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魔法使いの旅路  作者: 星野葵
第2章 その声に耳を傾けて
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#4 すれ違う心

バリューガとグアノが向かった家では、熱を出した子供が寝かせられていた。様子を確認すると、うなされている様子だったが、幸いにも熱はそれほど高くない。バリューガは母親に頼んで予備の薬を持ってきてもらって、魔法薬の書き換えを始めた。


瓶の蓋を取り、両手で握って目を閉じる。一つ深呼吸をしてから薄く目を開けて瓶を見ると、魔法薬の周りに何やら文字の様な、模様の様なものが浮かんでいるのがぼんやりと『見えた』。バリューガはさらに神経を集中させ、自らの意識をその模様の中に滑り込ませる。魔法薬の内側から全体を見回すようにして、魔法薬の効果が変更できる場所、効果が不足している場所を探すのだ。


変換の力の扱いにも、ずいぶん慣れた。本来ならばここまで意識しなくても、感覚的に書き換えを行うことは可能だ。しかし、その方法だと魔法の効果のどこを変更したのかが分からず、その魔法を一から再現することが難しくなる。魔法薬や魔道具の作り方は村の全員で共有できた方がいいというセクエや賢者の意見を聞いて、バリューガは自分が持つ力をより自由に、意識的に使えるように長いこと練習を重ねていたのだった。


魔法の使い方というものは、感覚的に学んでいくものだと賢者は言っていた。人によって、扱う際の感覚は大きな差があるらしい。だから、どうすればうまく扱えるようになるのかは人によって方法が違う。それは魔力の質にも影響されるのだとか。


バリューガの場合、うまく意識を向けられれば、今のように魔法に込められた命令が目で見え、さらにその内側に自分の意識を潜り込ませる事ができる。だが、実際には『そう感じているだけ』であり、そばで見ているグアノには変化は分からない。バリューガに限らず、魔法を使う時の感覚は本人にしか分からず、またそれが当たり前らしい。


(特段おかしな所は無い、けど…。効果が見えにくいな。まとめて作った薬だったし、古くなって劣化したのかも?)


隅々まで目を凝らしながら、バリューガは考える。魔法の効果が全体的に霞んでいる。魔法薬としての効力が薄れてきているのだ。バリューガはなぞるようにして同じ効果で上書きし、さらに少し思案して一部を書き換えた。


一度目を閉じ、再び開けると、バリューガの意識は通常に戻っていた。バリューガは瓶の蓋を閉め、そばで見ていたグアノに向き直る。


「終わったけど…一応内容の確認してもらえないかな?」


そう言って、グアノに瓶を渡す。グアノはそれをまじまじと眺め、頷いた。


「ええ、これならば問題ないでしょう。しかし…。」


グアノは不思議そうに眉をひそめる。


「この薬は内服薬ですよね?この効果だと、十分な効果は得られないのでは?」

「いや、多分これで問題ないと思うんだ。今の効果を書き換えたから、これは飲み薬じゃなくて、お香みたいにして使うんだよ。ちょっと火の粉をかけてくれないか?」


そう促され、グアノは瓶の蓋を開け、魔法を使って火の粉を少しかけた。


(……!)


グアノは目を見張る。てっきり液体だと思っていた薬は、固めた(ろう)のように火の粉を受け止めたのだ。そして、その熱が伝わった箇所から白く細い煙が立ち上る。


バリューガはその瓶に顔を近づけ、手であおいで煙の匂いを嗅ぐ。そして満足げに頷いた。


「うん。匂いも強くないし、これで大丈夫。」

「これは一体、どういうことなのです?」

「だって、熱が出ててうなされてる子に、無理に薬は飲ませたくないだろ?これなら部屋の隅にでも置いておけば薬を吸い込んでくれるから、起こす必要もない。」


まあ、その代わりに効果は薄いんだけどな、とバリューガは苦笑した。


「健康な人が吸い込んでも問題ないようにしておいたし、蓋を閉じれば煙は止められるから、扱いに困ることもそうそうないだろ?」


バリューガはそれだけ言って部屋を出る。少年の母親に薬の扱い方や、回復したら治療院へ来てほしいことを告げ、バリューガはグアノの元へ戻った。


「それじゃあ、まんまり長居するのも悪いし、行こうか、グアノさん。」


バリューガはグアノがついてきているのを確認して、少年の家を出た。外ではまだ細かい雨が降っている。バリューガはセクエの小屋へと向かったが、しばらく歩くと足を止め、どうしたものかと思案した。


