表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/87

人質を探せ



 ピーッ、ピッピ、ピー!


 これがこの夜の合図だった。

 鳥籠の館のあちこちで笛が吹き鳴らされ、夜のしじまを破っていく。


「行くぜ、大将!」

「おう、行け!!」


 俺とゴーダ率いるギガント隊は鳥籠の館に居座る連中を館から追い出す役目だ。その後、クラリッサたちがジェロームを見つけ、できれば婚約者の彼女の説得に当たる。

 ゴーダが公爵家の密偵から聞いたところによると、館の中にいるのはオデット、ヘンドリックたち貴族だけだ。昼間の炊き出しの際はともかく、庭のごろつき連中を夜まで館に入れるわけにはいかない、と門扉に鍵をかけている。もちろんベッドが足りないのでソファや椅子、床に寝ている者もいるそうだ。住み込みの使用人はいないが客間にベッドがあり、それは身分の高い者が使っているらしい。予想通り、平等が聞いて呆れる有り様のようだ。


 連中はクラリッサと同年代が多いので、生徒たちが突入・攪乱しても混乱してわかるまい。おまけに今はランプを消している。


「何だ、今のは!?」

「警備隊かっ?」


 狙い通り、館の中が騒がしくなった。

 鍵のかかった観音開きの扉を、ゴーダが力任せの体当たりで破る。

 エントランスに集まっていた連中は、暗闇に浮かび上がるスキンヘッドの強面マッチョに絹を割くようなダミ声の悲鳴を上げた。


「こんの泥棒どもぉ! 俺んとこから盗んだもの返しやがれえぇっ!」

「ぎゃああああああぁぁぁ!!」


 どちらかというと今の俺らがどう見ても強盗である。言い訳できない。しかしゴーダの言葉は嘘ではなかった。学院から盗んだ、脅迫して騙し取った備品があるはずだ。

 逃げ惑う連中の中の勇気ある一人が魔法を使おうとしてきたが、ゴーダのビンタで沈んだ。

 俺も警棒を構えた。叫ぶ。


「逃げろ! 討ち入りだ! 逃げろー!」


 ドカンバキンと音がしているのはギガント隊が窓から突入しているのだろう。王家所有の館だと言ったら目の色が変わっていた。元は役人や貴族への反感を抱いていた男たちだからな……。できるだけ壊すなと言っておいたけど壊さないといいな……。

 いざとなったら損害賠償は学院かヘンドリックに押し付けようと決めて、ガキどもを裏口に追い立てる。

 館に入ってきた生徒たちが口々にジェロームの名前を読んでいた。


「ジェローム、どこだ!」

「助けに来たぞ、ジェローム!」


 ギガント隊に追い立てられた連中は脱出しようと裏口に殺到している。しかし一部の者が連携を組んで反撃に出てきた。


「オデット様をお守りしろ!」

「敵は魔法が使えないぞ!」

「通路を塞げっ」


 魔法は使えないんじゃない。使わないんだ。こんな混戦状態で魔法使ったら同志討ちになるだろうが、アホか。

 呪文を唱えている集団に向かって目潰しを投げつける。カプサイシン吸い込んで、しばらく喉潰されとけ。


「逃げろ、連中は変な武器を持ってるぞー!」


 白々しく叫んで向かってきた少年の背中を押す。幼さの抜けきらない子供の顔が恐怖に歪んでいるのに胸が痛んだ。

 学院の生徒たちは無遠慮に部屋に踏み込んでジェロームを探している。

 思いのほか調度品が少ないのが気になった。盗まれたのか売り払ったのか、どちらにせよ邪魔だったのだろう。想像より人数が多い、寝るのにも苦労していそうだ。


「大将、あらかた追い出したが、奥の部屋に結界張ってあって突入できねえ。どうする?」

「結界か。なら、そこにオデットがいるな」


 おそらくヘンドリックも一緒だろう。


「俺たちの目的は人質の救出だ。放っておこう。……ああ、せっかくだから嫌がらせしておくか」


 連中が守っていた廊下の先にある奥の部屋はドアの意匠からして違っていた。愛人のための部屋だったのだろう、蔓薔薇の模様がMになっている。マリーか、マリアか……女性のイニシャルだろう。

 ポケットに入れておいたオデットのブロマイドを床に貼り付け、その周囲にパラパラと黒い玉を転がした。


「……そんなもんでいいんですかい?」


 ゴーダは不満そうだが、知らないやつには効くぞ、これ。


「うちの商品を罠とはいえこんな連中にくれてやることはない。さ、俺たちも人質の捜索に行こう」

「へーい」


 ヘンドリックは見たことがあったかな、カンシャク玉。せいぜい踏んづけて腰抜かしてくれ。それを見られないのが残念だ。


「ターニャさん!」

「クラリッサ様、彼は見つかりましたか?」


 走ってきたクラリッサの後ろを、網で捕まえた少女を抱えたギガント隊の一人が通り過ぎていった。女性に手荒なことはできないと判断して投網で捕まえることにしたんだろうけど、持ち方が完全に米俵。少女の表情は見えなかったが、気分的には人食い族に捕らえられた獲物だろう。


