未来人、他の召喚者と出会う
「言葉はわかりますか?」
少女がやさしく微笑んで発した言語は兄妹には全くわからなかった。
「お兄様、どの国の言語でもないようです。」
「ああ、綾乃の言う通りだな」
「東洋系の言語リズムではなく西洋系ではあると思うが、地球の言語に相当するものはない」
「ナビ、過去の地球言語に相当するものはあるのか?」
「そうですね英語に近い言語リズムのようですが独自言語のようです。」
「現在彼らの発した言葉から言語を解析中」
「3秒で初歩言語解析は終了しますので脳内回線にて同時通訳します。」
「この者が言葉がわかるかと質問をしていたようです。」
「初歩解読では会話が良くわからないと回答しました。」
「以後も言語解析を続けますが、しばらくは私が通訳を務めます。」
「ああ、助かる」
「綾乃、サーチの能力で周辺の状況を確認してくれ」
「俺より能力範囲が広いから頼む。」
「わかりました、お兄様」
「どうやらどこかの都市にいるようなので、この都市周辺まで範囲を広げます。」
この間にもナビと周囲にいる老人や少女との会話が続けられた。
「どうやら、歓待するとのことです。」
「うむ、周囲に敵意は感じ取れない」
「俺の能力で敵意があるものがいたらマーキングするからサポートしてくれ。」
「了解しました。」
「綾斗様の能力サポートを実行します。」
「ナビちゃん、私のサーチからマッピングした地図もお願いね。」
「了解しました。」
「地図作成能力のサポートも並行して開始します。」
「なお、老人がお二人を魔術師と錬金術師と呼んでいるようですが」
「いかがなものですか」
「この国における魔術とはいかなるものかはわからないが」
「俺には装備などに対する技師技能があるから錬金術と認識されてるのかもしれない」
「あら、私はどこを見て魔術師なのでしょう」
「呪符を使った呪術能力のせい?」
「というか、魔術って言葉があるという事は・・、」
「ここには魔法が存在するという事でしょうか」
「そうだな、魔法の行使とかは身の危険を感じる」
「早期に魔法なるものの理解を高め、行使のトリガーを知る必要があるな」
「では、お兄様、空間のゆがみとか、空気の流れとかも気にしておきますね」
「とりあえずは悪意を持つ相手から殺気を感じた瞬間にこちらから攻撃を開始する」
「了解ですわ、お兄様」
ここまでの3人の会話はすべて脳内通話である。
基本能力名としてはテレパシーという。
そこにAIとの脳内通話機能を連動させている。
これは脳内にある一部のチップと体内にあるマイクロマシンや
ナノマシンによる能力増幅によるものだ。
通常の会話よりも高速で、相互会話可能であり、距離も関係はない。
認識できる範囲であれば、互いに離れた場所にいても会話ができる。
また、場合によってはお互いが見た視点での映像の転送や
苦痛や快楽など感じたものまで共有化できる。
但し、感じたものというのは、ナビとしては理解しがたいらしい。
よって、悪意や殺気などもナビとしては察知することができないため
それを得意とする綾斗からの脳内情報がすべてである。
3人が通されたのは貴賓室だった。
来客を迎えるための最高の部屋らしいのだが
二人にとっては、ナビから送られた高級ホテルの映像と類似しているという感覚しかない。
「では、そこのソファーにお座りください」
「後ほどわが公爵家の当主が参ります。」
公爵家の娘が発したその言葉は
ようやく、ナビにより脳内解読された兄妹たちにも直接理解できた。
だが言っていることは理解でき始めたのだが、自分から話すのはまだ難しい。
ソファーに腰掛けるとメイドがお茶と菓子や軽食のような食べ物を出してきた。
地球でいうならクッキーらしき焼き菓子とパンのようなものだ。
お茶は紅茶に近いように見える。
「うむ、毒素解析。」
「体内に悪影響があるものは見つからない。」
「摂取してもよさそうだぞ。」
「では、お兄様。失礼に値しない程度には摂取いたしましょう。」
兄妹は見つめ合ったのちに、お茶と菓子を堪能してみる。
公爵家の娘から見たら、そのしぐさは恋人のように見えた。
「このお二人は恋人なのかしら・・」
「どのような関係なのか、少し気になるわ」
これは娘が脳内で思ったことだが
ついこれに関係した言葉が口から洩れてしまった。
「皆さんはどのようなご関係でしょうか?」
唐突に娘から発せられた疑問は、すごく単純な言葉だった。
「お互いの自己紹介もまだしてない」
「自己紹介の上で関係を説明するほうが論理的」
すぐさまナビが答えた
「自分たちの関係はかまわないが、任務に関することを明かすことはやめておこう」
綾斗が脳内通信で皆に伝える。
そうこうしているうちに公爵家の当主が現れた。
どうやら近くにいて、自分の出番を伺っていたらしい。
兄妹がすでにその人物が隣の部屋で待機している姿まで察知していたなどとは
思いもよらない。
公爵は、中世の貴族像とは大きくかけ離れた気さくな人物であるという事は
一目でわかった。
銀髪、やや細身で裾の長い神官服のようなものを身にまとっている
しかもかなりのイケメンだ
「やあ、英雄の皆さん。ようこそエルム国へ。」
「われわれはあなた方に危害を加えるつもりはなく、」
「来ていただけたことを非常にうれしく思います。」
公爵は満面の笑顔でそういった。
娘の親としては若くみえるが次の言葉で親子は確定した。
「わが娘の招待を受けてくださり、本当にありがとうございました。」
それとともに召喚されたという事の理解も進んだ。
