召喚者の能力
「俺たちの最重要目標は北の公爵家だ」
このアヤトの言葉が意味することは、国内に不穏分子がいることを示している。
しかもそれが北の公爵家そのものである可能性を示す。
この国に誰知ることもなく黒い影が忍び寄っている状況だと思えた。
「最悪なのは・・・。帝国と北の公爵家が裏で繋がっていると想定。」
さすがに脳内通話でこんな重い会話をしていると
表情には出てしまう
普段は冷静なアヤノの表情も曇っていた。
「アヤノ殿、アヤト殿 どうされたのですか?」
これにいち早く気が付いたのはキョウカだった。
「デザートで口が合わないものがあったのかしら?」
ラティも勘違いではあるが気が付いたようだ。
デザートが盛りつけられていた皿の上には何もない。
お茶を飲みながらの歓談中だった。
「いいえ、デザートはおいしくいただけました。」
「少し、考え事をしただけですわ」
アヤノが取り繕う。
「ええ、元の世界にも似たものがあったので少し感慨深くて」
アヤトもそれに倣う。
「まあそうでしたの」
「何かの思い出とつながってしまわれたのでしょうか?」
ラティはこの国に関係がない人物を無理に召喚したという
召喚側の責任を負い目としてとらえている。
だから、やはり元の世界が恋しいのかもしれない
という考えにいたったのだ。
だがキョウカは何か異なるものをとらえていた。
ただこの場のことを考えて口には出していない。
「ええ、気になさらないでください」
「それより、次のお店に行きませんか?」
アヤノからの提案で次の予定にしていた店へ移動することが決まった。
移動する場合は、上級貴族のラティが先頭で動く。
本来ならぴったりとラティについているキョウカは
何故がアヤトの横に並んだ。
自分が気になった点について話すわけでもなく
全く関係のない話を切り出す。
「アヤト殿、わたくしもラティ様のお付として学園に通っております」
「本来なら歳が一つ上なのですが、ラティ様と同じ学年です。」
「アヤト殿やアヤノ殿が明日から通われるという事で」
「同学年として、よろしくお願いします。」
無口なはずのキョウカが、わざわざ自らこんな話をしたのには
たぶん訳があるのかもしれないとアヤトは思った。
「何か気づかれたか・・・」
「あと・・学園には道場もありますので、」
「是非、格闘術の訓練に参加していただけたらと思っています。」
「ええ、キョウカさん。こちらこそよろしくお願いします。」
「是非、キョウカさんの格闘術も見せてただきたいです。」
「お兄様、これはラティさんをはさまずに何か話をしたいという申し出ですわね。」
「ちなみに変な意味ではなく、何か気づかれていますわ。」
アヤノからの脳内通話だ
「アヤノもそう思うか・・」
ナビ報告、
エルム学園、通称勇者学園についての情報。
明日からお二人が新入生として高等部へ入学することになるエルム学園ですが
基本的に貴族層の方々は、初等部、中等部を経て高等部へ進学されます。
高等部は満16歳から18歳までの3年間。
1月から12月までの1年を1学年のサイクルとしています。
そして他の学校中等部から選ばれた優秀な者達も進学時に
新入生として編入されてきます。
ゆえにエルム学園高等部とは、エリートが集まる場となります。
学舎があるのは王家の敷地内。
東西南北4つの公爵家に倣い、4つの学舎が存在します。
当然ながらそれぞれの公爵家の派閥や将来その公爵家へ勤めたい者が
4つの学舎に分かれることになります。
この4つの学舎を通称
東棟、イース
西棟、ウエス
南棟、ソウス
北棟、ノウス
と称しております。
これについては地球の英語に類しておりますので
時の召喚者が王になった時に称したのでしょう。
学舎による基本的な教育方針は同じですが教育内容には違いもあります。
また学園長は1人ですが、
4つの学舎には、副学園長がそれぞれ任についています。
実質、副学園長が学園の最高管理者です。
そして学年行事が存在します。
まず、新入生である1年生は早々に新人戦という
学舎対抗戦に参加することになります。
これは学舎ごとに代表者を決めて
それぞれのルールや分野に分かれての対抗戦となります。
学舎ごとの代表者選抜においては
推薦枠の他に予選もあります。
対抗戦の項目として4つの模擬戦が最も代表的なものになります。
格闘術
武器を使った近接戦闘術
魔法術
そして総合戦闘術
総合戦闘術は戦闘術なら何でもありというもので、
一般的には召喚者に有利とされる項目です。
これらすべての対抗戦には、それぞれポイントが割り振られ
学舎の順位を決めるため、通称順位戦とも呼ばれます。
2学年、3学年にも同様の順位戦があり
それぞれの開催月は、1月の新人戦以後、
4月に2学年生の順位戦、7月に3学年生の順位戦
そして8月の特殊夏季講習時期を得て
総合順位戦が11月に行われます。
総合順位戦は、学年別ではなく
学舎の総合代表者による順位戦です。
これについては、総合戦闘術のみ
別名無差別総合戦と呼ばれる、まさに最強者決定戦です。
同じように11月には
錬金術師や学者向けの文化会などもあります。
これらは新しく発見した知識や開発物など、知識や能力の披露会です。
これも順位戦としてポイント評価に含まれます。
これら順位戦とは古の王を決めた
召喚者同士の戦いに倣ったものという事です。
そして12月に1年間のポイント集計を得て
最高学舎選定となります。
もちろんそれぞれの公爵家においての継承権順位にも影響します。
「なるほど、どれだけ優秀な人材を抱えているのかという事だな。」
