うようにしてムイラとイブが歩いて行った。


グアノはそっと、ナウスの背に手を回して撫でた。そしてぼんやりと考える。


(なぜ、あの町の者はそれほどに魔獣を避けるのだろう。それにここにいる魔獣たちは、どこから来たんだ?持ち主はどこへ…?)

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