「お父様、まずはお互いの自己紹介とまいりましょう」
「私は、この方々のことが早く知りたくて待っていましたのよ」
「おお、そうだな」
「まずは、召喚を執り行ったお前からのべよ」
「はい、私は東の公爵家 ヒューサイト家の三女、ラティーシャと申します。」
「出来ましたらラティとお呼びください。」
「で、私はヒューサイト家の当主。サマルガントです。」
「滞在中にわが家族のご紹介もさせていただきますのでよろしくお願いします。」
「私の左にいるのが、わが家の近衛騎士団長。」
「ギルガムと申します。」
「今後は私の部下があなたがたの警護も行います。」
赤みがかった茶髪のがっしりタイプの日に焼けた中年騎士だ。
特殊な細工と文様の入った甲冑に深紅のマントが物語の騎士を連想させる。
「そして私の右にいるのが、当家の相談役でもあり学者会の重鎮」
「リンフォーネルと申します。」
召喚の場にいた、魔法使いのようなあの老人学者だった。
一通りのあいさつを受けこちらの紹介を行うときが来た。
まずは一番この国の言語解読が進んでいるナビから紹介を始める、
「わたしはサポートアンドロイドのナビ」
「ゴーレムではないが人でもない」
「最新のAI技術で人と同じように考えたり、行動する。」
「但し、戦闘は苦手」
これを聞いたリンフォーネル老人が目を輝かす。
「アンドロイドというものの意味は分かりませんが、やはり造形物でしたか」
造形物と聞いて周囲の人も驚きを隠せない。
見た目はどう見ても人間。
年齢にしたら10歳未満にしか見えない幼女なのだ。
「広義において人が作ったものを造形物というなら、そう。」
「魂がないという意味で人ではない。」
「アンドロイドというのは機械構造の人工人類ともいえる存在。」
「その中でも私は世界で一番優秀な技術の結晶。」
ナビが少し自慢気に小さな胸を張って応える。
「技術とは、あなた方の世界における錬金術ですかな・・」
「素晴らしい技術をお持ちですな」
老人はすごくワクワクしていた。
「この技術の継承をしてくれたのなら天にも舞い上がるというものだ」
彼は心の中で、そうつぶやいた。
決して悪意ではない、学者魂というものなのだろう。
だが残念なことに科学力がないこの世界においては
技術の継承は無理だという事をこの時点では理解はできていなかった。
「次、アヤトよろしく」
「私は、アヤトと申します。 正式にはアヤト・アオイ」
「どちらも名前のようなものなので呼び方はお任せいたします。」
「わたくしは、アヤノと申します。 正式にはアヤノ・タチバナ」
「兄が呼ぶようにアヤノと呼んでいただけると嬉しいですわ」
今度は公爵の娘が目を輝かせた。
「あの、お二人は兄妹でしたの?」
「ええ、父が同じで母違いの兄妹ですわ」
この世界においては一夫多妻とはごく普通のことで
娘はその通りに受け取ったらしい。
しかし、少し疑問がわいた。
「でも何故、家名が違うのかしら・・」
これの事情説明は大変だ。
多分説明しても理解できないだろう。
むしろ人工人間と勘違いでもされたらややこしくなる。
「私とアヤノは、それぞれの母方で育てられましたので家名はそちらを名乗っています。」
これは嘘ではなく本当のことだ。
説明はこの程度で理解されるだろう。
「ご事情は深くは説明いりませんわ。」
「仲が良いお二人を見て恋人なのかと勘違いしそうでした。ふふふ。」
実は召喚した娘と召喚された英雄という存在がのちに結婚する流れは過去に多い。
そもそも初代英雄王とその妻がそうであったように
公爵家の娘はそういうものが一つの夢でもある。
「ちなみに、お二人の年齢は・・」
「私とアヤノはともに16歳になります。」
日本人はとかく若く見られがちなのだが
未来においては成長度合いや体形も西洋人とほぼ変わらない。
ましてや生まれて間もなく英才教育を受けた二人はすごく大人びて見える。
「えっ、わたくしと同じですの」
娘の目が再び輝く
「ならばお父様、お二人と同じ学園に通うことは可能ですわね。」
これには兄妹のほうが驚いた。
「ナビ、学園って何?」
二人は、ほぼ同時に脳内通話で質問した。
「お二人は教師や師匠と呼べる人物に直接教育されたので知らないと思いますが」
「一般的には学校制度というものがあって、普通なら学校に通って教育を受けます。」
「年齢から言えばまだ高校生。学生の立場なのです。」
「学園とはその学校の名称に関する言葉だと思われます。」
「ただこの世界に学校制度があること自体が驚きというほかありません。」
すかさず脳内通話でナビから情報がもたらされる。
地球の歴史において、中世の西欧時代に学校制度などはなかった。
ナビの驚きはその点に尽きる。
「おお、そうですな」
「我が国には年齢が若い召喚者の場合には学園に通っていただき」
「この世界のことを学んでいただいております」
「もちろん、英雄としての技能を磨くため、魔法や戦闘術なども含めて・・ゴホン」
なんとなくわかっていた事なのだが
召喚した者を英雄扱いする意味は、やはり戦闘のための召喚なのだろう。
実は甲冑服姿の兵士や騎士がいた時点でそれは想定している。
そういう存在がいたのは間違いなく戦国乱世の時代だった。
この世界ではきっと長く戦乱が続いている
だから時折召喚者を呼んで助けてもらわないと平和維持が困難なのだろう。
これが3人の結論だった。
ゆえにナビは複線として自分は戦闘は苦手と告げている。
戦争用の無人戦闘機のほかにも
後期の治安維持活動にはアンドロイド兵なども実在はしていた。
だがナビの用途はあくまでもサポートに特化している。