「しかも北の公爵家の動向が、それに影響されるという事になる。」
「これについては、今は様子見しておくしかないな。」
学園の授業内容はクラス授業と選択項目別授業があります。
例えばアヤト様とアヤノ様が同じクラスであったとして
クラス授業では同じものを一緒に学びますが
選択項目の授業では錬金術と魔法術とに
分かれて学ぶこともできるというものです。
もちろん申請により全く異なる戦闘術を学ぶことも可能です。
また学生による生徒会などを始めとした委員会活動
部活動と言われる戦闘術やジョブ事に分かれた自主活動も存在します。
これらは順位戦の代表を決める場合の推薦枠に入りやすくなるという利点があります。
多分アヤト様は錬金術研究のための部活が決定事項だと想定します。
「カオリさんと一緒に・・ですわね。」
またアヤノからの脳内通話だ。
アヤトは変に反応するとアヤノが喜びそうなのでスルーすることにした。
キョウカは、一通りの話をアヤトに告げると
いつの間にかラティのすぐ後ろにピッタリとついていた。
店の外に出ると
観客が寄り付かないように店外に待機していた護衛兵が通路を確保していた。
そのおかげで次の店へは何事もなく移動。
ここは服飾品の店である。
この国においての服装は基本的にオーダーメイド。
一般人が住む場所には既製服や古着などもあるが
公爵家ご用達の店にはそれはない。
面白いことに、
店に入るとマネキンが店の代表デザインの服を着ている展示ルームがあった。
そして店主が案内した先には
ステージが存在しており、そこで一通りのファッションショーが催される。
マネキンにもモデルにも番号札がつけられており
それらを見た客が番号札の服を基にいろいろと注文する仕組みになっている。
男性向けの物もあるのだが、やはり女性用が圧倒的だ。
ここについては、ラティもその場で注文することもなく
見ること自体を楽しみにしていたらしい。
いわばウィンドショッピング的なものだ。
欲しければ呼べばいいわけだし、参考にしておくのだろう。
アヤノは映像をナビに頼んで記憶域に入れていた。
装備変換の参考にでもするのだろう。
キョウカさんは任務上、服を選ぶことができないから
見ることだけを楽しんでいる様子だ。
その後、その店の系列である装飾品店に移動。
ここへは店内にある貴族用の連絡通路で屋内移動できた。
服飾と装飾は、デザイン的に一蓮托生といえる。
装飾品の店は、陳列棚に様々な貴金属品が系列ごとに並んでいる。
女性陣はそれぞれ気になる場所へと移動した。
アヤトも遅れて店内を見渡す。
服や服につける装飾は装備変換で好きなデザインに変えられるが
それ以外の部分はやはり購入するしかない。
アヤノの長い黒髪をまとめるには、髪飾りが便利そうだと
思ったから髪留めが並んでいる場所を探す。
すると珍しくアヤノが見つめていたものがあった。
「アヤノ、俺から何かプレゼントしたいがいいか?」
「えっ、お兄様が・・」
「まあ、俺がお金を払うというわけでもないのだが」
「おまえ、それを見つめているだろ。」
アヤノが見つめていたのはやはり髪飾り
兄からの突然の申し出で、アヤノはいつもの返しができなかった。
「これから先、いろいろ動くとき、特に戦闘など」
「そのきれいな髪が邪魔だからと切らせたくはない」
「だから、髪をまとめるものがあったら便利だと考えていた。」
アヤトはアヤノの髪を触りながらそう言う。
アヤノは自分からは積極的に動くのだが
アヤトから来られると硬直してしまう。
顔を少し赤らめてシュンとおとなしくなってしまった。
「アヤノ、これでいいか?」
「気に入らなければ別の物でも・・」
「お兄様・・それで・・お願いします」
アヤトはアヤノが見つめていた髪留めの中から一つを選んだ。
それは、キョウカのように後ろで髪をまとめ
ポニーテールのようにできるもの
実はアヤノとキョウカの髪の長さは同じくらいだ。
アヤトがキョウカを見ていた時に、髪留めも気にしてみていたのだ。
動きやすそうだし、それはそれで壮麗さもあり美しく見える。
そしてキョウカも黒髪だったからモデルとして丁度参考になったといえる。
早々に店主に言って、それを専用の小箱に詰めてもらう。
そしてアヤトは、それをそっとアヤノに手渡した。
アヤノは嬉しそうにうなずくばかりだ。
「お兄様、ありがとうございます。」
「これから大切に身に着けるようにしたしますわ。」
「まあ防御度は皆無だから・・」
「壊れてもまた買ってあげるよ。」
アヤトは再びアヤノの髪を触りながらそう言う。
この光景を熱く見る視線が二つ
ラティとキョウカだ。
「ラティ様、お二人は兄妹でしたよね」
「ええ、以前からお二人はあんな感じなの」
「だから最初は恋人かと思ってたくらいだわ。」
「やっと慣れてきたのだけど・・。」
「ラティ様もおねだりしてはいかかでしょう」
「えええ、キョウカちゃんそれは少し恥ずかしいですわ」
「ならばここはキョウカにお任せください」
キョウカはラティととても仲が良く、二人でいる時間も長い。
最近のラティから聞く話題は召喚者のことばかりだった。
しかも、アヤトのことになると熱を帯びている。
なんとなくだが女性として感じるものがあった。
ズイとアヤトとアヤノの間に割って入るキョウカ。
「アヤト殿、ラティ様にも何かプレゼントされたらいかがですか?」
「召喚者と召喚した者の間の信頼度を上げておくのは良いことだと思いますが!」
「しかも、明日からは同じ学園に通う仲になります。」
