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アーサーとの面会

お久しぶりです。



 のけ者というわけではなさそうだが、アーサーとの面会にクラリッサは同行していなかった。

 というか、できれば俺も行きたくない。子供を追い詰める趣味はないが、アーサーの顔を見たら何を言い出すかわからない。なんといってもクラリッサに魅了なんかかけて操り、婚約しようとした男だぞ。一発殴ったほうがよっぽどすっきりしそうだ。

 なのになぜ俺がアーサーと会うことになったのかというと、アイーダ公爵の面会に同伴を命じられたからだ。


 王城の地下室は城内でやらかした貴族を一時収容するための部屋だという。犯罪未満の、酔って貴婦人に粗相をしただとか、喧嘩をしたとかの、貴族にふさわしからぬ行為をした者のための、いわば反省室である。


 城で犯罪をした者にはきちんと地下牢がある。どちらも貴族が入ること前提なので、しかも王城であるからそれなりに整えられていた。地下牢には牢番が、反省室には衛兵が見張りに立っている。


 地下にあるため当然廊下に窓はなく、無地の茶色い絨毯が陰湿な雰囲気だった。換気はされていないのか、それとも雰囲気のせいか、どことなく黴臭かった。


 アーサーが収容された部屋の前には衛兵が二人、談笑しながら立っていた。王子の見張りという、とんでもない事態のわりに二人の表情は明るく、その顔には若干の蔑みがある。どうやらあまりアーサーに良い感情を抱いていないようだ。


 俺とアイーダ公爵を見つけると二人はぴたっとおしゃべりを止めた。生真面目な表情を作り、立場が上なのだろう右側の一人が一歩前に出てくる。


「本日面会の予約をとってある。アイーダ公爵家だ」

「はっ。話は伺っております閣下。念のため、武器の持ち込みは禁止、脱走防止のため魔法封じが部屋に施されているのをご了承ください」

「了解した」

「お付きの方もご了承ください」

「はい。わかりました」

「面会時間は二時間までとなっております。時間が過ぎますと強制退去となります。延長はできませんのでご注意ください」

「わかった。説明ご苦労」


 公爵が鷹揚にうなずくともう一人が部屋の鍵を開けた。すごいな、ここまで徹底しているのか。ヘンドリックの脱走で懲りたのかもしれない。ドアを開けるのも衛兵が、中の人が飛び出してこないよう警戒しながらだった。


「何かありましたら我々をお呼びください」

「わかりました」


 緊張しながら頭を下げる。ずいぶん厳重だと思っていると公爵が小声で言った。


「面会は本来禁止されている。陛下に特別に許可をいただいた」

「我々の他には誰が?」

「私たちだけだ」


 ランスロットは謹慎中、禁止を命じたのが陛下なため王太子妃でも面会は叶っていないらしい。陛下の失望のほどが知れる。


 公爵はクラリッサの父親で、俺に至ってはアーサーに殺されそうになったのだ。被害者側の要請では陛下も断れなかったのだろう。あるいはアーサーに謝罪させて少しでも心象を良くしようという作戦かもしれなかった。


 部屋に入ると初老の執事服を来た男が出迎えた。


「お待ちしておりました。アイーダ公爵閣下、タナカ商会の商会長ですね」

「殿下は?」

「寝室に閉じこもったままです」


 茶髪に薄いブルーの瞳を鋭く光らせた男は、身のこなしから戦闘経験がありそうだった。顔立ちは平凡そのもので印象に残らない。緊張する俺にふっと笑った。笑うとたちまち人の好さそうな雰囲気になる。


「わたくしはこの地下室の管理人を務めております。バートリーと申します」

「バートリー男爵か」

「はい。ご存知でしたか」


 公爵が曖昧に微笑むとバートリーも苦笑した。

 ……察するにバートリーは『王家の影』とかいうやつかな。都市伝説みたいな、社交や城にも紛れて貴族の動向を探る御庭番だ。なるほどハットリ君か。


 魔法封じされているとはいえアーサーは王族。魔力が封印を上回れば破られてしまうかもしれず、また暴れられても怪我をさせずに抑えることができる。そして、自殺をさせないように目を光らせているのだろう。


 部屋は面会のための応接室、居間、寝室と三部屋に分かれていた。風呂とトイレも当然ついている。食事は運ばれてくるようだ。最後の晩餐になるかもしれない不安を与えるのも反省室の役目なのかもな。


