#2 薬師と魔法薬
セクエが住む小屋は、入口から入ってすぐに患者や怪我人のための部屋があり、普段生活する部屋はその奥にある。セクエはそこに二人を案内すると、広げたままになっていた手紙を片付けた。
セクエはそのまま薬棚へ向かい、その中から一つの瓶を取り出すと蓋を取って指先に薬を付ける。直接触れなければ、効果を読み取ることができないためだ。
「うん、これでいい。」
セクエは小さく頷いて振り返った。
「まずは上着を貸してもらえますか。」
「……?」
グアノが訝しげな顔をする。魔法薬で乾かすことに抵抗があるのだろう。
「普段ならこんな事はしないんですけどね。雨のせいで干しても乾きにくいので、仕方なく、です。」
セクエは困ったように微笑んでそう言った。上着を受け取ると、机の上に背を上にして広げる。そして逆三角を描くように三点、魔法薬をつけたままの指先で触れた。二人分の上着に同じように魔法薬を付け、その上に手をかざす。
魔法を使う時と同じように、意識を魔法薬に向けて集中させる。すると、三点に塗られた魔法薬が熱を持ち始めた。セクエは布地を焦がさないように力加減を調整しつつ、その熱を全体へと行き渡らせる。蒸発した水分が湯気となり、熱の動きに合わせるように渦を巻きながら立ち上がった。
「ふわぁ…!」
近くで見ていたアロイが感嘆の声をあげる。セクエは魔法薬が切れて湯気が立たなくなると、上着を手に取って湿り気を確認した。十分に乾いている。この程度なら、今すぐに着ても問題ないだろう。
「ねえ、これも魔法なの?」
「うん。明確に言うなら、魔法薬だけどね。はい。」
「ありがとう。わ、あったかい!」
アロイは嬉しそうに上着を受け取って、すぐにそれを羽織った。雨が降っていたので、寒かったのだろう。ふと見れば、ちょうどバリューガが温かいお茶を持って部屋に入ってくるところだった。
「服は乾かしたか?」
「うん。飲み物、持ってきてくれてありがとう。…グアノ様の分もお返ししますね。」
セクエはグアノに上着を渡しながら答える。グアノはしばらく何も言わずに渡された上着を見ていたが、やがて口を開いた。
「本来なら決められた効果を発揮するだけの魔法薬を、効果や範囲の調整、さらには熱の攪拌まで…。」
「逆に、『この程度』のことしかできないんですよ。今の私には。」
感心したように呟いたグアノに対して、セクエはニコリと笑う。
「私はもう、自在に魔法を使うことはできません。でも、私の中に魔力が無くても、触れている魔力なら扱える。できる事は少しでも多い方がいいでしょう?」
そう言うセクエを見て、グアノは何か言いたげにセクエを見ていたが、しかし何も言わずに視線をセクエから離した。
「グアノ様…」
セクエそう声をかけた瞬間、玄関の方で声がした。
「誰かいないかしら?息子の様子を見て欲しいんですけれど。」
焦ったような女性の声だ。すぐにバリューガが部屋から飛び出していった。セクエもそれを追いかけて玄関へ向かう。先に着いたバリューガが女性と話を始めていた。
「どうしました?」
「うちの息子が熱を出してしまって。今は家で寝かせているんですが、熱が下がらなくて。」
「あれ、でもその子って、確か頻繁に熱を出してましたよね?常備薬は切れましたか?」
「それはあるんですが…、いつもの薬を飲ませても熱が下がらないんです。」
「うーん、そっかぁ…。」
バリューガは顎に手を当てて、少し考え込んでいるようだった。
「バリューガ、私が行くよ。」
「いや、オレでも大丈夫だよ。」
提案したセクエに対して、バリューガは答えた。
「あの子の薬って、確か魔法薬だったろ?とりあえず、オレが残ってる薬の効果を書き換えて対応してくる。起きれるくらいに熱が下がったら、その時ちゃんとセクエが診てやればいいさ。とにかく、熱は早く下げてやらないと。」
「分かった。」
「ああ、それから。」
と、バリューガはセクエの後ろ側を覗き込む。セクエについてきていたグアノに視線を向けてバリューガは言う。
「グアノさん、ちょっと手伝ってもらえないかな。」
そう言って、バリューガはグアノに手招きした。
「私、ですか?」
「うん。もしかしたら魔法が必要になるかもしれないし。」
「分かりました。それならすぐに行きましょう。」
「ああ、よかった…。息子のこと、お願いします。」
女性に連れられるようにして、二人が駆け足で村へと向かう。その背中を見送って、セクエは小さくため息をついた。