「妹君は大切でしょうが、ラティ様にもそれなりに気遣いをですね・・」
感情を表に出すことはないと思っていたキョウカが
段々語気が強くなっていくのを感じたアヤトは焦った。
「あ、あ、公爵家の娘さんに、」
「俺からというのは何か変ではないですか」
常識的に公爵家のお金で自分からのプレゼントとはいいがたい行為になる
「変ではないです!」
「気持ちが大切です!」
さすがにこれを見ていたラティも顔が真っ赤になって
オロオロしている。
アヤノはそれを見てにやりと微笑むと
「お兄様、信頼の証しとして指輪などはどうでしょうか」
「ラティさんを裏切ることはないという誓いを証明することにもなりますわ」
これは脳内通話ではない
キョウカやラティに聞こえるように言う
「アヤノ、やったな・・」
これはアヤトからアヤノへの脳内通話である。
「いつかは、わたくしもいただきたいですわ。うふふ。」
アヤノからの脳内通信が返ってきた。
さっきまでの雰囲気はどこへやら
小悪魔的なアヤノだった。
仕方なく意を決するアヤト
これは、どんな強い相手を前にした時より緊張するぞ・・。
「ラティさん。もしよければ、わたくしから贈り物をさせてください。」
それを聞いて顔を真っ赤にしたままのラティが小さく答える。
「はい、お気遣いありがとうございます。」
そしてアヤトはラティの手を取って指輪やネックレスが並ぶところへ移動した。
この一部始終を店主は見逃すはずもなく
先ほどまで空気状態を保っていたのが、そそくさと二人に近づく
「これなどはいかかでしょうか?」
と指輪をすすめる。
「古の勇者王が、後にその妻となる公爵家の娘様に」
「信頼の証として贈られた指輪を基にデザインされております。」
「また、これを身に着けておくと」
「贈られた側の女性は、願いが叶い身が守られるという」
「勇者王の物語になぞらえたものです。」
いきなり能弁になる店主。
価格はそれなりだが驚くほど高価でもない。
本当におすすめ品という事なのだろう
「店主、この指輪についている宝石は何だ?」
「これは魔法石と言われる貴重なものです。」
「これが願いをかなえ、身を守ると言われるゆえんです。」
魔法石?初めて聞く名だな。
すかさずナビから脳内通信があった。
魔素を多く含む岩石が更に密度を高くしてできて宝石です。
炭素でできたものをダイヤとすれば、その魔素版と考えればいいでしょう。
「なるほど、理解した」
魔法使用時に役に立ちそうな感じだ。
アヤトがラティのほうを見ると
ラティの目が輝いていた。
ああ、勇者王の話は夢物語として公爵家の娘さんたちに人気だったな。
「うむ、店主、これをいただく」
「サイズを合わせてくれ。」
「ならば、ご主人様が指にはめてあげてはどうでしょう」
「それを見て調整が必要ならすぐにお直しいたします。」
こういう店の店主はある意味目利きである。
ほぼこれで間違いがないというサイズをアヤトに渡した。
「これはどの指にはめるものだ?」
「はい、勇者王の物語通り、左手の薬指に・・。」
「はぁ?」
「ナビ、これ地球の仕来たりでヤバいものがなかったか?」
凄く焦っているのが、脳内通話でのアヤトの言葉が変だ。
「アヤト様、婚約指輪とか結婚指輪を言っているのでしょうか?」
「大丈夫です。」
「この国においては地球と同じような慣例はありません」
「よって、結婚指輪や婚約指輪という概念は存在しません」
「あくまで装飾品として認識されます。」
「うむ、・・・・・」
何だか複雑な気になったがいいだろう
アヤトはラティの手を取ると
その指に指輪をはめていく。
店主の目利きの確かさなのか
サイズはピッタリだった。
「どうでしょうか、サイズもよさそうですし」
「すごくお似合いです」
「専用ケースもお渡しいたしますので、」
「指輪は、そのまま身につけられたままが良いと思います。」
ここまで何も言わなかったラティが口を開く
「はい是非このまま身につけますわ」
「アヤト君、ありがとうございました。」
実は勇者王の物語、
召喚者である勇者王が、召喚した公爵家の娘に指輪を贈る時
直接、公爵家の娘の指にそれをはめたという逸話があった。
ラティもきっとそれを知っていたのだろう
目がキラキラ輝いていた。
「本当に、ありがとう・・・アヤト君」
そして小声でそっと
「キョウカちゃん、ありがとう」
と囁いた。
「お兄様、やりましたわね」
「これで既成事実が成立ですわ」
「この後も次々と攻略していきましょう」
アヤノからの脳内通話だ。
アヤノは一体何を言っているんだ・・・。
贈り物をもらった女子たちの興奮が一段落して次の店へと移動する。
次のところは小物類やガラス製品など、部屋の中の装飾品類の店だ。
様々な商品があり、店内は思ったより広い。
仕事柄というか任務柄、服装や装飾品を自由にできないキョウカが
この店に来て目の色を変えた。
自分の部屋の中は自由である。
見た目は甲冑姿とか男装の麗人だったりもするが、中身は女子なのだろう。
可愛いものを見つけては、ラティに
「これいいですね、可愛いですね」
と言っている。
やがて二人でうなずき合いながら購入品をピックアップ。
後でまとめて屋敷に運んでもらうらしい。
アヤノはというとずっとアヤトの傍を離れない。
「アヤノは見なくてもいいのか?」
とアヤトが聞くのだが
「ええ、私はこういうものはあまり・・」
と答えた
アヤノの能力は同じ系統の能力を持つ一族にとっても驚くべきものだった。
よって、アヤトと出会うまでの間
訓練や教育以外では、ほぼ一人で時間を過ごしていた。
そんな周囲の者たちは女の子だからと