 さすが城内、けっこうな広さの応接室とさらに広い居間を横切って寝室のドア前に着いた。室内は落ち着いた青と茶で統一され、凶器になりそうな装飾品の類は置いていなかった。なんと絵画すらない。おそらくだが、壁紙もクッション性の高いものが使用されているだろう。徹底している。目立つのは本くらいだった。

 白色魔炎灯が設置されているため地下にもかかわらず室内は明るかった。窓代わりの魔道具が空気清浄器の役目をはたしていて、廊下より空気が籠っていない。居心地は最悪だろうが環境は整えられている。


 ドアをノックしたバートリーが中にいるアーサーに声をかけた。


「アーサー殿下、面会予定のアイーダ公爵とタナカ商会のカー商会長がいらっしゃいました」


 返事はない。ふてくされて寝てるのか?

 バートリーは委細かまわずにドアに手をかけた。面会時間には制限があるのでふて寝だろうとおかまいなしだ。

 公爵がそっと息を吐いた。目が合うと、やれやれとばかりに首を振った。


 ベッドの上に毛布を被って丸くなっている、布まんじゅうがいた。


 子供か、と思い、子供なのだと思い直す。

 しかし俺には子供でも、子供扱いしたら怒る程度には大人である。難しい年頃だ。


「殿下、お客様に失礼ですよ」

「そのままでもかまわんよ」


 さすがに咎めたバートリーを手で制して公爵が前に出た。


「……では、椅子を用意いたします」


 ため息を吐き出してバートリーが椅子を持ってきた。俺と公爵が座ると、彼はドアの前に控える。


「アーサー殿下、クラリッサに魅了魔法をかけましたか?」


 挨拶も前置きもなく、公爵が確信をもって聞いた。一応疑問形だが間違いがないと思っているのが丸わかりだ。


「……」

「魅了はほとんど解明されていない魔法です。後遺症が残ったらどうするつもりだったのです」

「……」


 ビクッと毛布が跳ねたが、それだけだ。アーサーは無言のまま、答えなかった。


「アーサー殿下に恋していたのが魔法で操られた偽りだったのか、とクラリッサは苦しんでおります」

「……そんなつもりじゃ……なかったんだ……」


 小さな声が言った。泣いていたのか声が掠れている。


「その苦しみが、魔法にかけられている間の記憶があるのは自力で魔法を解いたせいなのか、そもそも本当に魔法から解放されたのか、それすらもわからないのですよ」


 さほど強くない声には叱責の響きが込められていた。俺は立場上公爵の隣ではなくやや後ろに座っていて、表情は見えないのだがそれでも怖いと思える、地の底を這うような声だった。


「……ごめんなさい……」


 アーサーが謝った。

 ランスロットとヘンドリックが絶対謝らなかったのに比べ、ずいぶん素直だ。


 普通の子供なら『悪いことをしたらごめんなさい』を教育される。そうやって悪いことを覚えていく。はじめから善悪の区別がつく人間などいないのだ。

 しかし王家、それも直系となれば『謝ったらいけない』と教育されるのだ。王とは誰にも頭を下げない。だからこそ、悪いことをしないよう周囲が細心の注意を払って教育する。

 叱られはするだろう。だが謝れと言われたら、何が悪かったのか、誰にとっての悪だったのか、悪とは何なのか、混乱するんじゃないだろうか。


「……公爵、発言よろしいでしょうか?」

「……ああ」


 アーサーに謝罪させたからか、何も解決していないからか、公爵は脱力したように椅子によりかかり額を押さえた。


「アーサー殿下、ターニャ・カーです」

「……」


 ぎゅっ、と布まんじゅうがさらに丸くなった。恋敵と思っているのか、それとも加害者としての罪悪感か、どっちだろう。


「不思議なんですけど、どうして魅了魔法を使ったのですか?」

「……」


 黙秘かよ。代わりに公爵が口を開いた。


「どうしてって、クラリッサと婚約するためだろう」

「それが不思議なのです。好きな人に振り向いてもらいたい、好きになって欲しいのはわかります。でも魔法で操って結婚したところで、それで愛されたわけではありませんよね。常に魅了をかけ続けて、いつ魔法が解けるかびくびく怯えなくてはなりません」