ナビが戦わなければならなくなる事態というのは想定していない。
それほどの戦闘技能を有している二人がいるのだから。
アヤト記録。
ここからは公爵の一人舞台の話になるので割愛し、まとめる。
まずは気になっていた点だが
ここは地球ではない他の惑星であると認識。
どうやら着地点の空間座標に異常があったらしい。
日中では星の位置からここを想定をすることができないため
計測は夜におこなう。
召喚についてだが
召喚された場合、正規であれば光の回廊である通称女神の回廊を通ってくる。
どうやら亜空間からの脱出転移中に、その回廊に介入してしまったらしい。
よって着地点が描き替えられ、ショートカットで着地した状態だった。
女神回廊を通った召喚者は女神のギフトと思われる固有技能をもち合わせているらしい。
想定できることから別次元の何かの影響によって能力付加されたという意味だととらえた。
生まれながらの異能持ちというのもある意味固有スキル所持者だといえる。
ゆえに、あらかじめスキルを所持した状態で回廊を通ったせいなのか
新たに顕現した能力が認識できていない。
この点については継続して考察していく。
ここは歴史記録がかなり曖昧な世界であるらしく
神話時代といまだ同居しているかのような錯覚を覚える。
地球で言えば紀元前相当の時代ともいえる。
地球と大きく異なるのは、亜人族の存在だ。
多種多様な人種が存在する地球と同じように人類の種類が多い。
見た目や言葉の違いは地球よりはるかに大きく
その能力にも大きな差があるらしい。
また、それら亜人を徹底して嫌う人もいる。
特に神聖国家を名乗る国では明確に立場を分けている。
世界には5つの大陸があり
それぞれの種族や人類の生活の場が国家となっている。
同種の人族の国家について、複数の存在がある。
小国家乱立時代ではなく相当な規模の国家を形成しているようだが
全体の統一には至っておらず、互いに警戒しているようだ。
また、大陸内や種族内で抗争するだけではなく
世界統一などの野望を持つ者も時折現れる。
初代勇者はそんな時期に召喚された人物だ。
魔法というものがあるのだが理解は難しい。
そもそも基礎錬金術における4大元素
火、水、風、土からなるものらしい。
地球の歴史においても原子や分子の概念ができるまでは
基礎錬金術で言われる4大元素という認識が中心にあった。
地球においては原子の概念が芽生え、科学へと昇華していったのだが
この世界においては4大元素という概念のまま魔法へとつながった。
ゆえに原子ではなく魔素というものが存在すると思われる。
魔素とは魔法を使用する場合に魔力の元になるもので
意識した元素を顕現させる際に魔力を使うというもの。
この点、魔法に関しては
20世紀におけるゲームやラノベなどネット時代における
ナビの知識が解釈の役に立った。
(しかし、ナビは何故こんな知識まで持ったいたのか・・・。)
結果、この4大元素の力を顕現して何かを行えるのが魔術師ということ。
ちなみに魔法には4大元素以外の概念がない。
攻撃魔法というものは、この4種類の権限能力の派生と言える。
同じ強い意識から発動する流れでありながら
自分たちが持つ異能の力とは大きく異なる。
4大元素における魔法スキルについてはかなり多様化しているが
一方で得意不得意があり、相反する力は発揮できない。
よって、基本的に火の魔法が得意な術者は
水の魔法が使えないというお粗末な結果を生んでいる。
これら魔法については学園での学習項目に加わっているらしいので
理解が進むと思われる。
以上、記録終了。
アヤノ記録。
サーチによるマップ、文化や生活様式などの調査結果。
まずは、この場所は王城がある国の首都であり、王都と呼ばれる。
王城の4門は公爵家の城にもなっていて城塞都市の中心を形成している。
ちなみに公爵家の領地は王城の城壁から中壁に至るまでの間で
これは王都の中でもかなり広大である。
想定として戦争時に多数の兵士を招集する際に有効な広さと思える。
また、籠城戦においてはこの場所が最終の戦場に設定できるためと考えられる。
王城を中心として東西南北に直線的な大道路が作られ、
それを起点にした碁盤状の道路と建物が並ぶ。
地球における相当する時代の都市国家よりは論理的に進んでいるといえる。
また中心から外壁までは相当な距離があり、
農地、山野、森や湖などもその外壁内に存在する。
これらは地球のいかなる城塞都市の外壁規模よりも大きく
ナビの知識を引用すると古代万里の長城に匹敵する広大さとなる。
基本的に石、レンガ、木材を混成して町並みは作られており
これは中世の西欧の街並みに近いと思われる。
但し、地球の中世時代と比べてガラス製品が多く存在しており
それらは窓や食器にも使われている。
移動や荷運びは馬車が主流になっているため
区間ごとに馬車駅が設けられている。
城外においてもそれは継続されており、その馬車駅を基にした城塞都市が複数
王城の周囲を取り巻くように存在している。
それ以上の広範囲はサーチ不可能なため
現時点ではそういった城塞都市が点々と存在して国家を形成していると想定する。
ガラスの存在にも違和感があるが
紙も存在していてある程度の印刷技術もある。
よって書類や書籍の存在も感知した。
武器や防具などの金属製品。
生活用品などもかなり進んでいる。
街の中には食堂や各種店舗なども並び、職人街において生産活動がされている。
驚くべきことに下水の概念と生活水路の概念がありそれが適正に維持管理されている。