遠巻きにしながらアヤノにいろんなものを贈った。
だから部屋の中には女の子が喜びそうなものにあふれていた。
それがアヤノにとって本当にうれしかったかと言えば全く逆だ
幼少期からそういった環境で過ごしてきたことは
むしろそれらに歓心をもてない性格を作り出した。
女の子同士の会話では、表向きには合わせるものの
あまり物質欲がないのがアヤノだ。
だから髪留めを欲しそうに見ていたアヤノの姿は珍しかった。
アヤノは普通に人にかまってもらいたかった。
だからこそ、アヤトと出会い一緒になることで世界が変わったのだ。
「お兄様といることがアヤノの幸せなんです。」
「平和を感じるこの瞬間を楽しんでいるのですわ。」
「ああ、俺もそうかもしれない」
「俺は任務や命令でなくても、アヤノを守ることを最優先にする。」
「できればこういう平和な時間が長く過ごせるようにしたい。」
二人は寄り添うようにして店内を散歩した。
「ラティ様、やはりあの二人は怪しいです。」
「本当に兄妹なのでしょうか」
キョウカだった。
「あえてお聞きはしてないけど、」
「何か複雑な事情とか環境にいたと感じました。」
「私はそれを話してくれる時が来るまで待つつもりです。」
「だから・・わたしも信頼を勝ち取るように頑張ります。」
ラティはアヤトからもらった指輪を見つめながらそう答えた。
キョウカは、ラティなりの思いや気遣いがあるのだと言葉を慎むことにした。
そして二人の元へと合流する。
「これはどうですか?」
「私たち4人でお揃いになります。」
ラティから、花のしおりをそれぞれが持つという提案がされた。
必要品でも高価な品でもないが
皆お揃いというところに、アヤノも気に入ったらしい。
「いいですわね」
「これならいつでも持ち歩いていられますわ」
これを聞いて4人は微笑んだ。
こうして、予定していた店回りは終わった。
アヤトにとっては社会見学ではなく人生経験になった。
4人は朝から動いて、朝食代わりにデザートを食べただけである。
おなかがすいてきたことを感じてきた。
そして、
「遅くなったけど、昼食を皆で食べよう」
という話になった。
当然アヤトは日本食が食べたかったのだが
諦めていた中に、シーフードがメニューにあるという話を
キョウカから聞いた。
これを聞いたらその店に興味がわく。
珍しいという事で急遽予約を入れた。
昼の時間も過ぎており、公爵家からの話なので断られることもなく
その店へと移動。
そこは少し離れた場所にあるレストランだ。
基本的にはイタリアン風
シーフードとはいえ南の海に近い領地から
塩付けとか乾燥したものが届けられるという程度なので
生魚とか焼き魚などの日本食ではない
シーフードのおすすめはピザだった。
それ以外にメニューに気になるものがあった。
「これは・・パエリア?!」
「米、ライスがあるのか」
それはオリザと呼ばれるイネ科の実だった。
地球で言えばラテン語で米と同類の意味になる。
「オリザも南の地からシーフードと共に少しだけ入ってきますわ」
ラティが言う
アヤノも
「サーチ内に見つけられなかったから本当に流通が少なかったんですね」
と言った。
呼び方も違うし見た目もやや違うから確かに見つけるのは困難だったのだろう。
早速アヤノとアヤトはそれを注文した。
出てきたものは細長い米のような粒状の種を主体として
いろんな粒状の実が入っている。
いわゆる雑穀米に似ている。
それと豆類を足すことで、量を保っている。
乾燥したシーフードを使っているのだろう、貝なども見られた。
それらをスープで味付けした料理だった。
何か違う感じがしたのだが食べてみると確かに米っぽい。
「うむ、これなら米と言ってもいい。」
「お兄様、パンとか小麦粉食ばかりじゃなくてよかったですわね。」
「しかし、米の量が少なすぎる。本当に少量しか流通がないのだな」
ラティとキョウカは、学園で話題があったピザにしている。
正式には、ピッツァと言うらしいが、ピザは確かに地球のものに似ている。
ちゃんとチーズが使われていた。
二人は、二種類を頼んで半分を交換していた。
しかしピザを手つかみではなく、
ナイフとフォークで食べている姿はやはり変な感じに見えた。
それと4人それぞれのスープ。
コンソメ風は経験していたからか、アヤトはコーンスープにした。
アヤノは冒険を含めてオニオンスープ。
ラティとキョウカは定番なのかコンソメだ。
ただ、スープではなくシチュー類もあった。
アヤト的にはかなり迷っての判断だ。
「ふふふ、お兄様、ここならまた来てもいいですわね」
「ああ、他のも頼んでみたいな」
それなりに満足しながらの脳内通話だった。
食後の帰り道
馬車に揺られながらの会話
「珍しい料理で面白いお店でしたわ」
ラティが言う
「キョウカさんのおかげです。」
アヤノも言う
「いや、ほんとキョウカさんが教えてくれて感謝だよ」
アヤトが言う
キョウカはすごく照れていた。
「また、皆さんと揃って行けるといいですね。」
「そうですわね、4人いたから今日は楽しかったと言えます。」
ラティは大勢で行動したことはあまりなかった。
むしろほとんど外出もしないのが当たり前だったから
新鮮な経験だったのだろう。
そしてずっと指輪を見たりなでたりしていた。
やがて馬車はアヤトたちの館に到着する。
ラティ達はそこに立ち寄ることもなく別れを告げた。
「また、明日 学園で会いましょう。」
正直に言えば少しはしゃぎすぎて疲れたのと
大切な指輪をもらって満足してたからだった。
アヤトたちが帰ってくると制服の仕立てが終わっており
