#3 小さな魔法使い
セクエは部屋へ戻る。アロイはまだ緊張しているのか、机の上に残されたままのお茶を飲みながら、何も話さずにじっとしていた。セクエは少し困ってしまって、アロイに声をかける。
「グアノ様とバリューガは、村の子の様子を見に行ったよ。熱が出た子がいるみたい。」
「そう、なんだ…。」
「…ねえ、アロイ君。」
「なに?」
「そんなに怖がらなくても、大丈夫だよ?」
「えっ?」
アロイはハッとセクエに視線を向けて、慌てた様子で話し始めた。
「え、えっと…!怖がってるとか、そんなじゃないよ!たしかに、ちょっと緊張しちゃったけど!」
アロイはそう言って、にっこりと笑った。
「魔法ってすごいんだね!服も乾かせるし、病気も治せちゃうんだ。」
「うん。でも、それだけじゃないんだよ?」
セクエは机の向こう側、薬棚に並べられたピドルの瓶のうち、一つを取り出した。セクエはアロイと隣り合うように並んで座り、アロイによく見えるようにその瓶を置いた。
「これ、知ってるよ。ピドルっていうんでしょ?」
「うん。よく知ってるね。」
「えへへ、先生が教えてくれたんだ。魔力の塊で、直接触っちゃダメなんだって。これで、魔法薬?とか魔道具を作るんだよね?」
アロイは得意げに答える。シンシリアに来てからはおそらく魔法を直接教える事は無かったのだろうが、知識は教えているらしい。
「うん、その通り。これには触れた魔力を増加させる作用があるから、直接触れると体内の魔力が大きくなり過ぎて、暴走してしまう。だから、基本的にピドルを単品で使うことはない。」
セクエは説明する。ピドルは単品で扱うには危険度が高い。だから、魔法薬にするか、魔道具にするか、あるいは魔獣に入れるか、大体はその三択だ。
「でもね。」
セクエはいたずらっぽく微笑んで、瓶の蓋を取ると、その中に指を入れ、ピドルに浸した。
「あっ!」
アロイが声を上げ、思わず、と言った様子で立ち上がる。それを見て、セクエはふふっと笑った。
「大丈夫。私はこれに直接触れても何も起こらないから。」
そう言って、セクエは瓶から指を抜く。指の先にはドロリとした真っ黒なピドルがまとわりついていた。
「…どうして平気なの?危ないんでしょ?」
「私の中にはね、魔力が無いの。だから、ピドルに触れても魔力が大きくなることがない。」
「……?でも、姉ちゃんは魔法使いなんでしょ?」
「うん。でも、無くしちゃったんだ。」
「それって、大丈夫なの?」
その質問に、セクエは困り顔をする。実のところ、セクエもなぜ魔力が無くなっても生きていられるのか、さっぱり分からないのだ。
魔法使いは剣使いと比べて体力が圧倒的に少なく、無意識のうちに魔力で体力を補って生活している。それが無くなれば、魔法使いは立って歩くどころか、身動きすら取れなくなってしまうのだとグアノから教わったことがあった。セクエはセキガでの一件で、メトとの合成魔法が消され、肉体は再び二つに分かれたのだと聞いている。その時の記憶ははっきりしないので分からないが、その際に魔力だけが合成されたまま、メトの体に残ったらしい。つまりはその際にセクエは全ての魔力を失ったわけだが、それでもこうして普通に生活ができている。普通の魔法使いであれば、絶対にありえないことだ。
「大丈夫だよ。私にも、よく分からないけど。」
「ふうん…?まあいいや。とにかく、姉ちゃんには魔力が無いからピドルに触っても平気なんだね。」
「そう。そして、私はピドルから直接魔法を作ることができる。」
セクエはピドルが付いた指を上に向けて少し思案し魔法を決める。そして、ピドルで小さな炎を作って見せた。その炎は小鳥の姿になって飛び立ち、赤や青、緑などのさまざまな色の火の粉を散らしながら机の上を飛び回る。当然、火の粉は机に飛び火しない程度の量だ。
「わぁ…。きれい…!」