 魅了魔法で愛を誓っても虚しいだけだ。どんなに愛されているように見えても、それが本物の愛ではないことは自分が一番よくわかっている。


「本当に好きだったら魅了なんて使えません。好きな女性に好きになってもらいたいならもっとがむしゃらになるものでしょう。結婚してくれなきゃ死ぬくらいの勢いで愛を乞うものです」

「ほぉー」


 アイーダ公爵、そうなのかって目で見るのやめてくれません? 恥ずかしい。けど俺だって、クラリッサにフラれたらなりふり構っていられないだろうという自信がある。


「アーサー殿下、殿下はなぜ、クラリッサ様が好きなのですか?」


 振り返った公爵が眉を上げた。気づいたか。何も言わないよう目線でうなずいた。

 『なぜ』好きなのか、とは普通は問わない。『どこが』好きかと聞くものだ。

 アーサーはしばらく無言だったが、やがてぼそぼそと答えた。


「……クラリッサは、綺麗で」

「はい」

「強くて、やさしくて、賢くて……」

「はい」

「淑女として完璧な公爵令嬢だし、何不自由しないだけの財がある」


 顔を戻した公爵が肩を上下させ、腕を組んだ。

 アーサーの言葉はすべてどこかで聞いたことがある、クラリッサの総合評価だ。アーサーの気持ちはどこにも感じられなかった。


「……私の妃になるのにふさわしい、と」

「誰が言ったのですか?」

「え」

「クラリッサ様の評判はそのとおりです。でもそれ、殿下の気持ちではありませんよね? 恋がどこにもない。恋の情熱どころか欲望すらありません。絵画に恋した男の話がありますが、そちらのほうがよほど現実的です」


 公爵の肩が盛り上がった。俺のセリフが気に障ったのかもしれない。

 でも、ここにクラリッサの、好きな女の父親と恋敵がいるというのに、アーサーには緊張感はおろか憎悪すらないのだ。めそめそ泣くしかできない子供に、魅了などという禁忌を犯す度胸があったとはとても思えなかった。


「それは……みんなが……」


 みんな。曖昧な言い回しだ。たとえ一人しか言っていなくても、その一人が「みんなが言ってた」と言えば多数の意見として受け止められる。

 そして子供は得てして「みんなが言ってた」に弱い。流されやすいのだ。

 発言者が親しい、信頼している人物ならコロッと信じ込み、簡単にその気になるだろう。アーサーに恋の激情が感じられないのはそのせいか。


「みんなが言ったから、クラリッサと婚約しようと思ったのか……」


 公爵が呆れたため息と共に呟いた。

 流されたとはいえ魅了で操られていたわけではなく、アーサーは自分の意志でクラリッサを王太子宮に連れ去った。誘導はあったと思う。だが、最後の一線はアーサーが自分で越えたのだ。


「アーサー殿下。アイーダ公爵家は殿下ならびに王太子宮に属する全員を訴える準備をしております」

「!?」


 まさかそこまで大事になるとは思わなかったのか、アーサーが布まんじゅうから飛び出してきた。大きな蒼い瞳は泣き腫らして充血し、驚愕に彩られている。


「訴える……?」

「魅了魔法でクラリッサを操った。大陸法と照らし合わせても言い逃れのできない罪です。クラリッサの負った精神的な後遺症もあります」

「できるわけがない! 魅了なんて、証拠はないはずだ!」


 それって認めたようなものだな。証拠を出せ、なんて犯人のセリフだ。


「ありますよ」


 そっけないほどの口調で公爵がアーサーに突きつけた。口を開けたままアーサーが固まる。


「は……?」

「クラリッサが被っていたティアラ。あれは魅了の呪具でしょう。公爵家の魔法担当官に調査させたところ、精神操作系の術式の痕跡が発見されました」


 あのティアラが壊れたのはタナカ商会本店の前、よりによって公爵本人が目撃していたのだ。破片を集めて分析させたのだろう。

 物的証拠がある。さらにティアラの出所を探れば誰がどこから入手したのかもわかるはずだ。十中八九、王家の秘宝で間違いないだろう。


「国王陛下はクラリッサと婚約したければきちんとクラリッサの同意を得ろとおっしゃったそうですね。アーサー殿下の魔法であろうと呪具であろうと、魅了で操るのは陛下の命令に反しています」