それが到着していることを告げられた。
「お部屋に制服を届けてございます。」
専属メイドがいうには
「今後、着るのを手伝いますので申しつけください」
だった。
それを二人は丁重にお断りした。
その後、応接室に入って
早速アヤノは、髪留めを取り出した。
「お兄様、つけてくださりませんか?」
「ああ、もちろん」
メイドの出番は無しである。
いや、アヤトの指示で、くしと鏡を用意してくれた。
「アヤノ、なかなか似合うよ」
髪留めを付けたのち、アヤトは言う
「お兄様、難点を言うなら、鏡で正面から見ることができないのと」
「寝るときには再び外さないといけない点ですわね」
とアヤノは言葉を返した。
「いや、俺が見えてるから満足してくれ」
「それにいつでも、俺が外してやる」
とアヤトが髪をなでながら言った。
「なら、お兄様」
「いつでも俺がつけてやるとも言ってくださいね」
とアヤノはアヤトにもたれかかりながら返答した。
「ああ、当然」
アヤトは抱きしめるようにして囁いた。
「はーい、お二人様」
「ナビの存在をお忘れにならない程度にしてくださいね」
「私だけ何だか任務遂行しているのが空しくなります」
「ナビにそんな感情はないだろ」
「無いですが、この場合の表現として代弁しただけです」
「あれからいろいろ対処しましたから」
「怪しい動きのほうは抑えられているはずですわ」
「ナビちゃん、何か気になる情報が見つかったのですか?」
「北の公爵家に関するものではなく」
「召喚者に関するものでいくつか気になるものがありました。」
「本日、キョウカという方がおられましたよね。」
「召喚者の末裔です。」
「そこで過去、幾人もの召喚者がいたわけですが」
「その後が気になりまして」
「ああ、実は俺も気になった点があった」
「キョウカさんについて、先祖返りと言われたという話だ。」
「それとナビがくれた勇者王の子供は能力が継承されなかったという話」
以降はナビからの調査結果
過去の召喚者のその後
召喚後ある程度の時期を過ぎると強力な力は低下し
この世界の人と変わらなくなる。
とはいえ使用していた経験という底上げがある分
それなりに訓練した者と同様のレベルは確保できる。
単純に魔法で言うなら
上級魔法まで使えたと仮定すると、
それが使用できなくなるという事はない。
但し威力はかなり落ちる。
また、魔力が低下することで
上級魔法が必要とする魔力量が確保できなくなり
使えなくなるという事はある。
まあ言うなれば肉体の衰えと同じです。
最初の上限が高すぎるので、
著しく低下するように見えるという事です。
近接戦闘の場合
巧みさが経験を積むことで増すという部分もあるわけで
特殊技能が低下しても総合的な技能はあまり低下しない
魔力低下する分だけ関連する能力は弱くなる
肉体が衰える分だけ動きが悪くなる
これが召喚者の場合は大きい。
だが、経験を積んだ分、
戦い方がうまくなってはいる。
よって、能力に頼りすぎる傾向があった召喚者は
この差が更に著しく大きくなる。
結果として、
この世界の住民と召喚者とは差がない
では何故召喚されたら能力が高くなったのか?
この世界の人類と召喚元の人類は同じ系統の人類
召喚元の人類は魔素が無いか少ないことで
使い方を知らなかったが同レベルの能力は持っていた。
それをずっと使用でしていなかった分
何かのエネルギー保有量、魔力保有量と仮定は、蓄積されている。
よって、その分が召喚後の能力の高さとなった。
時間がたつにつれ、その保有分が消費され
やがてなくなることで元の能力値になったと想定できます。
そのため、召喚者の高い能力は次世代に継続されない。
これが勇者王の2代目の末路を証明することになります。
では個人が持つ特殊能力は何か
転移によるパラレルワールド、要するに世界線が発生する過程で
変化した世界が生まれるのに当人には何の変化もないという事もおかしな話です。
要するにパラレルワールドの自分は
元の自分とは異なる存在でなければ、つじつまが合っていないという事です。
であれば、何らかの変化があったと考えるべきで
その人物の可能性の分岐の一つだった自分というものであると思われます。
よって、
お二人にも気が付いていない能力が存在している可能性があります。
但し、元々持っていた能力が高く、それを使用する必要がないこと。
使用方法に関する知識がない事によって使えない。
使えなくても問題がないから変化を感じないというところでしょう。
この先、知識と訓練、努力をすることで
さらに新しい能力に目覚めると進言します。
それと転移に関しての想定ですが
世界線をまたぐ、もしくは新たな世界線を通る場合と
世界線に全く干渉しない場合があります。
瞬間移動は転移の一種ですが、世界線に干渉しません。
要するにパラレルワールドが誕生しません。
召喚者の中にもそういう存在がいたと考えられます。
更に言うのであれば、同じ世界線を通ってきただけの場合は
魔力の蓄積がないため大きな能力を得られないと言えます。
そういった例に
2人が同時召喚によって転移してきたが1人は能力がこの世界の人並みだった
と記録されているものがあります。
これをさらに詳しく調べ
召喚者がこの世界とは全く異なるところから来たのかという点に注目しました。
ようは、元の世界は魔法が使えなかったのかという点。
結果として、召喚者として能力が高かった者は
全く別の世界から来た者であることがわかりました。
ですがそうでなかった者は類似した世界からきています。
