平凡であり暗愚である
城の医務室には聖人アスクレーオスが詰め、ヘンドリックと聖女候補オデットの救命措置を施している。
他の重傷患者は危機を脱し、軽傷者と併せて医師組合の医院に転院していった。
正直にいえば、聖魔法がこれほどありがたい威力を発揮するものだとは思わなかったし、聖魔法をもってしても助けられない症状があることに驚いた。
どうしてこうなった。
城中の者がそう思っているだろう。
国王でありながら手を拱いて何もせず、みすみすこの事態を招いた私に失望しているのを感じる。
失望は自分でも思ったことだ、腹も立たない。こんなつもりではなかったと言っても、ではどうするつもりだったのか、自分でも答えられなかった。
私は王として凡庸な自覚がある。特筆すべきことなど何もない、歴史書に名前しか残らないような王だ。
だからこそ、国の基盤を崩すことなく未来に繋げようと私なりにやってきた。私の子だ、ランスロットもヘンドリックも平凡だろう。ランスロットは頭こそ良かったが融通の利かないところがある。いずれ壁にぶつかって挫折する。それで良いと思っていた。
そんな私の世に三人もの光属性の使い手が生まれた。これはどういう意味なのか。何かの啓示ではないのかと空恐ろしくなった。
アスクレーオスをランスロットに任せたのは、聖人候補を保護することであの子に思いやりというものを学んでほしかったからだ。年下の、周囲の期待に押しつぶされそうな子供、しかもアスクレーオスは初代聖女の子孫でもある。聖魔法がどのようなものかすら知らぬのに、命をかけろと迫られて恐ろしくないはずがない。アスクレーオスと接することで人にやさしくすれば想いが帰ってくると学んでほしかった。
ランスロットが私を愚王だと見下しているのは知っている。
王でありながら強権を揮うこともできず、下々の商人にすら気を使い媚びを売り機嫌を窺う王。私は訂正しなかった。国を栄えさせることはできなくても、何事もなく日々を過ごせる、国民が満足と不満を抱きながら人生を全うできる国を保つのがどれほど難しいのか、自分で知るべきだと思ったからだ。
もはや、ランスロットは王にはなれまい。
側近に自由な発言を許さず、派閥の貴族に説明もせず、自分の思うままに暴走した結果がこれだ。暴走、あれは暴走であった。
ヘンドリックを冬の離宮に幽閉したのは、いずれ忘れ去られた頃に解放してやるつもりであったのだ。王族籍には戻さず子爵位あたりを与えてやり、どこか地方ででも幸福になってほしかった。初恋は無惨に散ったが恋はいつだってできる。一つの恋、一つの幸福にしがみつくのではなく、自分の心ときちんと向き合って、貧しくとも愛する人を見つけて幸せになればそれで良かった。
碌に息子と向き合おうとせず、愛情と愛しかたを教えてやれなかった私にできる、ヘンドリックへの餞であった。
まさかランスロットがヘンドリックを利用して国内貴族の掌握を企むなど想像もできなかった。何を考えていたのかはわかる。アイーダ公爵家をはじめとする有力貴族の力を自分に、王のものにするつもりだったのであろう。
愚かだ、と切り捨てることは容易いが、王である身ではそうも言えない。私とて王が絶対権力者であればと思ったことは一度や二度ではない。昔の王はまぎれもなく絶対者であった。だからこそ、魔法大戦の惨事が起きたのだ。
戦争を回避するために大陸に連合ができ、その理事は国王ではなく各国の貴族が就任する。国同士の外交とはまた別の、独立した機関だ。この国が今さら懐古主義に走って国王を最高権力者にしたら、たちまち王の解任を求めてくるであろう。
王は国の代表だが、国は王の物ではなくなったのだ。ランスロットが望むような強権力を持った暴君はもう生まれない。
どうしてこうなったのであろう。
平凡であっても暗愚ではないと思っていた息子たちは、いったいいつから道を間違えていたのであろうか。
「陛下。此度のこと、まことに遺憾に存じます」
各大臣と重臣貴族を集めた緊急会議に召喚されたエイゴ・ミスィは、遺憾とはほど遠い薄ら笑いを浮かべて頭を下げた。
赤い絨毯に壁紙を使われた赤の会議室、通称『蘇芳の間』が開かれる時は国家の一大事が起きた時である。赤といっても玉座の間のような鮮やかなものではなく、少し黒っぽさの混じった落ち着いた赤。蘇芳色だ。
「ヘンドリック元殿下が鳥籠の館を占拠したこと、聖女候補であったオデットに呼応した貴族の令息、令嬢がいたこと。そしてヘンドリック元殿下が鳥籠の館をゴーレムに変じさせて王城に進撃したこと。もはや王都民に知らぬ者はおりません」