「…バリューガ、戻らないのですか?」

「うん…、いや、そうなんだけどさ。」


バリューガはグアノを振り返る。雨に濡れることを気にして、頭上に小さな結界を張ってくれていた。それが傘のような役割をして、二人が濡れるのを防いでいる。


「グアノさんは、戻りたくないだろ?」


バリューガは言う。グアノは不意をつかれたように視線を逸らした。


「気付いていましたか。」

「あからさまだよ。セクエだって気付いてる。そもそも、そのためにグアノさんについて来てもらったんだし」

「……。」


黙ってしまったグアノを見て、バリューガはやれやれとため息をついた。


「なぁ、グアノさん…」

「私は…!」


バリューガの言葉を遮るように、グアノは絞り出すような声で言った。行き場のない感情を必死に押さえつけているように、両手を強く握りしめ、俯いて唇を噛んでいる。


「私はもう、二度とあんなことはしたくない…!あの時、私は彼女を…セクエを殺しかけた…!私が…もっと注意していれば、気付けていれば、あんなことにはっ…!」

「グアノさんっ!」


だんだんと語気が強くなっていくグアノに呼びかける。グアノははっとした様子でバリューガに視線を向けたが、すぐにまた逸らしてしまった。


「それは間違ってるよ、グアノさん。あの時、グアノさんに悪意は無かったじゃないか。」


バリューガは言う。グアノが言っているのは、前々回に村へ来た時のことだ。その時の季節は、春から夏へと移る頃。日差しが強くなり春の花々が散り始めたその頃、セクエは呪いの影響で、死にかけたのだ。


「あの時は、グアノさんの魔道具がたまたま不調で整備が必要で、その間セクエに薬草でも探していてほしいって言っただけだろ?」


バリューガはその場に居合わせていたので、何が起こったのかを知っていた。グアノがセクエに向けたその言葉には、命令の意味はなかった。ただ、空いてしまった時間をどうするのか、提案をしたに過ぎない。セクエもそう受け取っていたし、もちろんグアノに悪意は無かった。


だが、セクエの黒い蜂(呪い)は、そう判断しなかった。ほんの些細なその頼み事は、『命令』として判断されたのだ。セクエは呪いの影響で無意識的に薬草を探しに森へ出かけたのだが、時期が悪かった。春の草は伸び過ぎて使えず、夏の草はまだ使えるほど大きくはない。ちょうど、薬草の採れない時期だったのだ。


その日、セクエは日が暮れても帰ってこず、それを心配して、グアノとバリューガは探しに行った。セクエはありもしない薬草を探して、普段は入らない森の奥へ行き、そこで足を挫いて動けなくなってしまっていた。二人は辺りが薄暗くなる頃にようやくセクエを見つけたが、その時、セクエは息も絶え絶えで、意識も無かった。足を挫いたからではない。グアノの『命令』に背いたことにより、心臓が止まりかけていたのだ。


「あれからグアノさんはすぐに命令を撤回して、セクエも回復したし、誰もグアノさんに怒ってなんかいない。だからもう…、セクエとの会話を無理に避けようとするのは、やめてくれないか?」


バリューガは言う。その時以来、バリューガと言葉を交わすことはあっても、セクエと話すことはほとんどしなくなった。グアノが村へ来る頻度は明らかに減り、セクエもそんなグアノを心配している。グアノからの手紙を読んで憂鬱そうにしていたのも、きっとそれが理由だろう。


「…私の言葉が、また不用意に彼女を苦しめるかもしれないのに、ですか?」


そう言って、グアノは寂しそうにふっと笑みを漏らした。


「あの些細な一言が命令になってしまうなら、私の言葉全てが、彼女を殺しかねない。そうと分かっていながら、なぜ会話をしようなどと思えるのでしょう?私は…悪意も殺意もない言動が、誰かを殺してしまうことが、恐ろしくてたまらない。」

「そうじゃなくても、他に向き合い方はあるだろ?あれじゃあ、セクエが可哀想だって思わないのか?」


バリューガは語気を強めて言う。グアノの言っていることは分かる。だが、こんなのは間違っている。自分に言葉を向けられず、向けられたとしてもそれは独り言のような小さな呟きばかりで、どれだけ言葉を並べても、決して答えが返ってくることはない。それがどれだけ寂しいか、セクエの表情を見ていれば痛いほどに分かる。そんなセクエを見るのはもう嫌だった。


「分かっています、そんなことは。しかし私はもう、これ以上彼女を呪いのせいで苦しめたくない。きっと…いや必ず、呪いを解く方法を見つけてみせます。だからどうか、それまでは…。」

「……っ!」


グアノのその言い分に、怒りを覚えた。バリューガは語気を荒げて、吐き捨てるように言った。


「セクエがっ…何のために、魔法薬を作ってると思ってるんだ…!何のために、わざわざピドルから魔法を使ってると思ってんだよ!こんなの間違ってるだろ?!なんで分かんないんだよっ!」


バリューガがそう叫んだ瞬間だった。山の方から、低く唸るような音が聞こえた。バリューガははっとして視線を向ける。


(なんだこれ…?魔法じゃない。山が、唸ってる…?)


バラバラと、結界にあたる雨の音が大きくなる。まるで結界を突き破ろうとするように叩きつけられる雨の向こう側で、山の木々が大きく揺れているのが見えた。

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