 アーサーがびくりと体を竦ませた。

 公爵を凝視していた目がうろうろとさまよい、ドアの前に控えるバートリーを見てまた怯えて体を竦ませる。

 俺を見ようともしないのは数に入っていないからか、それとも殺害しようとした相手を視界に入れるのが怖いからか。いずれにせよ、もうこの状況そのものが恐怖だろう、この子供には。

 公爵がふぅ、と大きく息を吐いた。


「国王陛下が、なぜアーサー殿下を留学させたのか、わかりました」

「……」


 逃げ場がないことに、蒼ざめたアーサーが緩慢な動作で公爵を見た。


「クラリッサを、諦めさせるため……」

「それもあるでしょう。ですが本質はそこではありません」


 いっそ憐れむようないたましげな声で、公爵が言った。子を持つ父親の声だと思った。


「ランスロット殿下――あなたの父親から、逃がすためだったのでしょう」

「……父上から?」


 アーサーがきょとんとした。わかっていないこと、それが憐れだった。


「光属性魔法の使い手、どうあっても自分ではどうすることもできない相手を許容できるほど、あの方は器が大きくありません。たとえ自分の息子であってもです。光属性が魅了魔法を使えるとなればなおさらです。いつ自分が、無意識でも洗脳されるかもしれないとなれば、我が子という立場はむしろ恐怖だったでしょうね」


 アーサーは信じられないというように震えているが、俺は公爵の言葉に納得していた。

 いつ自分の身を脅かすかわからない子供を、ならば先に洗脳してしまおうとランスロットは都合よく育てたのだろう。幸福な王太子ご一家のその裏で、誰にも気づかれずに息子を自分の人形に仕立てあげようとした。アーサーを利用してアイーダ公爵家の財産を手に入れ、ヘンドリックを潰そうとした。ランスロットならやりかねないな、あれは誰も信頼することのできない男だ。


「ランスロット殿下から物理的に距離を取らせ、同年代の子供たちと集団生活をさせることで自分で考えることを身に着けさせようとしたのでしょう。……あなたを、守ろうとしたのです」

「……おじいさまが」


 前世の経験でしかないが、子供というのは育てたように育つとは限らないのだ。幼い頃から思いがけないことをやって親をびっくりさせたり、成績や人付き合いで困らせたり悩ませたりする。結婚して親になっても、親にとって子供はいつまでも子供で、悩ましくも愛しい存在だった。


 アーサーはランスロットの敷いたレールをそのまま走っていた。ランスロットの誤算は、アーサーがランスロットではなかったことだ。分身ですらない。ランスロットなら怒って言うことを聞かせるような場面でも、アーサーは譲歩した。クラリッサの我儘を跳ねのけられず、言うなりになるばかりだった。

 そして、どさくさにまぎれて俺を殺すこともできなかった。

 タナカ商会本店襲撃を揉み消すことはできない。目撃者が多すぎる。そして死にかけたのは俺だけではなかった。トーマとギガント隊、お客様も巻き込んでの乱戦になった。反撃はしたが、どちらの武力が上か、先に襲って来たのはどちらか、あの場にいた人々は知っている。なによりアイーダ公爵がタナカ商会にいたのだ。


 ランスロットであればアイーダ公爵を見つけた時点で素早く計算し、公爵とお客様を人質に取る形で俺を殺すことに成功していただろう。


「誰も死ななくて良かったですね」


 泣いているアーサーには追い打ちだろう言葉をかける。親に精神的虐待を受けていた憐れな子供。それでもいずれ王位を継ぐ者として教育されてきたのだ、甘いことを言ってはやれなかった。


「そうだな。人殺しが国王になるなど、私はおろかどの貴族も認められん」

「まったくです」


 うんうん、とうなずきあう俺と公爵に、アーサーは泣くのも忘れて呆然としている。

 なんだ、まさか俺を殺そうと近衛に命令したことを忘れていたのか? それとも平民相手ならなかったことにできるとでも思っていたのか? それこそまさか、だ。


 平民だろうと商人、しかも俺は商会長だ。やろうと思えば尻の毛まで毟り取るくらいの勢いでやるぞ。やらないけどな。

 やらないのはアーサーのためではない。今さら謝罪が欲しいわけではないし、許すつもりはなかった。謝罪していないという事実、俺が欲しいのはそれだ。


 俺と公爵を見てすぐに謝っていたら許していたかもしれないが、もう遅い。アーサーは自分の都合が悪くなるまで毛布を被って見ようともしなかったのだ。

 アイーダ公爵家と懇意にしている商会に避けられ、疎まれている。いつまでたっても確執は消えず、気まずさはいずれ疑問と苛立ちに変化するだろう。その時になってようやく気づくのだ、許す許さないも何も、いまだに謝罪すらしていない、という事実に。

