#5 内緒話
「これから話すことは、私の持論だから、絶対に正しいとは言い切れないんだけど…」
そう前置きして、セクエは話しだした。
「私は、魔力には質とは別に、独自の意思があると思ってるんだ。」
「それって…魔法使いの意思とは違うの?」
「うん。なんて言えばいいのかな…。魔力って、独立した一つの生き物じゃないかって思うんだよ。私たちと同じように、悲しんだり、喜んだり、何かを心配したり、誰かを愛したりするような、ね。」
「ふうん…?」
良く分からない、という表情でアロイはセクエの話を聞いている。セクエ自身、この感覚を誰かに話すのは初めてなので、どう説明すれば伝わるのか言葉を選びながら話していた。
「魔法使いの中には、生き物がいるの?」
「あくまで、私の考えではね。」
そう言って、セクエはピドルの入った瓶を握った。今のセクエには、ガラス越しでは魔力を感じ取ることはできない。直接触れた時でさえ、ぼんやりとしか感じ取れないのだが、しかしセクエには、魔力の質や大きさとは違う『何か』が、確かに感じ取れるのだ。それは魔力ごとに異なるというより、むしろ刻一刻と変化し続けているように思う。
「ごめんね。私にも、細かいことは分からない。これが明確に意思と呼べるものなのか、それとも体調みたいに変化するものなのか…、もしかしたら、煙が風に流されているようなものなのかもしれない。でも、魔力は絶えず変化し続けている。」
アロイはもう何も言わず、ただじっとセクエの話を聞いていた。セクエはピドルに視線を落とす。
「…こうして魔力に触れていると、声が聞こえる気がするんだ。」
セクエはぽつぽつと話す。たとえ今は理解できなくても、いろんな言葉で伝えれば、どれか一つくらいは彼の中に何かを残せるかもしれない。
「それは明確な言葉のようだけど、ある時は笑い声みたいで、ある時は鈴が鳴るような音。風の唸り声に似ている時もある。」
目を閉じて、意識を集中させる。
「その声に、耳を傾けるんだよ。」
パチパチ、と火花が散るような音が『聞こえた』気がした。魔力を扱う感覚は人によって大きく異なる。だからこの『声』が聞こえているのは自分だけなのだろうとセクエは思っていた。
「その魔力が、今何を望んでいるのか、どんな魔法になりたいのか。守りたいのか、愛したいのか、傷つけたいのか。その声は小さいけど、でもちゃんと耳をすませば、魔力は嘘をつかずに教えてくれる。」
セクエは目を開け、瓶からピドルを少し手に取って、それを目の高さまで持ち上げる。
「魔力の望む通りの魔法が作れれば。」
セクエはピドルを押し潰すように、ぎゅっと手を握る。指の隙間から滲み出たピドルが、魔法となって空中に霧散する。飛び散った魔力は小さな雷となって、パチパチと音を立てながら淡い光を弾けさせた。
「魔法はもっと美しく、無理なく扱える。だってそれは、魔法使いが無理やり命令した魔法じゃなくて、魔力が望んだ魔法だから。」
「姉ちゃんには、魔力の声が聞こえるんだね…。」
感心したように、呆然とアロイは呟き、そして身を乗り出すようにして続けた。
「ねえ、今の話、先生は知ってるの?」
「どうだろう、知らないのかもしれないね。」
「なら、なんで先生に話しちゃいけないの?すごく面白かったのに。」
そう尋ねるアロイに対して、セクエは苦笑した。
「だってグアノ様は、私に尋ねてくれないから。グアノ様だってきっと、アロイ君と同じように私の魔法が気になっているはずなのに。」
何の違和感もなくこぼれ落ちた本音に、セクエは少しだけ妙に思った。たしかに、それが自分の本心だ。だが、それをなぜアロイに話そうと思ったのだろう。
(今の私じゃ魔力は感じ取れないけど、これは…。だとするなら…なるほどね。)
セクエは一人納得して、会話を続けた。
「私に直接聞かないで、人伝に聞くなんて…ずるいでしょう。」
「ふうん…?でも、それっておかしいね。なんで先生は姉ちゃんに何も聞かないのかな?知りたいなら教えてもらえばいいのに。」
ただ無邪気に、アロイは問いかける。その無邪気さが、質問が、セクエには少し苦しく感じられた。
「きっとグアノ様は、私と会話するのが怖いんだ。」
セクエは視線を落とした。
「グアノ様の言葉には、私を縛り付ける力がある。グアノ様は怖いんだよ。無意識にそれを使って、それが原因で私が苦しんでしまうのが。グアノ様は優しくて、繊細で、自分よりも他人を優先してしまう人だから。」
寂しくなって、セクエは力なく微笑んだ。
「分かってるんだけどね。でも本当は…グアノ様の声が聞きたい。どんな言葉でも良いから、また私に言葉を投げかけてほしい。私の言葉も…、聞いてほしい。だからグアノ様が私に言葉をくれるまでは、この事は教えたくない。」
セクエは視線を上げて、アロイに向かって困ったように笑った。
「ごめんね、こんな子供じみた理由で。」
「姉ちゃんは、グアノ先生のこと、嫌いなの?」
不安そうに、アロイは尋ねる。セクエは首を横に振った。
「そんなことないよ。私にとってグアノ様は、とても大事な人だからね。」
「でも、セクエ姉ちゃん、悲しそうに見えるよ。」
「そう…、だね。悲しいのかもしれない。でもね、それはグアノ様を嫌う理由にはならないよ。」
「でもそれっておかしいよ。悲しいのに何も言わないのもそうだけど、そんなことして平気でいられる先生も…。」
「アロイ君は、優しいね。」
納得できない様子で唸るアロイを見て、セクエは呟く。
「グアノ様も優しいけど、アロイ君にはそれとは少し違う、力強い優しさがあるね。そっか、グアノ様が一緒にいるのを決めたのは、こういう子だったんだ…。」
セクエにはしみじみと言う。きっと、二人はうまく釣り合いが取れているのだろう。アロイならばきっと、自分や他の誰かでは出来なかった、彼の中の何かを埋めることができる。
「ねえ、アロイ君。」
セクエはそう口を開いた。
「グアノ様のこと、お願いね。」
「どうして?僕、まだ何もできないのに…。」
「そんなことないよ。まだ魔法は上手じゃないけど、アロイ君には、アロイ君にしかできないことがあるから。」
セクエはふっと笑みを浮かべた。
「だから…、グアノ様には本当のことを言ってあげてね。」