文化の時代進行度合いが地球の歴史とはかなり異なることから
召喚されてきた異世界人からの知識提供が影響していると想定する。
だから生活を豊かにするために花を飾り音楽を聴き
酒を飲み趣向品をたしなむという生活ができていると考えられる。
目の前にあるお茶や菓子なども嗜好品の存在を表しており、
街の中にもそういった店がある。
実は食事にも少し興味がわいているわ。
以上、記録終了。
「あの・・お二方、」
「このような記録報告をナビに送ってきても送り先がないのです。」
「情報の共有という点では開示は必要ですが、」
「報告形式での記録は必要ないと思われます。」
「うむ、わかった。」
「はーい、これからはもう少しラフにしますね。」
などという脳内通話をしつつ
公爵からの説明を受け
数日後から学園なるものに通うという話になった。
「そなたらの服じゃが、特殊なもののように見えるが」
「学園に通うには学園用の服装になるのじゃ」
老人が気になっていたらしい服装
見たことがない服装について、彼なりに装備の類ではないかと結論づけていた。
実は老人の言う通り戦闘装備であり、
光学迷彩などをはじめ、多様な科学技術が詰め込まれている。
我々はこれをバトルスーツと呼んでいる。
「ええ、制服というものですわ」
「学生服とも言いましてよ」
「学園に通う生徒には上下の差がないようにと服装まで統一しているのです。」
娘がここぞとばかりに説明してくれるのだが
装備変換で見た目のデザインを合わせることが可能という事は言わないでおく。
「こちらの服をいただいても多分着ないな」
一応これは、脳内通話である。
その後、今日からしばらく滞在する場所へと案内される。
それは公爵家の敷地内にある家との事。
だが馬車に乗っての移動だった。
サーチであらかじめ認識はしていたが、公爵家の敷地の広さが伺える。
ついた先は一軒の大きな屋敷だった。
その屋敷内には大勢の使用人が並んで到着を待っていた。
「えっ屋敷一軒を丸ごと提供される? しかもメイドなどの使用人付きだと。」
これも脳内通話である。
これはちょっとした貴族じゃないだろうかと思わず出た言葉だった。
「こちらの屋敷をご自由にお使いください」
「本日の食事は、夕方の晩餐会のみ公爵家の屋敷になります。」
「それまでのお時間はご自由になさってください。」
時間になったら迎えの馬車が行きますのでよろしくお願いします。
庭付き、使用人付き、一戸建て
部屋数は15以上もあり、食堂とは別に大ホールまである。
そのうえ専用の馬車と馬小屋
使用人はそれぞれ専用メイドが一人づつつく
それ以外にもメイドはその倍以上いる。
メイド長、執事、庭師、料理人、馬と馬車の管理人など総勢13名
その上で警護として、近衛騎士兵が数人
彼らは基本的に隣の使用人用の屋敷で生活するから
ここに常時いるのは、専用メイドと自分たちだけらしい。
「部屋数とその大きさからみて使用人全員が十分泊まれる規模。」
「大体自分たちは3人が同じ部屋で生活しても苦にならないと思うのだが・・。」
元の任務が成功していたならたぶんそんな生活をすることになっていたはずだ。
「ええ、お兄様と同じ部屋で生活できるならそれが一番うれしいわ」
「いや、専属メイドが別々にいるという状況では同じ部屋は現実的な話ではない」
「あくまでそういう想定をしていたのにという比較論だ」
「しかし、ナビちゃんにまで専属メイド付きとは意外だったわ。」
「正直、使用人全員の名前までは覚えきれないな」
「ナビ、申し訳ないが記録に残しておいてくれ。」
「それと名簿みたいなものを作ってくれると嬉しい」
「そうね、いつでも参照できるように検索機能付きでお願いするわ」
「了解しました」
「映像付きで記録しておきます。」
3人は次々と使用人の挨拶を受けながらそんな脳内通話をしていた。
地球の時代設定で言えば一日2食
だがこの世界においては通常3食らしく、昼食の時間があるといわれた。
転移による体内時間の曖昧さからなのか、
地球時間との差異からの時差ボケなのか
さほど空腹には至っておらず、あえて軽食を依頼。
また、ナビは食事をとらないことを説明しておいた。
出てきた料理を見て驚くことになったのだが
どう見てもパスタ、麵料理である。
それもナポリタン風だった。
スープはコンソメ風。
お茶とお菓子を見て、紅茶とクッキーだと思っていたのだが
どうやら地球の食事とレベルが変わらないらしい。
但し調味料の差はいかんともしがたく
味は薄く、深みは乏しい。
砂糖、塩、香辛料などは地球においても長く生産地域が限定されていた。
物流が馬では遠方との貿易などは難しいのもあるのだろう。
それとアヤノ曰く
「こちらの世界の野菜を調べた結果、ほぼ地球と同じものが提供されるわ」
「無いのは日本独特のものですわね」
「米とか味噌とか醤油、生魚などは存在がなかったの」
これを聞いたアヤトが
「戦争に巻き込まれて、レーション漬けになるよりはましかな」
と言いながらも肩を落とした。
「ちなみにアヤノ、大豆は見つかってるか?」
「ええ、お兄様。豆類は結構豊富にありましてよ。」
「なら作ってみるか」
「ナビならそんな知識も持ってるだろ」
「はい、アヤト様。完全無欠のナビにお任せください。」
「レシピや製造方法も記録しております。」
ほんと、どうしてそんな任務に関係ない知識まで持ってきたんだ。
時折思うナビの知識の不思議。
まるで転移が失敗する想定でもしていたかのような多種多様な知識。