要するに魔法があった世界。
この世界の世界線のどこかから転移してしまった召喚者です。
極端な例として、別の大陸にいた住民であるとか・・
ならば文化も言葉も身なりも見た目も異なっていても変ではありません。
しかし召喚者特有の魔力保有量は蓄積されていない。
この、2人が同時に召喚されたという点にも大きな疑問があります。
別の場所にいる人物の位置情報を同時に書き換えるという事が
どれだけの能力を使用するのか瞬間移動という点を例で考えてもそれは異常です。
しかも別世界ともなれば確率的には、偶然に同時とは言えません。
多分これは召喚したら、ただの人が来たのでもう一度召喚した。
という事なのだと想定できます。
召喚には失敗例も記録されていますから
連続して召喚の儀をした結果でしょう。
そして召喚者の多くは
戦乱によって亡くなっています。
当然最前線で戦闘するわけですから
この世界の戦い方ではそうなるでしょう。
その次が事故、自害、病気による死亡があります。
結果としてわかる限りでも68%は
死亡により子孫の存在がないことがわかりました。
残り32%の中でも3世代までで途切れている場合が約半分以上。
結果、15%程度がなんとか家を継続しているという状況でした。
勇者王の末裔が存在しないというのもそういった結果でしょう。
キョウカさんの家のような例は非常に珍しいのが実情です。
この点についてはお二人にも大きく関係していますので
充分な未来計画をお願いしたいところです。
まだいくつかの不明な点や疑問点は残っているが
ナビからの想定や仮定を含めての話だった。
最終的には、どんな召喚者であっても
英雄と言われながら戦場送りにされて死んでいくという事や
子孫もまた同じことになるという点が
人類継続作戦を任務としているナビにとって重要なのだろう。
未来計画か・・・。
平和にするための選択は2つしかない。
敵がいなくなるまで叩きのめすか
相手がこちらにちょっかい出せないほど強大になるか。
それと新たな能力
万能ではない以上、それに対する欲求はある。
「アヤノを守るためには、どこまでも強くなりたい。」
気が付くと
アヤノはアヤトにもたれかかったまま眠っていた。
「ふっ、どおりでおとなしいと思った。」
継続して能力を展開している以上
その負荷は大きい
ましてや今日は、言霊本来の力までつかっていたのだ
その上で出かけていたのだから仕方はない。
夕食までの3時間くらいは眠らせておこう
アヤトはアヤノを抱きかかえると
アヤノの部屋まで運んでベットの上で横にさせた。
もちろん寝るのに邪魔になるから髪飾りはそっと外してある。
「うん、喜んでくれてよかった。」
アヤノの幸せそうな寝顔を見てアヤトはそう思った。
さて、自分はフリーな時間ができたのだがどうするか
ナビが馬車で移動しているから馬車はない
時間的にナビも1時間ほどで帰ってくるだろうがそれを待つというのも・・。
「たまには自主練でもするか」
元の世界では日常的に訓練をしていたがこちらに来てからはいろいろあって
手抜きの模擬戦くらいしか動いてはいない。
せっかく広い庭があるのだからと、庭に出てみる。
「もう諜報部員の姿はないな」
アヤトは腰にある2つの柄を握る
双剣術
基本的には裏柳生と言われた組織時代の剣術である
元は忍者の戦闘術に短剣二刀というものがあった。
切りつけるだけではなく投げるを含んだ戦い方だ。
忍者というのは相手を倒すというより自分が生き延びるを優先した戦いをする。
情報を探ったら持ち帰る、任務が成功したら必ず報告する。
それが相手を倒すという概念が含まれたのが
柳生家の傘下に入った時点での変化だ。
柳生家は武士というより武闘家、剣豪の類。
それは戦場の剣術とも異なる。
本来は一刀流の流れを汲んでおり2刀はあり得ない。
十兵衛という存在が本当にいたのかは定かではないが
1対1の戦いではなく相手が複数の戦いにおいて
周囲を囲まれる危険性がある場合に二刀流の強みがある。
宮本武蔵の二刀流開眼においても
1対複数の戦いの中で確立されたものだ。
攻防一体という意味で優位性はあった。
しかし、弱点として大振りになってしまうとか
足さばきの難しさなどがある。
剣術で大切なものは足さばきだ
基本的に一刀流の足さばきは洗練されている。
だが科学力によってアヤト用に作成された刀は
柄までしかなく刀よりはるかに軽い。
その上で刀身は自由に変えられるという代物だった。
長くも短くもできるし、攻撃効果も変えられる。
場合によっては、刀身部を放つことで射撃武器にもできてしまう。
そして、アヤトの双剣術とは、格闘術の延長線上にあった。
よって足さばきは剣術のそれとは異なる。
体さばきも含め、蹴り技を繰り出す。
そして最も大きな差は、引きや返し、動きの速度だ。
振りきったら終わりの一撃必殺ではなく
高速で連続した攻防を繰り出すのに向いている。
これは重量がないからできることで
普通なら身体が剣の重さに振り回されてしまう。
その重量の軽さから飛んだり跳ねたりも可能だ。
当然上下だけでなく前後左右へ
短距離瞬間移動といわれる瞬動能力を使用しなくても
かなりの距離を一瞬で移動する。
相手からしたら一瞬で懐に入られる。
これは宮本武蔵や裏柳生の二刀流ではなく
忍者の二刀術に近い。
そして格闘術
アヤトは近接戦闘用に武器戦闘以外に格闘戦闘も得意だ。
これは任務の時に武器を持って戦うことが許されない場合を想定されている。
例えばタイムリープが成功して過去に行っていたとすると