アロイはそれを食い入るようにじっと見つめていた。しかし、セクエはあくまで魔法を見せるためにピドルを使ったのであって、アロイにピドルを使わせるつもりはなかった。
グアノに言わせれば、ピドルをこのように使うのは非常に危険である上に、相当な技術を要するらしい。ピドルというのはそもそも高濃度の魔力の塊で、それを魔法に変換させるとなると、どうしても出力の加減が難しくなる。強力な魔法を作り出す事は簡単だが、今セクエがしているように小さな魔法を継続させる事はかなり難しい。魔道具のように効果が固定されておらず、自分で意識して使う魔法であればなおさらだ。
だが、魔力の塊から少しずつ魔法を使うという行為において、セクエはかなり慣れていた。というのも、『セクエ自身』がそうであるからだ。
明確に言うならばセクエは人間ではなく、人間の体を憑依魔法で操っている実体のない魔獣だ。魔獣というものには本来、体という殻が存在し、そこにピドルが入れられているわけだが、セクエにはそれが無いため、セクエ自身はほとんど魔力の塊に近い。自身の魔力を常に憑依魔法に変えて使用し続けているセクエにとって、ピドルの扱いはそう難しいものではなかったのだ。
セクエは炎の小鳥を消してアロイに尋ねる。
「アロイ君は、どんな魔法が得意?」
「うーん、よく分からない…。先生から教えてもらった魔法は、まだ全然使えないんだ。」
アロイは残念そうに呟く。
「どんな魔法を教えてもらったの?」
「うんとね、『ウィクル』、『シセル』、『セプトル』だよ。」
「火の粉と水しぶきとそよ風の魔法…。」
どれも威力が低く、危険度の低い魔法だ。子供に扱わせるにはちょうどいいだろう。しかしそれが使えないとなると…。
「まだアロイ君自身が、魔法に慣れていないのかもね。それか、アロイ君の質と合っていないのかも。」
「質…って何?」
アロイが首を傾げる。セクエは顎に手を当て、アロイでも分かるように言葉を選びながら答えた。
「質っていうのは魔力の性質、簡単に言うと、魔力の性格みたいなもの。魔法使い一人一人が違う質の魔力を持っていてね、この質によって、どんな魔法になりやすいかが決まっているんだ。どの質が良くて、どれが悪いってことは無いんだけど、自分の質が正しく理解できていれば、より楽に、たくさんの魔法が扱えるようになるよ。」
「へえ…!ねえ、それってピドルにもあるの?」
「もちろん。」
「じゃあ、今姉ちゃんが使ったピドルは、炎になりやすかったの?」
アロイは目をキラキラさせながら言う。先程の魔法がとても気に入ったのだろう。セクエは首を傾け、言葉を選びながら答えた。直接触れたとはいえ、セクエの技術は他者の魔力の質を見抜けるほどには洗練されていない。セキガ族やグアノであれば、分かるのかもしれないが。
「うーん…、多分違うんじゃないかな。使った感覚としては、力魔法の方が向いていたと思うけど。」
「ええっ?…でも、さっきの魔法、先生が使ってた魔法よりきれいだったよ。使いやすい魔法にしたからきれいに見えるんじゃないの?」
セクエははっとして、手元に置いたピドルの小瓶に目を落とした。
「…きれい、だった?」
「うん!まだ姉ちゃんの魔法は少ししか見てないけど、どれもキラキラしてて、宝石みたいできれいだよ!」
セクエは考える。
(きれい、か。…たしかグアノ様も、以前同じ様なことを言ってた。私の魔法は美しいから、その根底を知りたい、って。今まではグアノ様の思い過ごしかと思っていたけど、でも、もしかしたら…。)
「ねえねえ、質が関係ないならさ、どうやったらそんなにきれいに魔法が使えるの?僕、いつか姉ちゃんみたいにきれいな魔法が使いたいなぁ!」
セクエはアロイに視線を戻し、ふっと微笑む。
「知りたいの?」
「うん!知りたい!」
「そっか、じゃあ…これから話すことは、グアノ様には内緒だよ?」
ふふふ、と笑い、セクエは唇に人差し指を立てた。