ごまかしはきかない、とエイゴは言った。エイゴの供として来たターニャ・カーがいちいちうなずいた。
ヘンドリックとオデットに応じた令息と令嬢には家を追放されたり廃嫡された者もいる。大臣が口を開く前にターニャが資料を取り出した。
「こちらに鳥籠の館から脱出した者のリストがございます。ヘンドリック元殿下に説得され、学院に逃げていました」
財務大臣のエンダーが言葉を呑みこんだ。魔法大臣のオーグリーも苦々しい表情で視線を伏せている。
彼らの苛立ちなど気にした様子もなく、ターニャが淡々と名前を読み上げた。そのほとんどは未成人だ。
いかに勘当、絶縁、廃嫡しても、彼らはまだ自分で責任を取れない子供なのである。縁を切るだけではなくその後の経過観察をするべきであった。特に令嬢は悪い男に騙されて身を持ち崩す可能性もある。そうなれば家にも類が及ぶであろう。監督不行届きを咎められても仕方のないことであった。
「彼らの実家はヘンドリック元殿下を支持する貴族でもあります。また学院ではヘンドリック元殿下や側近、オデットとも親しく、ヘンドリック元殿下の連座という形で処罰を受けても罪の自覚はなかったものと思われます」
読み上げられた名前に入っていなかった貴族がうなずいた。
罪の自覚がなかったとはどういうことかとターニャを見ると、私の疑問に気づいたターニャが付け加えた。
「彼らはヘンドリック元殿下と歳が近く、学院で親しくなれば将来のためになると期待していたでしょう。気に入られるようふるまっていたのです。貴族として当然でしょう」
貴族として……つまり、彼らはそう教育されていたということか。親に言われたからヘンドリックと親しくしていたのに、それで処罰されるのは納得できるはずがない。
「学院は退学処分となっていた彼らの一時受け入れを了承しました。これ以上誰かに利用される前に再教育が必要である、と学院長から言付かっております」
セントマジェスティック高等魔導学院の学院長は私の従兄弟だ。学術研究に熱心で、ランスロットの教育係の一人でもあった。
学院長には学院に張り巡らされた術式に注げるだけの魔力と、自分の研究より生徒を育てることに意義を見出せるものが選ばれる。従兄弟はランスロットの教育係となったことで子供の教育の重要性を実感したらしい。本人は王族としては当たり障りのない性格であったが、学院長となってからは生徒同士の共同研究を推奨し、研究発表会を今の形にしたのも彼だ。魔導学院なのになぜ文化研究なのかと思ったら、魔法はありとあらゆる分野に及んでいると言われて納得したものである。
「ここで、商人組合から提案があります」
エイゴに全員の目が集中した。エイゴが薄い唇を耳に届くのではと思うほど吊り上げた。
「ヘンドリック元殿下のゴーレムは、集まっていた令息や令嬢、そしてヘンドリック元殿下が復帰するために研究作成したものだ。こう発表してはいかがでしょうか」
「どういうことだ?」
「つまりですね。鳥籠の館に籠ったのはオデットを聖女に目覚めさせようとしただけで他意はなく、令息と令嬢を集めたのは功績を立てれば恩赦を与えると命じられたことにするのです」
「それは、王家に責任を取れということか?」
「事実、王家の責任でしょう。ヘンドリック元殿下が反逆したと言うより、子を思う親心をアピールしたほうが心象は良いと思います」
たしかに、とうなずきかけたところで貴族たちから反対の声があがった。
「とんでもない! 恩赦を与えるなど、あの時点でそのようなことを命じられるわけがない!」
「処罰された子供たちが反省できないではないか!」
「ヘンドリック元殿下が出した声明と矛盾する!」
「国民を騙すつもりか!」
私を守ろうとしてくれているのか、それとも別の思惑があるのか、私には読めなかった。反対しているのはヘンドリックの派閥だった貴族だけではなく、他家にも多かった。
エイゴとターニャの顔色は変わらず、余裕のある笑みを浮かべている。
「……では、ゴーレムが城に進撃してくるまで王家は……、いえ、国は何もしていなかったことを、どう説明するのかお聞かせ願えますか」
静かな声は、だが貴族たちが口を閉ざすのに充分な威力を持って鞭を揮った。
エイゴとターニャの笑みを見た彼らが、やがてそろそろと私に目を向ける。