人の多い街中で武器を振り回すわけにはいかない。
よって、様々な格闘術も身に着けた。
その中で特殊な技が気功術だった。
実はこれが黒剣の能力の正体でもある。
アヤトは武器を通してシュージに気功を放った。
白光の麻痺剣は雷撃による肉体の麻痺につながり
黒光の剣は気功を伝達することで、相手の気力を削ぐ。
これは特殊能力者同士の戦いにおいて有効になる。
身体の自由を奪っても、能力によっては発動が可能だ。
だから気功術により、気力を削ぐことで能力発動をも阻止する。
これによって、シュージは気を失ったのだ。
この世界においての戦い方に準じながらも
自分の能力を隠すことができるものとして
アヤトは双剣術を選択して、二刀武器を選んだのだった。
今後も、この戦闘スタイルを守っていくことになるだろう。
よってこの時の自主練においても双剣術を行った。
たまたまこの館の庭師が、
数メートルを瞬時に移動しながら左右の剣をふるうアヤトの姿を目にした。
前後左右のその移動は、目が追えないほど早い。
時には頭の上にまで飛び上がる。
あまりの動きの速さに、庭師の目には残像が見える始末だった。
「ひぃ」
驚きのあまり腰を抜かしたのか、庭師は尻もちをつく。
召喚者のための館の使用人は、
召喚者の能力は普通の人よりはるかに高い能力を持っており
それもかなり特殊なものであると認識している。
よって、公爵家からの命令で
基本的には、召喚者が行うことに対して気にしないようにしている。
だからアヤトも気がついてはいたが
問題がないとして訓練を続けた。
庭師が尻もちをついたまま後ろへズルズル下がる姿を見つけた2人のメイドが
この庭師に手を貸して起き上がらせると、
庭師の腕をとって何事もなかったかのように連れて行った。
「ふむ、女性のほうが対応力が高いのはどこでもいえることなんだな」
アヤトは、訓練を続けながら独り言をいう。
この後、激しい動きを続けながら
休むことなく動いていると、やがて馬車がやってくるのが見えた。
「ああ、もう一時間以上経ったか」
「ナビ、お帰り、今日はご苦労だった。」
「アヤト様。」
「記録文献が少なく、大した情報も得られませんでした。」
「明日も継続します。」
「アヤノの式からも情報が入っているから」
「そちらの処理を頼む。」
「了解です。」
「それと北の公爵家に関して」
「過去16年間に召喚された召喚者の概要を報告します。」
「まず今回の召喚者ですが」
「お二人と同年齢の16歳で、今年から学園に通う事になりました。」
「召喚時に立ち会った学者らの鑑定で」
「格闘術師と報告されています。」
「また魔術師としての力も持っており、土系元素の魔法です。」
「護衛としては優秀かもしれませんが、」
「戦場においての戦闘力は低いと評価されたようです。」
「一方、4年前の召喚者は今年で18歳。」
「こちらも学園に通う3学年生でした。」
「基本的な戦闘能力は槍術師」
「専用武器は、ハルバートのような斧槍の形状をしています。」
「系統魔法は風で、総合戦闘力は高いと評価されています。」
「昨年の順位戦において、2学年生ながら」
「学舎代表として無差別総合戦に選出され、準優勝でした。」
「ふむ、戦場においては範囲的な攻撃ができるから評価は高いが」
「1対1においては、より強い相手がいたという事だな。」
「ナビ、ちなみにその時の優勝者は誰だ?」
「はい、南の公爵家の召喚者です。」
「当時3学年生で今は、卒業しています。」
「この者は、3年連続優勝者です。」
「なるほど、ここ最近の順位戦評価は南の公爵家がかなり稼いでいそうだ。」
「きっと継承権ポイントがじわじわ僅差に迫っていたのだろう。」
「今年の召喚者ですが」
「南の公爵家と西の公爵家共に17歳で学園の2学年に編入の予定です。」
「今年は4公爵家の召喚者すべてが、学園に揃う年となりました。」
ナビはそれを脳内通話で報告しながら馬車から降りて
トコトコ歩いて館の玄関に入っていった。
「ふむ、北の公爵家は昨年の準優勝者が3学年生になった。」
「そして1学年生も入ることから二人になる。」
「一見すれば北の公爵家が有利だが、今年の召喚者自体の評価が低かった。」
「そして、他の公爵家も2学年生に編入される。」
「これは、順位戦の結果次第という事だな。」
「アヤト様のおっしゃる通りです」
「ナビが想定するに北の公爵家が怪しい動きをすると想定した場合」
「学園の順位戦がすべて終了した後」
「もしくは、その前に負けが確定した場合と考えられます。」
「なるほど、言い方を変えるなら時間的な猶予としては今年の末頃」
「それまでは、怪しい動きを抑える可能性があるかもしれないという事だな。」
現時点では限りなく黒に近いが黒ではない。
尻尾をつかみたいが、動かないようにしているなら難しいという事になる。
「継続して警戒を続けるしかないか・・」
訓練中のアヤトに力が入る。
「はぁああ」
気合いと共に周囲に風が巻き起こった。
アヤトは両の剣を左右に広げ、自身の体を回転させる。
それは高速で回転する竜巻のように風を纏い、
その竜巻は瞬時に移動した。
移動する際にドーンと衝撃が走る。
回転しながら体は横になり、腕は上に上がる。
これにより左右に広げていた剣が頭の上で合わさる。
まるで竜巻が横になって、
刀をドリル代わりにして凄い速度で飛んでいく状態だ。
そのまま目標にしていた場所まで跳ぶと
アヤトは頭の中でつぶやいた。
「閃風突牙」
そして着地すると同時に、頭上にあった刀を左右に振りぬく
と周囲に衝撃が発生した。
バァーンとやや遅れて音が響く。
