切り札の到着
シヴォンヌに来て三日目。俺の味方がとうとう到着した。
「商会長―!!」
「久しぶり、トーマ」
タナカ商会の番頭、トーマである。久しぶりに会うトーマはいささかやつれていたが、元気いっぱいに手を振って駆け寄ってきた。
「早かったな」
「高速船に乗りました。それと例の物、持ってきましたよ」
荷馬車で販売や人員の割り振りをしながらでは時間もかかるが、船なら川を使って一日だ。しかも高速船なら高いが早く着く。
『コーバン』の事務所にトーマを招き、念のためドアの前で一人見張っていてもらう。トーマが抱きかかえていた鞄から取り出したのは、作成を命じていた聖魔法カードだった。
「いやもう驚きましたよ。よくこんな術式を解明できましたね。各部門長が呆れてました」
そこは感心してほしい。
「何枚できた?」
「アイーダ公爵領の人員総出でなんとか五十八枚です。……すみません、思ったより失敗が出ました」
紙もそうだが金は高価だ。悔しそうに頭を下げるトーマに気にするなと手を振る。
「俺も作ったが目も肩も腕も疲れて大変だった。こういう作業に慣れていなければ当然だ。ロスは捨ててないよな?」
「はい。処分は商会長に伺ってからとなっています」
「それでいい。下手に処分して金を失うのは痛手だ」
頭の中に術式が入っている俺でさえ間違えないよう慎重に書き込んだのだ。手紙を見ながら作るのが大変なのは俺でも想像できる。めっちゃ細かいプラモ作成より大変だ。
失敗作を勝手に捨てなかったのも良い。資源の再利用の意味もあるが、万が一にでも術式が外部に流出したり、変に弄って事故が起きたら大損害である。
「それにしても……」
作成した五十八枚のカードを確かめていると、トーマが疲れたように事務用イスにもたれかかった。トーマには今日までの報告書を読んでもらっている。一応鶴や噂で知っているだろうが、詳細までは無理だからな。
「さすがに疲れたか?」
一枚一枚カードに魔力を微量で流してミラーボールの確認をする。学院にあった材料より良質のものが使われているせいか、魔力がスムーズだった。
「こっちのセリフですよ! クラリッサ様と一緒だからってやりすぎでしょう。生徒の救出から聖魔法カード完成、動作確認、学院長の襲撃から逃げたと思ったらどうして医師組合のあの二人を仲間にしちゃってるんです!? おまけに聖人誕生とか……盛り込みすぎて苦情しか出ません」
「それは出すなよ」
俺もどうかと思うけどな。
「商会長、ちゃんと寝てます? 食事は?」
あ、やばい。トーマが説教モードに入った。
「シヴォンヌに来てからは寝てる。食事は……そうでもない」
ここは正直に白状するしかない。どうせトーマには嘘なんかばれるのだ。
「やっぱり。少し痩せましたよね。考え事してるから髭の剃り残しがありますし、なんだか顔色が悪いです」
じろじろと眺められる。……うん、シヴォンヌに来てから睡眠時間はあるんだけど、気を張っているからそれで疲れがとれるかは別なんだよな。これが中年の体というものだよ。痩せたわりに体が重いんだよね……。食事時間を削って仕事してるし。
「商会長」
自覚してるけどトーマに愚痴るのはちょっと。反らしていた目をチラッとトーマに向けると思いのほか真剣な顔をしていた。
「本物の聖人と、聖魔法カード」
トーマが指を二本立ててきた。
「切り札が二つ揃った。何か大きなことやるつもりでしょう?」
ああ、トーマだな。しみじみ思った。俺が反撃に移ることを察したからこそ急いで来てくれたのだ。
「まあな。だが切り札はそれだけじゃないぜ?」
「クラリッサ様ですか」
「まだある」
トーマが首をかしげた。ついニヤリと笑ってしまう。
「トーマ」
「はい」
「ついてくるか?」
一瞬呆けた表情になったトーマが破顔した。
「はいっ」
知ってるかトーマ。腹心ってのはどんな切り札より心強いんだぜ。
「王都とシヴォンヌの近さなら聖人が現れたことは王都に伝わっているだろう」
