表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第2章 その声に耳を傾けて
15/34

#7 届く声

「嘘…だろ…?」


ただ呆然と、バリューガは呟いた。腹の奥がスッと冷えたように感じたのは、決して雨のせいではないだろう。


遠くからでも分かる。木々が倒れ、茶色い地面が顔を出している。地面が崩れているのだ。降り続いた雨で、地盤が緩んでいたのだろう。


思考が回らず、ただ立ちすくむばかりのバリューガの横で、グアノはすぐさま仮面を取り出して身につけると、迷いなく崩れた山の方へと走っていく。バリューガは慌てて呼び止めた。


「グアノさん!どこに行くんだよ?」

「二人を探しに行くんです。あの土砂が流れた方向にはセクエの小屋がある。逃げていれば良いのですが、おそらく巻き込まれているでしょう。」


グアノの口調は真剣だった。その表情は仮面のせいで読み取れなかったが、珍しく冷静さを欠いているように見える。


「でも、今崩れたばかりなんだぞ?近づくのは危険すぎる。それに一人じゃ見つけられるわけがない。まずは村の人たちに話をして…」

「それでは間に合わない…!」


強い口調でそう言われ、バリューガは思わず黙り込む。


「セクエもアロイも、魔法が使えないんです。土砂に押し流されて、生き埋めになっているかもしれません。私なら、探知もすり抜けも使える。今すぐ探しに行かなければ、手遅れになる…!」

「…分かった。」


バリューガは静かに答えた。


「でも一人は危険だ。オレもついて行く。」

「しかし、それは…。」

「しばらくの間は一緒にいたんだろ?だったら魔力は覚えてるだろうから、アロイ君を探すのはグアノさんに任せる。オレはセクエを探す。慣れてるから、オレの方が早い。」


どこか納得いかないように黙り込んだグアノの手を引いて、バリューガは走り出す。


(グアノさんは優しい人だ。危険を承知で、崩れた山に真っ先に向かえるくらいには。だけど…)


走っている間、バリューガはグアノの顔を見ようとはしなかった。どんな顔をしているのか、想像するのは容易かった。


なんとなくだが、グアノの事が分かったような気がする。この人は、勇敢で、強くて、優しいが、しかし、決して同じにはなりたくないとバリューガは思った。


(グアノさんは…あまりにも臆病だ。)


何と言ってやることもできず、ただバリューガは黙って手を引いていた。


ーーーーーー


辺りには剥き出しになった地面の、嫌な匂いが立ち込めていた。グアノは上から土砂の崩れた範囲を確認しており、バリューガは地面に手をついてセクエの魔力を探していた。雨はいくらか弱まり、傘代わりの結界も不要な程になっている。


「うーん…。」


小さく唸りながら、バリューガは意識を研ぎ澄ませていたが、やがて諦めて手を離した。


ダメだ。セクエの魔力を察知できない。存在しないわけではないのだが、細かい位置を特定できないのだ。


あの小屋には魔法薬やピドルが多く置かれていた。それが土砂に巻き込まれ、地面の中に散らばっている状態なのだ。セクエとアロイの魔力は完全にその中に紛れてしまっている。その上、セクエの魂の魔力は外に漏れにくく、感じにくいのだからなおさらだ。


(くそっ…!時間がないのに!)


バリューガは焦っていた。こうして手をこまねいている間に、二人は死にかけているかもしれないのだ。


グアノが上から降りてきて、バリューガに声をかける。


「範囲はかなり広いようですね…。探知はどうですか?」

「ダメだ。薬棚の魔法薬に紛れてるみたいで、かすかには感じるけど、細かい位置までは…。」

「となると、すり抜けを使って地中を直接探すしか無いでしょうね。ただ…。」


グアノは言葉を濁す。


「薬棚にはピドルもありましたね…。すり抜けの魔法は物体をすり抜けることができても、魔力まではすり抜けられません。万が一触れてしまえば…」


バリューガは唇を噛んだ。そんなことになれば、暴走は避けられないはずだ。そうなれば、グアノが危険すぎる。


「くそっ。じゃあどうすりゃあいいんだよ…!」


バリューガは髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。グアノも何を言うでもなく考え込んでいた。


分からない。どうすればいい?どうすれば助けられる?どうすれば、どうすれば…!


(……っ!)


バリューガは不意に視線を上げた。何かが、頬をかすめたような気がした。一瞬だったが、間違うはずがない。


(なんで…?)


心臓がうるさく鳴っている。バリューガはグアノを振り返った。グアノはそれには気づいていないらしく、唐突に視線を向けたバリューガを不思議そうに見ていた。


(いや…落ち着くんだ。ちゃんと目を凝らして見ないと。)


バリューガは視線を戻し、俯いて目を閉じた。小さく深呼吸をして、目を開ける。周囲を見回してみると、今度ははっきりと『見えた』。バリューガはそれから視線を逸らさずにグアノに呼びかける。


「グアノさん。」

「どうしました?」

「…セクエだ。すぐそばにいる。」


その言葉に、グアノはわずかに動揺したようだった。


「それは…憑依魔法を解いて、という事ですか。」

「ああ。でも、なんで…。」


憑依魔法を解いたのは、単に助けを求めるためか?それとも、セクエはもう…。


「バリューガ、セクエは今どこに?」


グアノからの呼びかけられて、バリューガは嫌な考えを振り払った。


「オレの目の前だ。触れられるくらい近い。」

「セクエから憑依魔法を受けることはできますか?居場所が分かれば、助けられるかもしれません。」

「わかった、やってみる。」


バリューガは手を伸ばして、宙に浮かぶセクエに触れた。だが、触った感触はない。


(実体が無いんだから当然だけど、でも魔法を受けるって、何をすれば…?)