最も失敗確率9割なら、別の場所に転移した場合の想定というのも
ナビ的にはありだったのかなとも思えた。
また日本人の特徴と言えば日本食だけでなく風呂、温泉なども思い当たる
一応公爵家は上級貴族層なのでバスルームはあった。
しかし肩までつかることもできず一人でも窮屈な代物だった。
アヤノ曰く
「温泉は見た範囲には無かったわ」
「ヒノキ風呂みたいなものや大浴場もないの」
「ただ石材屋で大理石みたいなものを見つけたから」
「そのうち大理石風呂は作ってみたいと思うわ」
未来人でもやはり日本人の思考はこうである。
「たっぷりの湯につかりたい。」byアヤト
実はアヤノにとっては風呂よりもシャワーがいいのだがそれはそれで
制作が大変なのでとりあえずは風呂というのがオチではある。
さて、そんな脳内通話をしつつも昼食を終えた3人
実際にはナビは食事が必要ないから会話に付き合っていただけだ。
この先は夕方まで自由時間となる
但し、街へは出ることができない。
王都内の公爵領地範囲なら移動は許されている。
公爵領地と言ってもかなり広大だ。
アヤノとアヤトのサーチによるマッピングにおいてもその広さは理解している。
一つの町がすっぽりと入るほどの広さ
そして自分たちがいるような館が十数件存在している。
多分そこには、過去の召喚者たちがいるはず。
もしくはいた場所だろうと想定できる。
「召喚者にも興味はあるけど、近衛兵の練兵場なども見てみたい。」
「この世界のこの国における戦闘の仕方や能力は調べておくべきだと思う。」
「ええ、お兄様。」
「それと個別の瞬間移動における座標確率は高めておくほうがいいですわね。」
ナビのマップ記録からサポートを受ければ瞬間移動しても座標確率は高いが
個人による瞬間移動の場合は、直接その場に行った経験があるかないかで大きく変わる。
だからできるだけいろんな場所に動いておくほうが良いのだ。
「じゃあ、まず練兵場への移動」
「ナビ、サポート頼む」
「了解しました」
「マップより座標特定」
「空間移動連動」
「移動できます」
ナビの能力では直接移動できるわけではない
あくまで移動の能力は兄妹が持つ異能によるものであり
それを連携させたり連動させる役割を持っている。
「テレポート」
アヤトの掛け声はあくまでも全員の認識をまとめるためのもので
別に「行くぞ」でも「跳べ」でもかまわない。
共通認識として綾小路家においてはテレポートと命名しているだけだ。
だから自分だけの場合は、言葉を出す必要もない。
意識を集中したらその場にいるという状況になる。
瞬間移動において最も危険なのは
移動先に人や物がある場合
某ゲームにおける壁の中でロストするという事もないが
移動先のものにぶつかるとかなりのエネルギーが発生する。
瞬間移動した自身より周囲の影響が大きいのだ。
その空間にいきなり質量をもったものが顕現する。
そこにすでに質量をもった物体が存在すればぶつかった場合の空間震度は大きい
いわば局地的に地震が発生するようなもので、
戦場においてはこれもまた大きな戦闘効果とはなる。
それこそ壁があったらその壁は爆発するように破壊されてしまう。
だから瞬間移動時の座標認識というものは大切になるという事だ。
「移動完了しました」
「ナビ、サポートありがとう」
「何事もありませんでしたね。さすがナビです。」
練兵場から少し離れた平地に瞬間的に人影が現れる。
これを知らない人が見たらかなり驚くかもしれないが周囲には誰もいなかった。
3人はそのまま歩いて練兵場へと向かった。
実は移動は自由にしてもいいのだが、
貴族社会というものはすべからく事前連絡を要する。
あらかじめ見学に行くならそれを伝えておかなければならない。
だが今回は誰にも告げてはいない
何故かといえば正規の見学手段ではなく隠れて覗こうということだった。
いわばスパイ活動。
「見つかったらそれはそれでいいだろう、それもまた相手の能力を知ることになる。」
練兵場の手前でアヤトが告げる
「光学迷彩起動」
3人は溶け込むようにその姿を消した。
これは装備による科学力がなせる業であり、特殊能力ではない。
そのまま門をくぐる
門にいた兵士は気が付かない。
練兵場ともなれば常時兵士がいるわけで、それほど警備の兵士を揃えておくこともない。
どちらかと言えば伝達係だ。
誰が来たとかどんな要件だとかを確認して伝える仕事に従事している。
今回は事前連絡なしなのでここは完全スルー。
そのまま奥へと入っていく。
光学迷彩の技術は光の屈折を利用している。
相手からすれば透けて先の景色が見えているという感じだ。
だが完成に至るまでの経緯として影の消去にはかなりの苦労があったらしい。
光あれば足元に発生する影。
これをも含んだ全体を見えなくするためには瞬間的制御が必要になった。
また光のある場所と陰のある場所の移動などによる変化の追従など
これらの変化を察知して対処する必要があった。
弱点は光の屈折率が変化する場合。
一瞬の制御においてタイムラグがあれば見ている側に違和感が生まれる。
一例として水をかぶった時など屈折率の変化が大きいため制御が追い付かない
だから絶えず変化しつづける雨の日などは使用を控える必要があった。
ところが異能の中にこれをサポートできる能力があった。
視覚妨害と空間変化である。
視覚妨害とは対象者の視認力を低下させる力である
視認力の低下は気が付かないという事につながる。
光学迷彩がなかった時代の能力者はこれを使って
敵地に忍び込むという事もしていた。
これはいわば忍者の特殊能力ともいえる。
