文化祭への誘い
学院の生徒は皆平等。学院は建前でもそんなことは謳っていない。
そう主張しているのはあくまで聖女候補であり、ヘンドリック王子とその側近が賛同しているにすぎなかった。そんなことを認めてしまえば貴族ばかりを集めている意味がなくなる。魔力に応じて平民にも平等に門戸を開かなくてはならないだろう。
だいたい本当に平等ならヘンドリックが側近を引き連れているのがもうおかしいのだ。彼らが王子のイエスマンなのは仕方がないとしても、平等なら身を挺して守るのは矛盾している。それはもう平等な関係ではない。
「却下だ。学院の文化発表会に一個人の手伝いとして出店だと? 何を考えてるんだ、あの王子様は」
「学生に人気のタナカ商会を招いて自分の株をあげて、ついでに商会長に赤っ恥かかせようという腹じゃないでしょうか」
「やることちっちゃ! それで自分と繋がりができたことで恩に着せようってわけ?」
「自分が声をかけてやったのだからありがたがれという態度が見え見えですね」
学院の文化研究発表会、ようするに文化祭だな。そこでヘンドリックが万年筆と赤ペンと緑のシートを発表してやるから協力しろ、という手紙が届いた。わざわざ第二王子の紋入り封筒だった。断られることを微塵も想像していないのが丸わかりである。
「学院の文化祭になんで俺が手伝わなくちゃならないの? 商会長ってそんなに暇じゃないんだけど」
「私に言われても……。それではこれはお断りしておきますね」
「ああ、断りの手紙は俺が書く。念の為学院にも苦情を入れよう。こんな前例ができたら文化祭の意義がなくなるぞ」
生徒主導で動くべき文化祭にプロ業者が入りこんだらあっという間に食い物にされて終わりだ。文化祭が商品発表会になってしまう。
いや、それがわかっているから俺に声をかけたのかもな。これで喜んで飛びついたらクラリッサに品のない商人と付き合いがある、と瑕疵を付けられる。どっちにしろやることがちいさい。
この話は断って終わり、とはならなかった。自分の申し出を断られるとは考えていなかったヘンドリックが、商会に乗り込んできたのだ。
俺はちょうど学院にどういうことかと聞かれたため説明に行っていて、入れ違いになった形だ。
学院側はヘンドリックの暴走を重く見て、学院長と副院長、理事が三人来ていた。
生徒側からは生徒会長が出席。
どうやら学院と生徒会もヘンドリックの、というか聖女候補の身勝手なふるまいに頭を悩ませていたらしい。一年足らずの短期間にこれほど保護者たちからクレームが来るのは学院初だと零していた。生徒の保護者とはすなわち貴族である。王立学院の費用は国からの補助金と貴族の寄付金で賄われていた。
その貴族がどういうことだ、事と次第によっては寄付金を出さないと怒っているのだ。しかも原因が王子と側近、そして聖女候補。頭の痛い話である。
「学校の先生愚痴がすごかった」
「あの王子殿下ですからね。一度お会いした時よりひどくなってましたよ」
ヘンドリックの対応に出たのはトーマだった。商談ではなかったので学院に連れて行かなかったのだ。アニメを思い出した時のイメージが強いせいか、あまりトーマを学院に近づけたくなかったのが裏目に出た。どうあっても関係者とは関わりができてしまうようだ。
「王子殿下は自分たちの研究発表をこちらにやらせるつもりだったようです。万年筆の製造方法を自分の物にする予定だったと自供……自白……、えー、主張していました」
何度も言い直すトーマはもはや怒る気も起きないようだ。俺もアホかとしか思えない。万年筆の製造方法はちゃんと特許を取得してある。どうあがいてもヘンドリックの手柄になるものではない。
「で、販売させてやるから売り上げの五割を寄こせとは。舐めてるとしか言いようがないな」
断ったのを何だと思ったのか、ふざけた内容の契約書を持ってサインを迫ったという。
独断でサインはできないとトーマはサインせず、ヘンドリックを宥めてなんとかお帰りいただいた。契約書は預かっている。良い判断だ。
万が一偽装されてしまっても、タナカ商会ではサインだけではなく判子が使われているのだ。日本人の性分というか、サインだけだと心もとなくて俺が自分で作ったやつである。前世でもイモ判彫ったり、かっこいいサインを考えたりしたなぁ。前世とった杵柄。彫りやすそうな石を河原で拾って自分で作った、世界に一つだけの判だ。