「アイーダ公爵や、陛下にもですか」
「むしろ王家のほうが耳が早そうだな」
ナダーシャ商会のことを話すとトーマは考えるように顎を撫でた。
「……あるかもしれません。狙いがアスクレーオス様ではなかったとしてもこの機会を逃すとは思えないですね。オデット派の焦りを煽ってこちらとぶつけ、両方ともかっさらうつもりですか」
「美味しいとこどりだな」
「しかしそれではナダーシャが納得しないでしょう。アスクレーオス様とカダ様は商会長に恩義を抱いています。王家に従うとしても、タナカ商会を倒産やナダーシャと合併させるのは許さないと思います。アスクレーオス様を慕う人々もです。シヴォンヌは商会長がやったことを知っています」
そう。恩と心は金では買えない。俺が欲しかったのはまさにそれだ。
「ナダーシャは見捨てられる。となればどういう手で来るか、だが……」
「一発逆転するしかないですよ、こんなの」
「かもな」
ナダーシャ商会がどこまで裏に気づいているかが重要になる。王太子がいることを匂わせられていても証拠や確証がない限り、トカゲの尻尾切りで終わりだ。
俺ならどうする? 憎いライバルを蹴落とそうと策をめぐらせていたのに、予想外のことが起きて策をひっくり返されるどころか、味方から策ごとなかったことにされそうになったら?
「商会長の自宅を襲撃しても自滅するのを見ていたなら迂闊な手は打てません。クラリッサ様の警護も厚いですし、狙うとしたらオデットとヘンドリックでしょうか」
「……あの二人を?」
「はい。タナカ商会が擁したアスクレーオス様は、聖魔法カードを使って人々を騙した偽者。罠に嵌められたオデットとヘンドリックを救出して他国で正当性を訴えます。オデットが聖女候補なのは公表されていますし、ヘンドリックも第二王子として他国に顔が知られています」
ナダーシャ商会、オデット、ヘンドリックはタナカ商会を恨んでいる。実に嫌なトライアングルだな。
待てよ、もしもそこに王太子が加わったら……?
「……まずいぞ」
「商会長?」
「そこまで計算してのことだったら王家の一人勝ちだ」
聖人と聖魔法の術式で詐欺行為となったら斬首は免れない。聖魔法はそれほどのものなのだ。そこにクラリッサが助命嘆願してくればクラリッサも手に入る。
さっと顔色を変えたトーマを呼んだ声は、自分でも驚くほど鋭くなった。
「トーマ」
「はい。クラリッサ様のところに行きます」
「頼む。手紙を書くから持って行ってくれ。……王都に行くのは危険だが」
トーマはニヤリと笑うと親指でくいと自分を指差した。
「任せてくださいよ。俺は商会長の右腕ですよ?」
やばい、俺の腹心がかっこよすぎる。これはカーラも惚れ直すな。
学院長の襲撃からアスクレーオスが聖魔法を発現したこと、シヴォンヌで発生した水斑病についてとその裏にいるだろう黒幕。そして、俺の作戦を手紙にしたためた。
ターニャ・カーのサインの横にタナカ商会の判を押す。
「王都に着いたら『コーバン』に寄ってギガント隊に護衛して貰え。ゴーダはクラリッサ様に紹介を済ませてある。いざという時は店を捨てて逃げろ」
面相の悪いギガント隊だがアイーダ公爵家なら追い返されたりしないだろう。……たぶん。それより警備隊やオデットたちに捕まるほうがまずい。
「ギガント隊ですか……」
そういえばゴーダの説得にはトーマも一緒だったんだっけ。あの時の恐怖を思い出したのか、トーマの眉が情けなく下がった。
「あの時の修羅場に比べたらましだろう。味方なんだし」
「たしかにそうですね……」
修羅場の数が多すぎる気がしなくもない。トーマもそう思ったのか、二人して遠い目になった。
「準備が整ったら俺も王都に帰る。それまでに、頼むぞ」
「はい。商会長、無理はしないでくださいよ。歳を自覚してちゃんと食事と睡眠をとってください。まだ夜は冷えますから面倒だからって床で寝たりしないように。自分の体を大切にしてくださいね!」
そしてあっという間に別れる。