その衝撃波で館の窓がビリビリと音を立てる。
これは一瞬の出来事である。
「アヤト様、エネルギー消費が多い、中二病のような技ですね。」
「多少能力を使ったとしても」
「よく肉体の力で十数メートルの間を攻撃移動できるものだと感心します。」
「普通の人では発動だけで目が回り、着地の衝撃で自身が脳震盪を起こすはずです。」
ナビは直接見ているわけではないが、アヤトの動きは脳内に伝わる。
アヤトの双剣術の技の一つだった。
「ははは、つい気合が入るとやってみたくなる。」
空間変異の能力を補助に攻防一体の突きを主体とした攻撃移動を行い
着地と共に周囲の空間を斬るという範囲攻撃をおこなう。
肉体を主体としたアヤトの戦闘術のうちの一つである。
これは人を対象にしたものではなかった。
アヤトとアヤノが出会う13歳までの間
二人はそれぞれの能力を生かした訓練を行っていた。
その後13歳になり二人が合流してから以後
訓練には実戦訓練を含む様になったのだ。
戦場内の決められた位置へ瞬間移動で飛び、
そこから目標の場所まで自力で戦いながら移動する。
その訓練には様々な能力制限などが、条件につけられていた。
戦場とは戦術AIが操る機械兵がいる場所だ。
機械兵が撃つ銃弾を防ぎ、金属を斬る必要がある。
しかも周囲は囲まれた状態。
いざとなれば瞬間移動で退避できるとはいえ、
このような危険な訓練を行ってきた。
それにより、アヤトはいくつもの戦闘術を混合させながら
能力制限の条件に合わせ、新たな技を作っていった。
いかに効率よく敵の中を突破するか
そこで生まれたのがこの技であり
対象は武装した機械であった。
当然ながら武装した機械には戦車や戦闘機なども含まれる。
13歳の少年はそこで戦い抜いてきた。
時にはアヤトと比べ物理的攻撃力が劣るアヤノとのペアでの訓練も含まれた。
当然、機械兵が人類を蹂躙している場面も何度も遭遇した。
また、機械兵ではなく人の兵を相手したこともある。
よって、二人とも戦場の過酷さも戦争の厳しさも身をもって知っている。
こうして二人の絆は、より深まった。
だからこの世界が戦乱中であり、
いづれ戦場に自分たちが出なければならないと知っても
全く動揺はしなかった。
イグニスを3人で攻略するという計画も
能力制限もなく武装も自由に扱えるのなら勝算があるという自信からだった。
「あら、お兄様」
「いつの間にか眠ってしまいましたわ。」
「ああ、アヤノ」
「起こしてしまったようですまない。」
「いいえ、大丈夫ですわ」
「北の公爵家に対する警戒任務を継続しながらなのだ」
「明日から学園に通うことになるし、休めるときに休んでくれ。」
「お気遣いはとても嬉しいですわ」
「でももう大丈夫ですから、ご心配をおかけしました。」
アヤノが自分の部屋からの脳内通話だった。
この日は午前中はあわただしかったが
午後はいつもの警戒のためのサーチ程度で過ぎていった。
そしていよいよ
二人が学園に通う日がやってこようとする。
「お兄様、実は学園に通うのを少し楽しみにしております。」
一人でいることが多かったアヤノとしては
この世界にきて知り合いが増えていくことはとても新鮮だった。
そして、行ったことがない学校生活というものに対して夢が広がる。
それはある意味アヤトにとっても同じだった。
「ああ、俺も楽しみにしている部分はある。」
「ナビも図書館の資料による知識取得が終了後に」
「学園での知識取得を希望すると進言します。」
「ああ、いいんじゃないか」
「でも何学年に入れるんだろう」
「ひょっとして、ナビだけ初等部とか・・」
「それは否定します」
「ナビが行くのであればお二人と同じ学年を希望です。」
「ラティさんに話しておけば許可してくれるのではないでしょうか?」
「ナビちゃんの制服姿も見てみたいですしね。」
この学園の制服は地球の日本におけるそれとはかなり違いがある。
そもそもこの世界の女性もスカートなのだが丈が長い。
それとセーラー服や詰襟というものは存在しない。
動きを阻害しない程度の清楚なドレス風であった。
男性においても装飾類が一切ないが気品が残る貴族風の衣装だ。
そして唯一の装飾として制服の胸の部分に学舎の紋章がある。
関連する公爵家の紋章とは異なるが
それが公爵家に関係するとわかる仕様になっている。
制服は同じデザインでも学年ごとに色が変わる。
白を基調とした制服だが縁取りや部分的に色が使われている。
それが、青、黄色、赤の3色に変わる。
そして、肩の部分に所属するクラスのマークが入る。
所属するクラスが決まるのは入学後の能力検定になるのだが
召喚者は一律Sクラスへの所属となる。
学園には優秀者を集めたAクラスをはじめ能力ごとに
Eクラスまである。
Sクラスというのは完全な特別枠になる。
他のクラスは基本的に30人~40人程度だが
Sクラスは10名程が定員だ。
今年はアヤトたち召喚者2名が追加され12名となった。
このクラスはエリート中のエリートになる。
順位戦などの代表推薦枠に最も近いのがこのクラスの生徒であるとされる。
クラスを受け持つ担任講師もクラスごとにかなり違いが出る。
基本的にクラスの担任講師というのは、生徒管理のための職だが
通常の教育時間はその担任講師が行うことが多い。
「明日から朝が早い」
「みな、今日はお疲れ様だった。」
「ゆっくり休んでくれ」
「お兄様おやすみなさい。」
「ナビは寝らないので任務継続します。」
「お二人様には、おやすみなさいと告げておきます。」
そして夜が更けていった。