 我ながらやり方が陰湿だ。しかし相手が王家なら貸しはいくつあっても良い。


「アーサー殿下、先程クラリッサ様を完璧な令嬢と絶賛していましたけど、彼女にも欠点はありますよ」

「……?」


 絶望に蒼ざめるアーサーは反応しなかった。代わりに何を言うのか、と公爵が面白そうに振り返る。


「自分の知らないこと、新しいことにはわかりやすく喜びますし、全力で楽しみます。下町に行くのにそれっぽい変装はするのに、演技が下手でご令嬢だとすぐにバレる。案外頑固で売られた喧嘩を自分で買うくらい気が強いです。しかも実力で勝つものだからこっちの出番はなしです。頭が良すぎて頼られるよりも先に解決してしまいます。淑女なら男を立てるべきでしょうに」

「ターニャ、実はけっこう根に持ってるのか……」


 ぼそっと公爵が言った。自分より強くて賢いなんて、男としては複雑である。守りたいと思っているのに守らせてくれないのは男の沽券にかかわるのだ。こういうのは一般的に『可愛げのない女』と言われる。


「一緒に暮らせばもっとたくさん欠点が見えてくるでしょうね。まったく違う生活をしていた者同士が暮らすのなら当然ですが。でも、私はそんな些細な欠点がたまらなく可愛いのです。殿下、クラリッサ様は理想の女性などではないんですよ。一人の女の子。私の前でただの女の子になるクラリッサ様が、大好きなのです」

「……君、本当にクラリッサが好きだな」


 いつかも聞いたことのあるセリフだ。椅子の背凭れによりかかって俺を見る公爵は苦笑気味だった。


「愛していますよ」


 父親を前にぬけぬけと言ってのけたその言葉は、自分でも驚くほど穏やかなものになった。一瞬ムッとした公爵が目を丸くし、なぜか頬を染める。


「……いや、なんで公爵が照れるんです」

「今のは照れる。クラリッサは良い男を捕まえた」

「なんですか、それ」


 なんでおっさん同士でもじもじしなきゃならんのだ。遺憾の意である。

 ちら、とアーサーを見れば先程の絶望とはまた違う、打ちのめされた表情で呆然としていた。


 子供を泣かせた、と胸が痛む部分はある。しかし後悔はしていなかった。

 本気で好きなら恋敵を叩きのめすくらいのことはするものだ。二度と手出しはできないように、再起不能にさせる。


 暴力でも魔法でもない。他人の心を打ち付けるのはひたすらまっすぐな感情だ。大人げない? 何とでも言え。親子揃ってクラリッサの心を踏みつけにしてくれたのだ、俺がアーサーにクラリッサを諦めさせるのは、むしろ温情である。


 恋敵に「お前など敵ではない」と言われるのはさぞかし屈辱だろう。だが、アーサーはそれに値しなかった。本気で戦うに値しない子供でしかなかったのだ。首輪をつけて飼い慣らされた座敷犬の躾をするのは俺の役目じゃない。


 優越感を滲ませて目を細めてやれば、怯えたアーサーがまた毛布を被って布まんじゅうになった。



大人げないですが、ターニャとしては軽く捻った程度です。ヘンドリックと違い、アーサーは男として見られていません。かわいそうな子供扱い。

次はクラリッサ視点です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ま、役者が違いますね。
[一言] 布まんじゅう、という表現にちょっと可愛さを感じるのですが、メンタル激子供でも、図体的に実物は可愛くなかったですね…。
[一言] アーサー、クラリッサからも男と意識されてない問題浮上…というか確定、かも。 父に本当は疎まれ、遠ざけられ、恐れられ、操られていたことの方が、失恋より大きいようじゃ、まだまだだなぁ。 恋に必死…
感想一覧
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