言い換えるなら忍術の類だ。
認識できないほどの速度で一瞬の光の明滅をおこなう。
網膜の反応と脳内の処理と本来の光の感知によるタイムラグが
意識を狂わせるというのが基本理論らしい。
そこへ光の明滅による催眠リズムを送り込むことで暗示状態になる。
これは暗示能力を持った能力者の発動能力を科学的に分析したものらしい。
能力によっては科学的に類似の能力を作り出すことも可能だ。
これに類似するものには音を媒介とするものもある。
言霊と言われる能力だ。
結果として音によって暗示効果を生むというのは同じだが
言霊の能力は視覚阻害にとどまらず自由に人を操れる。
また、空間変化とは対象者の周囲空間を捻じ曲げることを言う
いわば別空間に存在するかのような状況となり
バリアーのようにも使える。
ナビはそのサポート力によりそれらの能力を自在に制御できる。
もちろん発動者である能力所持者が必須だ。
だがこれらの能力については、兄妹の得意技でもある。
二人の能力について
時空間を変化させる能力が著しく高い
これは父親からの能力継承である。
これに関連して重力変化、時間変化、質量変化など
その能力の派生は多岐にわたる。
ゆえにその基になった人物は20世紀最大の能力者と称された。
兄妹はそれ以外に母方の能力も受け継いでいる。
また英才教育による内容の違いから戦闘スキルが異なる。
それぞれがお互いをカバーし合うパートナーとして
最適に機能できるようにAIが計算しつくした結果だ。
3人は練兵場内の直接武器を扱う兵士たちの訓練場を通り抜け
最大の目的である魔法訓練場を目指す。
「む、何やら嫌な予感がする」
アヤトの危機察知能力が何かを感じたらしい。
すかざず特殊能力でサーチを行い対象をロックする。
「あの方ですわね。」
能力連動により気が付いたアヤノが先に答える。
「ああ、周辺の魔術師から見て飛び抜けて高い。」
その視点の先、
かなり距離があるのだがその先には大きな炎の渦が立ち昇っていた。
「わっはっは」
その魔法発動者から笑い声が聞こえる。
嬉々として炎を巻き上げているらしい。
「しかし、いつまで発動が続けられるのだろう・・。」
その魔術師はいきなり視線をこちらに向けると
その炎を飛ばしてきた。
「うむ、まずい。あれは飛ばせることができるのか。」
「瞬動」
テレポートのような距離感がある移動ではなく
視点の先へ瞬時に移動する能力だ。
3人は能力連動していることからアヤトの発動だけで
短距離ならまとめての移動ができる。
炎の渦はアヤトたちがいた場所まで届きひときわ大きくなるとやがて消えた。
「気づかれた?だと・・・。」
「んー。何か違和感を感じたが誰もいなかったか」
炎の魔術師はそう言った。
どうやら気づかれたというより感のようなものらしい。
「予測だが、たぶんあれが召喚者」
赤い髪、均整の取れた体格。
荒々しそうな性格が見て取れる面構え。
それは、魔術師というより剣闘士を思わせる。
「シュージ殿、突然いかがなされた。」
魔術師の中でも、一人だけローブの色が異なる壮年の
多分高位に属するであろう魔術師がそう言った。
「いやいや、わるいわるい」
「ほんの気まぐれさ」
「ネズミが出たかと思ってなぁ・・がっはっは」
シュージと呼ばれた炎の魔術師が豪快に笑うと
バンバンと壮年の魔術師の背中をたたく。
「このノリは一体・・・奴は何なんだ」
召喚された人物だと想定はしているが、何ともつかみどころがない。
だが異様な戦闘力を持っているという感じは否めなかった。
「俺は魔法が苦手だから訓練はこんなもんでいいだろ」
「ラースのおっさんありがとな」
「ちょっくら剣でも振ってくるわ。」
そういうとシュージはさっさと隣の訓練場へ移動していく。
「お兄様、聞きましたか?」
「あれで、魔法が苦手ですって」
ここの公爵家は4大公爵家内でも一番継承権が低いはず
という事は召喚者の能力もそれほど高くはないとタカをくくっていた。
「うむ、俺たちが想定していた認識を変えなければならない。」
「奴を追ってみるか。」
「アヤト様、少し危険ではありませんか?」
「シュージ殿と呼ばれていた者とは、」
「ちゃんと手順を踏んでからお会いするべきだと進言します。」
「お兄様、ナビちゃんの言う通りですわ」
「そうか・・すまない。少し気が急いてしまった。」
「皆の言う通り、彼とはちゃんとした形で会合しよう。」
この後、魔法訓練を見学し
魔法というものがそれなりに戦闘力が高いという事を認識した。
それと、発動にタイムラグがあるという事は見逃さなかった。
「発動条件に詠唱のようなものがあるのか」
「それが少し発動を遅らせているようだ」
その後、剣術訓練を見てみたが
シュージは、そこにいなかった。
実はマーキングしていたからすでに移動後だとは知っていたのだが・・。
剣術については剣技というものがあるとは思っていたが
型から発動する特殊な技が見て取れた。
「日本の剣術とは大違いだな」
単なる剣を振り回すだけのものかと思っていたのだが
これも認識を変えなければならないと3人は思った。
アヤト記録。見学後の考察。
銃や大砲は存在しないようだが代わりに魔法がそれを補っている。
近接戦闘だけの剣術かと思えば、中距離から発動する剣技なる特殊な技がある。
一般兵においても想定していたより戦闘力が高い。
それと、魔術と剣術の両方を兼ねる人物はいなかった。
あのシュージという召喚者らしき人物以外は・・。
基本的にはどちらかに偏っている。
武器は剣以外に槍や斧、そして弓使いもいた。