「それが、どこにもいないんですの! もしかしたら、その部屋に……」

「どこにもいない?」


 おかしいな、絶対ここだと思ったのに。これだけの騒ぎにして肝心のジェロームがいないのはまずいぞ。


「どこかに隠し部屋とか……、塔は? 探しましたか?」

「塔は、扉が厳重に閉まっていたので難儀しましたが、ギガント隊の方が開けてくださいましたわ」


 館の中にいないのなら庭の不特定多数の中か、と今は庭を中心に探しているらしい。


「ゴーダ、どう思う?」

「生死を問わないってんなら外で放置でしょうが、人質として使うつもりならどっかに閉じ込めてるでしょう」

「うん、俺もそう思う。あともう一つ。連中が子供だってことだ。そこまで残酷なことができるとは思えない」


 たとえリンチで重傷、意識を失わせてしまったとしても、死なせたと勘違いしていたら人の目の付かないところに隠すはずだ。ミステリー小説のようなバラバラ遺体や、穴を掘って埋める、なんてことはできない。


「そういやガキばっかりでしたね。お姫さん、その塔ってのに隠し部屋はないんですかい?」


 具体的な会話を聞いたクラリッサが俺の腕を摑んできた。


「か、隠し部屋があるとは聞いておりますが、塔には階段しか見当たらないんですの」

「行ってみましょう」


 捜索メインに移行したからか、庭のあちこちにランプの灯りが動いているのが見えた。

 公爵家の密偵が上手く正門に人間バリケードを築いているらしく、あちら側に逃げていく者はいない。


 近づいてみると塔はそれなりに大きく、生徒たちの持つ灯りがまるで灯台のように窓から漏れていた。


「階段ですね……」


 塔は本当に城とのやりとりにしか使われていなかったのだろう、螺旋階段が上に伸びているだけで部屋は見当たらなかった。数人の生徒が何かないかと床に這い蹲ったり、壁を叩いたりしている。


「大将」

「ああ。土台だな」

「えっ?」


 ゴーダもすぐに気づいたようだ。

 螺旋階段の手すりにも蔓薔薇の意匠があった。その階段の土台部分、おそらくそこが隠し部屋になっている。


「足音です、クラリッサ様。少し響いて聞こえるでしょう?」


 説明しながら階段を上る。足音が変わるそこの縁を手でなぞると思った通り仕掛けがあった。


「上にいる人、階段を開けるので降りて来てくださーい」


 階段を開けるとはおかしな言い回しだがそうとしか言いようがない。アレクシーと数人の生徒が降りてくるのを待って、蓋の役目になっている階段を開けた。


「この真ん中の薔薇を押しながら板を上に持ち上げると……、開きました。クラリッサ様、灯りを……」


 ギシッと軋んだ音を立てて階段の床板を持ち上げる。と、中を確認するまもなく悲鳴に似た懇願が来た。


「助けて! 助けてください! 誰でもいいからお願いジェロームを助けて!!」


 少女の甲高い声、おそらくジェローム・メトバールの婚約者だろう。怖がらせないようゴーダを下がらせ、クラリッサに話しかけてもらうことにした。


「安心なさって、わたくしたちはあなた方を助けに来たのです。ジェローム・メトバールさんは?」

「アイーダ公爵令嬢!? ああ……っ、ありがっ、ありがとうございます……っ。ジェ、ジェロームはオデット様に逆らって、わっ、わたくしをっ、連れて帰ろうと……っ。そ、それでっ、ヘンドリック様がっ、……っ、だまら、せろとっ、おっ、お命じに……っ!」


 安堵感からさらに泣きだした彼女は後悔しているのだろう。政略だったのか恋愛だったのかは別に知る必要はないが、婚約者が危険を冒してまで自分を連れ戻しに来てくれた。少女の胸を激しく揺さぶるには十分すぎる情熱を示されたのだ。


「今からそちらに降りるのは人命救助のプロですわ。どうか落ち着いて、お待ちになってください」

「クラリッサさん、私たちが先に降りよう」


 彼女を宥めたほうが良い、とアレクシーがゴーダを押しのけてクラリッサの隣に陣取った。俺は階段の床板がバネで降りないよう支えているので動けない。


「では会長がお先にどうぞ」


 名前で呼ばれたクラリッサは一瞬驚いたものの、すぐにアレクシーに場を譲った。

 下の隠し部屋へは垂直の梯子が伸びている。腐ってはいないようだがかなり古そうだった。クラリッサが身を乗り出すようにランプで足元を照らし、アレクシーが慎重に降りていった。


「先に彼女を上がらせてください」


 ゴーダの顔見たら泣いている彼女がパニックになって救助が遅れると思ったからなのだが、ここでもアレクシーが反発してきた。


「なんだと!? 怪我人が先だろう! 血も涙もない冷血漢め!」

「ああ、もう……。じゃ、ゴーダ頼む」

「おうよ」


 ちいさなランプでなんとか照らされた隠し部屋は狭く、アレクシーと婚約者の彼女、そして暴行を受けて横たわっているジェロームの三人ですでにいっぱいだった。階段の土台だし、本当に一時避難所だったのだろう。荷物が何もないことから、一度も使われないまま忘れ去られていたようだ。

 怪我人優先を叫ぶわりに彼女しか気づかっていないアレクシーは、これだけうるさく騒いでいるのにピクリとも動かないジェロームを確かめるのが怖いのだ。もしかしたら、と思えばためらうのも無理はない。それでもレディファーストだというのなら、彼女を宥めて先に梯子を登らせるべきだろう。

 クラリッサに良いトコ見せようと見栄を張ったのだろうが、そこまで度胸が据わってないようだ。生徒会長といってもまだ十代の少年なのだ。俺やゴーダとは修羅場の数が違う。情けないとは思っても笑う気にはなれなかった。

 ゴーダが足を乗せるとギシッと古い梯子が軋む音がした。




隠し部屋ってわくわくしますよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