「我々を召喚なさったからには王家にはすでに案があるものと存じます。お聞かせください。離宮を破壊し、ヘンドリック元殿下をみすみす脱走させ、王家所有の館に立て籠もられ、オデットとヘンドリック元殿下の名で彼らを呼応させ、王都を混乱に陥れ、ゴーレムが城に向かい道と家を破壊し王都民に被害が出るまで放置していた。これを、どのように、国民に説明なさるのですか?」
「…………」
とっさに答えられなかった。つい宰相を見る。彼は頭の痛そうな顔をして目を反らした。
それを考えるために大臣と重臣だけではなくエイゴを呼んだのだ。
事が決着したからには王都から出ていった商会を呼び戻してもらい、王都で起きている物価の高騰を止めなければならない。経済の復旧は急務だ。エイゴ・ミスィは商人組合の組合長で、ターニャは当事者であるため同席を許した。
「そもそもなぜ、警備隊なり近衛なりにヘンドリック元殿下を逮捕させなかったのでしょうか? 結果論であることを承知で言わせていただきますが、冬の離宮から脱走した時点で確保しておけばこのようなことは起きなかったはずです」
本当に不思議そうにターニャが首をかしげた。
たしかに、あの時ヘンドリックを捕らえていれば今の混乱はなかっただろう。だがあの時は全会一致で放置を決めたのだ。
王族の婚約を破棄させ、貴族の令息と令嬢の人生を歪めたとはいえオデットは聖女候補である。我が国として罰しなければならないが聖女候補を犯罪者扱いしていては外聞が悪い。聖女候補を欲している他国に譲渡するべきだが釈放してしまっては連座された家に示しがつかなくなる。
「ヘンドリックとオデットが逃げたのなら、駆け落ちしたということにして他国に逃がそうと……」
「ランスロット殿下がそう言ったのですね?」
「そうだ」
ヘンドリックがクラリッサに乱暴したというより、禁じられた恋に悩んだヘンドリックとオデットが追放されるようわざと仕組んだことだった、ということにしたほうがまだ情状の余地がある。連座された彼らは二人の恋を応援しただけ。そうすれば王族や貴族以前に学生の暴走で片が付く。なんといっても彼らは、ヘンドリックを含めて未成人なのだ。
「内乱罪とした以上、表立って恩赦を与えてはやれない。ならばほとぼりが冷めるまで匿ってやり、その後密かに他国に渡らせ、見事聖女となったあかつきには帰国させる。それが最善の策だった」
「どこがですか」
間髪を入れずにターニャが言った。余りの早さに思わず息を飲む。
「ヘンドリック元殿下と元側近が魔法で離宮を破壊して逃げた時点で私は身の危険を覚えました。あのタイミングでの破壊行動は、私とアイーダ公爵令嬢への報復だとしか思えなかったのです。アイーダ公爵令嬢は公爵家が守るでしょうが、私には自分だけではなく商会と従業員を守る義務があります。タナカ商会は撤退せざるを得ませんでした」
呆れたような早口で責められて反論できなくなる。私たちが綺麗事で済ませようとしていた時、ターニャは実害を受けていたのだ。しかもヘンドリックが鳥籠の館に立て籠もったことで、タナカ商会のみならず王都の商会は店を閉めて他の都市に避難している。
「ランスロット殿下は商人組合を敵に回すおつもりですかな? ……そういえば、ここにはおられませんが」
「ランスロットは、謹慎させている……」
エイゴに鋭く問われ、言葉に詰まった。
「ほう? それは……」
ランスロットを謹慎させたのは、アーサーとクラリッサの婚約を強引に結ぼうとしたことと、アスクレーオスを私物化しようとしたことが理由だ。商人組合への説明とタナカ商会への弁解をしなかったからではなかった。
ランスロットがヘンドリックを庇った時、私は嬉しかったのだ。たとえ国民を騙す結果になろうとも、兄が弟を守ろうとしている。ランスロットも身内には甘いと思い、喜んでその案を受け入れた。
ランスロットが私を見下し、侮っていることは知っていた。何も成せぬ王、愚王だと思っている。
政務というのは臣下任せでも良いのだ。王の務めは臣下のあげてきた政策に偏りはないか、どこかに穴はないか、どこにどう影響するのか、それを見極めることである。
父親を、王を見下すのは、父として王としてせつないが許される。
だが、国政を侮るのはけして許されない。今までこれといった躓きのなかったランスロットが失敗した。これを機にランスロットの頭を冷やし、王太子とは比べ物にならない『王』というものを叩きこむつもりであった。
私はたしかに凡愚な王だ。
お前が敵にも数えていなかった者が、牙を剝こうとしているのに、私には止める力もないらしい。
国王陛下、察しが悪くて難儀しました。