それぞれが専用の技を使っているようで、これも兼ねていることはなかった。
特殊技の発動条件があるのかこれも発動までのタイムラグが見て取れる。
魔法のような詠唱は見られないが精神統一のようなものが必要なのだろうか。
いずれにせよ、戦場で混戦しているときに、特殊技を使えるのかは疑問。
一瞬であろうと隙が出るからだ。
それと、シュージと呼んでいた
ラースという壮年の魔術師だが魔術師団の長らしい。
シュージのような派手な魔法ではないが
確実に能力が高い魔法を発動していた。
同じ火の使い手として訓練に付き合っていたのだろう。
魔術師団が騎士団に所属していることから
近衛騎士団長のギルガムさんの部下という事になる。
そういう存在が他にもいるかもしれない。
公爵家の兵力や武力は、予測よりかなり高いとみた。
むしろこの国においての主戦力は4公爵家がすべてもっているのかもしれない。
となると・・他の貴族は、ほぼ文官ということになる。
よって、政治と武力が分かれており、王がまとめ役を担っている可能性が高い。
ところで・・錬金術師というのはどこにいるのだろう
俺のことを錬金術師と言っていたのだからその存在もどこかにいるはず。
以上。
「アヤト様。独り言を報告風にするのは意味がありませんと進言します。」
「ナビちゃん。いいじゃない、とてもお兄様らしいわ。」
実は、これは脳内通話での3人の会話であった。
時は過ぎ、夕方になる。
この世界においての時間とは地球と同じ24時間制で
地球で想定した中世と大きく異なるのは時間という概念があること
そして何故か時計が存在していることだ。
よって夕方と言えば4時~5時を示す。
日が落ちる前という点においては、今日は5時の約束だった。
晩餐会は7時ぐらいのはずなので
早めに行って何かあるのかもしれない。
それと服装はどうでもいいのだろうか、
公爵家内の集まりだからそのままでいいとは聞いているが・・。
家族紹介をしてくれるのだろうとは思うが、
貴族風なのはやめてほしいと願うほかない。
「ところで、アヤノ。なんだその格好は」
「あら、お兄様。どうでしょうかアヤノの衣装」
そこには和風ドレス姿のアヤノがいた。
「うむ、かわいい・・というか、とても似合っている。」
「どちらかと言えば美しい。」
アヤノは黒髪が程よく伸びたロングで、くせ毛もないストレートだ。
和服の特に着物姿は間違いなく似合う。
だかそれだとアヤノの綺麗な体形が見ることは難しい。
ゆえに、和風ドレスという着物とドレスをマッチングしたかのような
衣装というのはよく似合っている。
そして色合いがピンクと白を基調にしており時折赤がポイントで混じる
どこか巫女服のような感じだといえる。
それがまたアヤノの魅力を高めている。
「アヤノ様は、装備変化によって衣装をを作られたのです」
「アヤト様にも衣装情報を提供しましょうか」
装備変化とは光学迷彩の機能の派生である。
装備の見た目を瞬時に変えられる。
「アヤノの衣装デザインにナビが絡んでいることは理解した。」
「じゃ、俺もそれなりにしておくよ」
瞬時にアヤトの服装がタキシードに変化する。
灰銀色に輝く光沢のある布地に見える。
「まぁ、素敵ですわ・・お兄様。」
そう言うとアヤノがアヤトの腕に絡みつく。
アヤトの腕にアヤノの豊満な胸が押し付けられるとアヤトの顔が少し赤くなった。
「ホントにお二人は恋人にしか見えませんね。」
ナビが少し嫌味交じりに言った。
この後、迎えの馬車が来て二人はそれに乗る。
もちろん紳士らしくアヤトがアヤノの手を引いて・・。
「あーあ」
ナビのため息が漏れた。
そして、あっけにとられていたのは使用人たちだった。
「いつの間にあのような衣装を・・」
「しかもいつ着替えたのでしょう」
棒立ちのまま、ただただ3人を見送っていた。
馬車は公爵家の本屋敷へと向かう。
その屋敷は離れた距離からでもかなり大きく見えた。
「お兄様、あれは、まるで宮殿ですわね。」
そう、ヨーロッパにいくつか残っていた宮殿のような建物が見えてきた。
それはこの国における公爵家の権威を表すものだといえる。
「あんなに大きくて家族しか住んでないってどういう感性なのだろう。」
「俺には貴族というものは理解できないな。」
もちろん維持管理のために使用人は相当数いるだろうとは思う。
地球における貴族社会というのは事あるごとに人が大勢集まる。
お茶会、晩餐会、舞踏会などで人を集める。
大勢の人を集めることが権威でもあるために屋敷は大きい。
特に力のある貴族は、家族が別々に主催していたり
その日のうちにいくつもの催しを同時開催していることもある。
地球における中世の記録から、ここもきっとそんな感じなのだと納得することにした。
だが到着後にそのような思いは消え去った。
出迎えは筆頭執事らしき人物。
屋敷の中はまるで博物館か美術館。
人を集めて舞踏会という感じではなかった。
そこには代々の歴史物が飾られている。
もちろん過去の英雄たちの遺物などもあった。
記録なども説明のように書かれており、それがこの屋敷の大半を占めていた。
「アヤト様、これは博物館であると進言します。」
「ああ、ナビの言う通りだ」
「地球の貴族様とは、かなり感性が異なるようですわ」
多分だが公爵家が置かれている状況はこの国の重要な歴史の一部だ。
それが公爵家の権威であり、舞踏会で人集めとか言うシロモノではないのだろう。
「長年、国を支えてきたという自負が伺えるな。」
展示会場のようなその場を抜けると大ホールがあり、その横に食堂があった。