サインは似せて書けても判子は無理だ。朱肉も特別製である。なんちゃって中世ヨーロッパの世界観では判子文化そのものがなかった。ヘンドリックには見破れないだろう。
「どうします? 学院に報告して、城にも苦情を入れますか?」
「学院に報告はする。だが、こんなことで城にタナカ商会を知られるのはちょっとな……。商人組合に持っていこう。組合なら王室御用達の大店もいるし、注意喚起の意味を込めてこの一件を公にしよう。学院側からもひと言もらえるよう頼むか」
「アイーダ公爵家に注進しておきますか? お嬢様は王子殿下の婚約者、無関係とは言い切れません」
「お嬢様か……」
あれ以来会っていない。
クラリッサ。やさしいあの子のことだ、ヘンドリックを見限っているのかもしれないが、あんな男が婚約者ではさぞ苦労しているだろう。
「そうだな。一応公爵にも話をしておこう」
学院卒業後は第二王子として外交を担うことになるヘンドリックが商人と対立しているのは良いことではない。双方に利があるようにみせてさりげなく自国に有利な交渉ができないようでは外交官はとても無理だ。
まだ十五歳なのだし、これから学べば……とはならないだろうな。王子として公式行事には参加しているのだ。生まれた時から学んでいることを満足に修得できていないようでは、これからのヘンドリックに期待する者はいない。
そうして訪ねたアイーダ公爵家では、なぜかクラリッサが出迎えてくれた。
「ターニャおじさま!」
「お嬢様? あれ? 学院では?」
「外泊届をだして帰ってきましたの。おじさまにお礼を申し上げたくて」
おじさま呼び続けるんだ? おやめくださいお嬢様、公爵の視線が痛いですよ。
公爵家の客間にはアイーダ公爵とクラリッサが並んで座り、クラリッサの正面に俺が通されてしまった。
「お礼ですか?」
「ええ。先日の試験で、わたくしたちとても良い成績をとることができましたの」
「クラリッサは学年一位だったんだ」
にこにこのクラリッサに自慢そうな公爵。親バカだったのか……。
「これもおじさまの万年筆セットのおかげですわ。勉強により身が入りますのよ。お友達とノートを見せあったり、勉強がとても楽しいんです」
勉強が楽しいか。一度言ってみたいセリフだな。
「なによりです。職人たちも喜びましょう」
心から言えた。クラリッサのこの顔を見せてやりたいよ。美少女が笑顔で絶賛してくれたら仕事も捗るってもんだ。
「学院では成績上位者五十名が張り出されるんだが、五位以内をクラリッサと友人が占めたらしい」
漫画やアニメにありがちな公開処刑ですな。不良ぶってるやつがなぜか上位にいて、話に絡んでくるやつだ。
くくっ、と公爵があくどく笑った。
「ヘンドリック殿下と、仲の良いご学友は、全員枠外だそうだぞ」
ざまあみろ、とでも言いたげである。この御仁もヘンドリックに良い感情は抱いていないか。娘の前ではただの父親だ。
「そういえば、王子殿下たちは万年筆はご購入くださいましたが、赤ペンとシートはお買い上げいただけませんでしたね」
「そんなものに頼る必要はないと豪語しておられましたわ」
クラリッサは笑っている。……ちょっと怖い笑みだ。
「別にあれで頭が良くなるわけではなし、努力のお手伝いをするだけなんですがねぇ」
「おわかりにならないのでしょう。努力がお嫌いですもの」
鼻で笑う言い方だった。とうとうクラリッサに悪役令嬢の片鱗が。
俺が引いていると父娘がこほんと咳払いした。
「失礼いたしました」
「あ、いえ……。私の用事というのも実はヘンドリック王子のことでして」
証拠となるヘンドリックからの手紙と契約書を見せて説明すると、公爵の顔色が変わった。
「まあぁ……っ。なんということでしょう! なんという恥知らずな。タナカ商会の権利をご自分のものにするつもりなのですか!」
怒り心頭に発したクラリッサは、すぐにしゅんとなった。
「申し訳ありません、わたくしのせいですわね……。わたくしが学院でおじさまのことを話したから、殿下が興味を持たれたのですわ」
「お嬢様のせいではありません。お友達に薦めてくださったのでしょう? お礼を申し上げなければなりませんよ」