グアノに尋ねようとしたその瞬間、触れた場所から染み込むように、セクエが内側へと入り込むのが分かった。なんだ、これで良いのか、と安心した直後、体の力が抜け、バリューガはその場に膝をついた。


「うっ…。」


不快感、と呼ぶのが最も正しいだろう。自分の内側を、何かが這うように広がっていく。光、音、匂いが遠のいていき、自分自身が体の深いところへ押し込まれていくようだ。


小さくうめきながら耐えているバリューガの肩を、グアノが支える。


「バリューガ、難しいかも知れませんが、抵抗はしないでください。」

「で、でも……」

「憑依魔法は難易度が高い。抵抗されれば、成功しない場合もあるんです。ゆっくりと呼吸を整えて、力を抜いてください。」


そう言われ、バリューガは一つ大きく息をする。だが、呼吸が震えてしまい、上手く息が吸えない。力を抜こうとするほど、むしろ体が強張ってしまう。


ー大丈夫。ー


少し遠くで、声が聞こえた気がした。


ー受け入れなくても良い。呼吸を合わせて。ー


(合わせる…。)


バリューガは想像した。


自分の中にある、セクエの呼吸。セクエには肉体は無い。きっとそれは、ゆったりと脈打つ鼓動のようなものなのだろう。目を閉じてじっと耳をすませば、その音がかすかに聞こえるような気がした。バリューガはもう一度深く息を吸う。


すぅ、と空気が肺を満たす。と同時に、全身を水に浸したような、ヒヤリとした感覚があった。


(上手くいった、のか?)


どうだろう。想像していたものとは少し違うような気がした。憑依魔法というのは、相手の感覚を完全に乗っ取る魔法ではないのか?視覚も聴覚も、弱くなっている気はするが、まだ残っている。


バリューガは立ち上がる。まるで糸に引かれるように、体が動く。その感覚で、何が起こったのかは大体想像できた。


(きっと合わせてくれてるんだな…。セクエが操ってるのはきっとオレの意識の半分くらいだ。)


それはとても弱い力で、抵抗しようと思えば簡単にできてしまうだろう。バリューガはできるだけ神経を研ぎ澄ませて、その糸に引かれる通りに動いた。


ゆらりと立ち上がり、後ろに立っていたグアノを振り返る。少し不安げに様子を見ていたグアノに対して、『セクエ』はふっと、柔らかく微笑んだ。


「セクエ…?」


確認するように呟いたグアノに対して、セクエは何も答えなかった。だが、その胸の内で何かが変わったのが、バリューガにははっきりと分かった。


(きっと、嬉しいんだろうな。グアノさんから言葉を向けてもらえたから。)


そう思うと、少しだけ切なかった。こんな状況だっていうのに、声をかけられたことに喜んでしまうなんて。


グアノは黙ってしまった。憑依魔法が成功したと分かり、不用意な言葉をかけられなくなってしまったのだろう。


それに対して、セクエは怒ることも悲しむこともなく、再びしゃがみ込んで両手をついた。目を閉じて息を吐き出す。瞼の裏には散らばった魔力の位置が浮かんでいた。しかし、やはりそれに紛れてしまってセクエの気配を感じ取れない。


セクエは目を開ける。そして立ち上がり、口を開いた。


「グアノ様。ピドルはありますか。」


呼びかけられて、グアノは懐から小さな瓶を一つ取り出してセクエに手渡した。セクエは振り返らずにそれを受け取ると蓋を取り、腕を大きく振ってピドルを辺りに撒いた。


広域透過魔法(ジバスク・ファソット)。」


セクエは唱え、そして続け様にもう一つ唱えた。


力魔法(タズハム)。」


一瞬、セクエが何をしたのか分からなかった。だが次の瞬間、崩れた土砂の中から次々に魔法薬の瓶が浮かび上がってきた。その光景に、バリューガは目を見張る。


(ピドルで土砂全体を透過させて、残った瓶を力魔法で持ち上げたのか…!)


崩れた上の方で、ふわりと人影が浮かんだのが見えた。


「アロイ…!」


グアノが声を上げた。セクエは宙に浮かぶ瓶のうち、ピドルの瓶を一つ選んで手に取ると、その蓋を取って、今度は浮遊魔法に変えてアロイの元へ飛んだ。


「ば、バリューガ兄ちゃん…。」


何が起きているか分からずに呟くアロイに対して、セクエはその頭にそっと手を置いた。


「ありがとう。もう少しだけ、祈っていて。」


セクエはそれだけ言うと、その傍に横たえられた体に視線を落とした。そしてそのそばに跪くと、胸の上に手を置いて、目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