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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第2章 その声に耳を傾けて
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#5 内緒話

「これから話すことは、私の持論だから、絶対に正しいとは言い切れないんだけど…」


そう前置きして、セクエは話しだした。


「私は、魔力には質とは別に、独自の意思があると思ってるんだ。」

「それって…魔法使いの意思とは違うの?」

「うん。なんて言えばいいのかな…。魔力って、独立した一つの生き物じゃないかって思うんだよ。私たちと同じように、悲しんだり、喜んだり、何かを心配したり、誰かを愛したりするような、ね。」

「ふうん…?」


良く分からない、という表情でアロイはセクエの話を聞いている。セクエ自身、この感覚を誰かに話すのは初めてなので、どう説明すれば伝わるのか言葉を選びながら話していた。


「魔法使いの中には、生き物がいるの?」

「あくまで、私の考えではね。」


そう言って、セクエはピドルの入った瓶を握った。今のセクエには、ガラス越しでは魔力を感じ取ることはできない。直接触れた時でさえ、ぼんやりとしか感じ取れないのだが、しかしセクエには、魔力の質や大きさとは違う『何か』が、確かに感じ取れるのだ。それは魔力ごとに異なるというより、むしろ刻一刻と変化し続けているように思う。


「ごめんね。私にも、細かいことは分からない。これが明確に意思と呼べるものなのか、それとも体調みたいに変化するものなのか…、もしかしたら、煙が風に流されているようなものなのかもしれない。でも、魔力は絶えず変化し続けている。」


アロイはもう何も言わず、ただじっとセクエの話を聞いていた。セクエはピドルに視線を落とす。


「…こうして魔力に触れていると、声が聞こえる気がするんだ。」


セクエはぽつぽつと話す。たとえ今は理解できなくても、いろんな言葉で伝えれば、どれか一つくらいは彼の中に何かを残せるかもしれない。


「それは明確な言葉のようだけど、ある時は笑い声みたいで、ある時は鈴が鳴るような音。風の唸り声に似ている時もある。」


目を閉じて、意識を集中させる。


「その声に、耳を傾けるんだよ。」


パチパチ、と火花が散るような音が『聞こえた』気がした。魔力を扱う感覚は人によって大きく異なる。だからこの『声』が聞こえているのは自分だけなのだろうとセクエは思っていた。


「その魔力が、今何を望んでいるのか、どんな魔法になりたいのか。守りたいのか、愛したいのか、傷つけたいのか。その声は小さいけど、でもちゃんと耳をすませば、魔力は嘘をつかずに教えてくれる。」


セクエは目を開け、瓶からピドルを少し手に取って、それを目の高さまで持ち上げる。


「魔力の望む通りの魔法が作れれば。」


セクエはピドルを押し潰すように、ぎゅっと手を握る。指の隙間から滲み出たピドルが、魔法となって空中に霧散する。飛び散った魔力は小さな雷となって、パチパチと音を立てながら淡い光を弾けさせた。


「魔法はもっと美しく、無理なく扱える。だってそれは、魔法使いが無理やり命令した魔法じゃなくて、魔力が望んだ魔法だから。」

「姉ちゃんには、魔力の声が聞こえるんだね…。」


感心したように、呆然とアロイは呟き、そして身を乗り出すようにして続けた。


「ねえ、今の話、先生は知ってるの?」

「どうだろう、知らないのかもしれないね。」

「なら、なんで先生に話しちゃいけないの?すごく面白かったのに。」


そう尋ねるアロイに対して、セクエは苦笑した。


「だってグアノ様は、私に尋ねてくれないから。グアノ様だってきっと、アロイ君と同じように私の魔法が気になっているはずなのに。」


何の違和感もなくこぼれ落ちた本音に、セクエは少しだけ妙に思った。たしかに、それが自分の本心だ。だが、それをなぜアロイに話そうと思ったのだろう。


(今の私じゃ魔力は感じ取れないけど、これは…。だとするなら…なるほどね。)


セクエは一人納得して、会話を続けた。


「私に直接聞かないで、人伝(ひとづて)に聞くなんて…ずるいでしょう。」

「ふうん…?でも、それっておかしいね。なんで先生は姉ちゃんに何も聞かないのかな?知りたいなら教えてもらえばいいのに。」


ただ無邪気に、アロイは問いかける。その無邪気さが、質問が、セクエには少し苦しく感じられた。


「きっとグアノ様は、私と会話するのが怖いんだ。」


セクエは視線を落とした。


「グアノ様の言葉には、私を縛り付ける力がある。グアノ様は怖いんだよ。無意識にそれを使って、それが原因で私が苦しんでしまうのが。グアノ様は優しくて、繊細で、自分よりも他人を優先してしまう人だから。」


寂しくなって、セクエは力なく微笑んだ。


「分かってるんだけどね。でも本当は…グアノ様の声が聞きたい。どんな言葉でも良いから、また私に言葉を投げかけてほしい。私の言葉も…、聞いてほしい。だからグアノ様が私に言葉をくれるまでは、この事は教えたくない。」


セクエは視線を上げて、アロイに向かって困ったように笑った。


「ごめんね、こんな子供じみた理由で。」

「姉ちゃんは、グアノ先生のこと、嫌いなの?」


不安そうに、アロイは尋ねる。セクエは首を横に振った。


「そんなことないよ。私にとってグアノ様は、とても大事な人だからね。」

「でも、セクエ姉ちゃん、悲しそうに見えるよ。」

「そう…、だね。悲しいのかもしれない。でもね、それはグアノ様を嫌う理由にはならないよ。」

「でもそれっておかしいよ。悲しいのに何も言わないのもそうだけど、そんなことして平気でいられる先生も…。」

「アロイ君は、優しいね。」


納得できない様子で唸るアロイを見て、セクエは呟く。


「グアノ様も優しいけど、アロイ君にはそれとは少し違う、力強い優しさがあるね。そっか、グアノ様が一緒にいるのを決めたのは、こういう子だったんだ…。」


セクエにはしみじみと言う。きっと、二人はうまく釣り合いが取れているのだろう。アロイならばきっと、自分や他の誰かでは出来なかった、彼の中の何かを埋めることができる。


「ねえ、アロイ君。」


セクエはそう口を開いた。


「グアノ様のこと、お願いね。」

「どうして?僕、まだ何もできないのに…。」

「そんなことないよ。まだ魔法は上手じゃないけど、アロイ君には、アロイ君にしかできないことがあるから。」


セクエはふっと笑みを浮かべた。


「だから…、グアノ様には本当のことを言ってあげてね。」

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