「でも、わたくしは殿下に嫌われておりますわ」
クラリッサの口からヘンドリックに嫌われているとはっきり言われたのははじめてだ。思わず顔が引き締まった。
「それこそお嬢様のせいではありません。お嬢様の良さを見抜けず、努力すらせずにやつあたりするほうが悪いのです」
「でも……」
「お嬢様」
うぉっほん! と大きな咳払いにハッとした。
「……近い」
低い声で公爵が唸った。
気が付けば俺は身を乗り出してクラリッサに迫っていた。そそくさと座り直す。
「も、申し訳ありません……」
「いえ……、その、ありがとうございます……」
クラリッサは真っ赤になって今にも消え入りそうだ。
「――ヘンドリック殿下のなさりようは問題だが、あの、聖女候補に釣られているのだろう。ここまで酷くはなかったはずだ」
今「あの女」って言いそうになったぞ。公爵らしからぬ物言いだ。よほど腹に据えかねているらしい。
「そういえば聖女候補様は聖魔法を発現させたのですか?」
「いや。聖女候補は特別授業があるのだがさっぱり使い物にならないらしい。クラリッサと自分を比べて自分を卑下し、ヘンドリック殿下と傷の舐め合いをしているそうだ」
「ああ、特別なアタシカワイソー、ってやつですね」
身も蓋もない言い方になるがそういうことだ。できないことを強いられて、いつかできる、できるようになれと求められている。アタシってなんて可哀想なの! だから特別扱いして! 聖女候補が主張しているのはそういうことだ。
「平等が聞いて呆れますね。弱者をアピールするのは小狡い人間のやることですよ。王子殿下ともあろう方がそれに釣られるんですか」
前世でもあったボランティア詐欺みたいなものだ。ありもしない慈善団体を名乗って「恵まれない~」とかアルバイトを雇って街頭に立たせ、善意の募金を財布に入れる。弱者の立場を声高に叫んで利用する強者だ。
「王子だから、だろうな。しっかりしろと叱咤されることはあっても、守ってほしいと頼られることはなかったのだろう。すっかり酔いしれてしまっている」
「そういう教育はされないんですか? 王子なんて身分はハニートラップの的でしょうに」
「教育と実践は別物だ。人は自分の求める真実を見る」
「なるほど」
人生経験が足りないんだな。いや、そういう問題じゃないか。
たとえば恋人のいる男に言い寄ってくる女がいるとする。それをどうかわすかだ。頑として突っぱねる、あるいはやんわりとかわす男がいれば、断ったら可哀想だと言っていい顔をしようとする男もいる。ヘンドリックは後者なのだ。可哀想を言い訳にして自分が人を傷つけてしまうのを怖がり、本当に大切にしなければならない相手を結局傷つける。浮気をしてしまう男によくあるタイプだ。
「自分が可愛いんですね、王子殿下は」
公爵が目を丸くした。クラリッサもびっくりした顔になっている。
「……君も言うね」
「どうも」
不敬すぎたか? 王子だからって誰も彼もが気を使うと思ったら大間違いだ。逆に遠すぎて無関心な人間のほうが多い。俺もその一人だ、はっきりいってヘンドリックがどうなろうと知ったことではない。
「あの、ターニャおじさま」
場の空気を入れ替えるようにクラリッサが明るく言った。
「こちらをどうぞ。ぜひ学院の文化研究発表会に遊びにいらしてください」
「え? これって家族限定では?」
クラリッサが差し出したのは文化祭の招待状だった。貴族が集められているため、文化祭は一般公開とはいかず、招待制になっている。生徒一人につき三枚。たいていが家族と兄弟、あるいは婚約者だ。
「あいにくその日は私も妻も予定があってね。君の商売のヒントになる研究があるかもしれないと私が勧めたんだ」
「カールはセバスチャンと来ますし、おじさまが来てくだされば友人も喜びます」
女子高生にきゃーきゃー言われるのは誰が何と言おうと男の夢だ。いや、しかし、学院にはヘンドリックと聖女候補もいるよな。文化祭か……。アニメだといかにも事件が起こりそうなイベントだ。
「ありがとうございます。ぜひお伺いします」
招待状が一枚ということはトーマは連れて行けない。ええい、ままよ。腹を括ろう。
招待状を受け取ると、クラリッサは花が咲くように笑った。