サイズは違うが自分たちがいる屋敷と同じようなつくりだ。
そして、晩餐会と言っていたが立食パーティーのような感じだった。
周囲にとりどりの料理やデザート、飲み物が置かれ
中央でそれを食す。
「アヤト様。これは、旧日本の大型店舗にあったという、フードコート」
「もしくはホテルの食堂にあるビュッフェに似ています。」
「バイキング風ともいえるかもしれません。」
ナビがそうつぶやくと二人はその記録映像を見て納得した。
文化や文明が地球の中世時代とは異なる。
これもまた、召喚された者がもたらした影響なのかもしれない。
「アヤト様、アヤノ様、ナビ様、いらっしゃいませ」
「どうぞこちらへ」
入り口で立ち止まっていると公爵家のあの娘がやってきた。
「ラティーシャ様。本日はお招きありがとうございます。」
「あら、アヤト様。 ラティとお呼びくださいね。」
ああ、確かにそんなことを言っていた気がするけど、何か失礼かと思ってた。
「ところで・・その衣装は?」
「それとお二人は恋人ではなく、兄妹でしたわよね。」
事前に衣装などを準備出来るはずもないのに衣装をまとい。
アヤノはアヤトと腕を組んでいる。
疑問はもっともなのだが・・・別の意味で強い視線を感じる。
ラティーシャの視線の先は、
アヤトの腕に絡みついているアヤノだった。
「男性が女性をエスコートするのは構いませんの」
「ただ、それの仕方が間違っているので私が教えてあげます。」
ラティーシャがアヤトのもう一つの腕に手をかけてきた。
「こんな感じで、いいのですよ」
「過度な密着は品位がないように見えるのですわ。」
ラティーシャの目が鋭く光るように見えた。
「ああ、はい、アヤノこんな感じだそうだ。」
少し冷や汗気味な感じでアヤノを引きはがす
「お兄様、そのうちラティーシャ様の尻にひかれそうですわね。」
これはアヤノからの皮肉交じりの脳内通信だった。
すると、どこかで聞いたような笑い声が聞こえた。
「がっはっは」
「若いもんはいいなぁ」
「あ・・・シュージ・・さん」
アヤトは脳内通信のつもりだったのに口から言葉が出てしまった。
「えっ、アヤト様は、シュージ様をご存じでしたの」
シュージはドシドシとアヤトたちの元に歩いてきた。
「なんだぁ、俺のことを知ってるのか」
「俺はシュージ、4年前に召喚された異世界人だ。」
「ああ、シュージ様ぁ どこへ行かれるのですか」
シュージを追いかけるようにして一人の娘もやってきた。
「ああ、それとこれが俺を召喚した公爵家の次女だ」
「お初にお目にかかります。」
「メティーラと申します。」
ラティーシャが3女だからこの人は姉だ。
「初めまして、アヤトと申します。」
「妹のアヤノです、よろしくお願いしますね」
「私はナビ。」
「あら、まあ可愛いお客様だこと」
どうやらナビは直接会話が苦手なようだ
脳内通信だと結構饒舌なのだが、口頭では口数が少ない。
もっとも俺たちと脳内通話できる前提の設定だから仕方がないのかもしれない。
「ラティ、本当に3人も同時召喚できたのね。」
「素晴らしいわぁ」
「しかし、なんだなぁ お子様3人」
「お前ら役に立てるのかぁ、」
「まあよろしくな!、がっはっは」
シュージの背中をバンバン叩きながらの笑いが始まった。
この人、手加減を知らないのか・・。
さすがにアヤノやナビにしなかったのは救いかもしれない。
「シュージ様、それはあんまりなお言葉です」
「この方たちはこれからわたくしと同じ学園で学ぶことになります」
「ですから、おいおいはお役に立ってくださると考えていますわ」
どうやらラティーシャがフォローしてくれているようだが
それはフォローになっているのか・・?
「あら、それでしたらわたくしの後輩という事ですね」
「学園でお会いできることを楽しみにしていますわ」
「メティーラ姉様は、学園の生徒会長ですのよ」
この学園だがエルム学園というのが正式名称だが
別名は勇者学園。
国内から優秀な者達が集まってくるという。
その中には、当然召喚者も含まれる。
しかも召喚者は無条件で英雄というレッテル付になるという事だ。
これはかなりプレッシャーとなる。
そしてそんな学園においての生徒会長というのは首位の成績を収めたものだ。
このメティーラ様、只者じゃないってことだな。
「学園の入学前に、少し力試しはどうだ」
「早めにお前らの能力を見せておいたほうがいいぞ」
「んでだ、今度俺と一緒に訓練しないか」
いろんなことを考えているうちに、どうやらシュージさんは勝手に話を進めてきて
俺たちと訓練する流れになっているらしい。
「アヤト様、訓練と言いながら模擬戦に行く流れが見えると進言します。」
ナビからの警告ともいえる脳内通信だった。
断ろうとしたその時
「ええ、アヤト様と模擬戦でもしていただければ、その実力がわかりますわ。」
ラティーシャが代わりに答えてしまった。
しかも懸念していた模擬戦を自分から言い出す始末。
「ラティーシャ様、私たちを高くかってくださってるのは嬉しいですが」
「まだこちらに来たばかりですからそれはちょっと」
「おいおい、ラティの嬢ちゃんがやれっていうのだから男出せよ」
「ハンデくれてやるから、お前ら3人と俺一人でどうだ」
「ナビは戦闘は無理」
ナビはそこだけは主張するんだな。
「いや、俺一人でやります。」
晩餐会が始まる前だというのに既にこの流れである。
終わるまでの間にどんな問題が積みあがっていくのやら
「お兄様、頑張ってくださいね。 ふふふ。」
アヤノからの脳内通信だった。