只今現着ギガント隊!
アレクシー率いる生徒会が全校集会の準備をしている間、俺は『コーバン』と連絡を取り、とびきりの精鋭に来てもらうことにした。
王立学院ということもあり学院長は王族。そしてクラリッサが校内と鳥籠の館のことなら任せろ、とこちらに残っている。
「クラリッサ様、無理はしなくていいですからね?」
「無理なんてしていませんわ。生徒会長のターニャさんへの態度、わたくし許せませんの!」
俺が煽ったせいもあるけどあの程度の嫉妬なら可愛いものじゃないか。そう思うけどクラリッサには許せないものであるらしい。なにやら燃えている。
「ターニャさんにあんなに丁寧に説明されてなおあんな態度でいられるなんて、どういうおつもりなのか神経を疑いますわ。ああいうのをあざとい、と言うんですのよ……っ」
おいアレクシー、ツンデレ扱いされてるぞ。
クラリッサが何か言う前にアレクシーが俺に反発するものだから嫉妬しているようだ。まさかライバル扱いされているとは思うまい。気の毒に……。
「学院長、校内にある抜け道はこれだけですか?」
引き続き会議室で、用意してもらった校内の見取り図と周辺の地図を参考に攻め口を探している。
「はい。そして封鎖した抜け道がここです」
黒板に張った地図にクラリッサがチョークで線を引き、バツ印を付けた。
学院は王都の中心部、王城の東側にある。
鳥籠の館は北側、城からはもう少し遠い位置だった。
抜け道はそれぞれ城、北にある公園、市街地、貴族屋敷が並ぶ南側、西側の森林公園と複数通じている。ちなみに俺の家があるのは市街地の外れだ。比較的新しい、いわゆる成金が集まっている地区になる。実家があった下町は市街地の中央寄りだ。
「こうして見ると学院は広いですね……」
「そうですわね。わたくしは他の学校を知りませんが、他より複雑な造りだと思いますわ」
見取り図をじっと見ているとあることに気づく。
「……もしかして、学院全体が結界の魔法陣ですか? この渡り廊下はわざと階段が二重構造になっていますし、ここの倉庫は不便な場所にありますね。学院側が許可していない侵入者を迷わせて、罠に嵌めようとしてません?」
「っ!?」
聞いちゃいけないことだったのか、学院長が目をかっぴらいた。
「な……な……」
「あ、すいません今のなしで」
「そ……っ」
そんなわけにはいかない、と言おうとしたのだろう、学院長の声は突然開けられたドアに遮られた。
「大将、来たぞ!」
案内の警備兵と共に入ってきたのは屈強な大男が八人。なんとか『コーバン』の機能が停止しない、最大限の人数だ。
俺が選んだ八人が全員来てくれたことに感謝する。
「ゴーダ! よく来てくれた。みんなも、ありがとうこんな時間に」
「大将のお呼びとあればよっぽどのことだって見当がつく。嫌がるやつなんざいねぇよ」
なあ、と顔を向けられた七人が「応!」とドスの効いた声で叫んだ。
「学院長、クラリッサ様、紹介します。彼こそタナカ商会の『コーバン』が誇るご指名ナンバーワンの男、ゴーダ・ギガントです!」
「押忍! ご指名ありがとうございます!」
ビシッと敬礼を決めたゴーダに「押忍!」と続く七人の男はゴーダの部下『ギガント隊』のメンバーである。
四角い顔に太い眉、潰れた鼻。頭は見事なスキンヘッドで左目には大きな切り傷が眼帯から伸びている。一見してその筋の男だ。ゴーダの顔を見ただけでたいていの犯人はビビッて大人しくなる。
「ゴーダ、クラリッサ様はアイーダ公爵家のご令嬢だ」
「おー! ではあんた様が大将のお姫さんか! うん、たしかにこりゃあお姫さんだなぁ、ちっこくてめんこい! 大将は俺の恩人でな、大将の恩人の姫さんは俺らにとっても姫さんだぁ!」
あまりの迫力にクラリッサと学院長は蒼ざめていたが、見た目よりも怖くないと思ったのかクラリッサが我に返った。
「は……、はじめまして、クラリッサ・アイーダですわ。本日は突然のお願いにも関わらず助けに来てくださり、感謝いたします」
「彼らが来てくれれば百人力ですよ。見てくださいこの顔! この筋肉! ゴーダ率いるギガント隊はいかなる困難な状況であろうと駆けつけ、そびえる崖にも立ち向かい、きっとあなたをお助けします! 気はやさしくて力持ち、筋肉溌剌今日も行く!」
「イチ!」
「ニィ!」
「サン!」
「シィ!」
「ゴーダ・ギガント!」
「ロォク!」
「ナナ!」
「ハチ人揃って現着しましたギガント隊!」
ゴーダを中心に八人が扇状に整列し順番に笑顔でポーズを決める。もちろん俺の仕込みだ。
お笑い目当てでポージングさせているわけではない。ゴーダを筆頭に揃いもそろって凶悪すぎる顔面の男なものだから、契約者に少しでも安心してもらうためにはじめたことだ。戦隊ヒーローの安心感とカッコよさは全世界共通である。
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
いつの間にか俺の後ろに隠れていた学院長がこそっと聞いてきた。
「大丈夫です。ゴーダは私の信頼する『コーバン』の隊長、魔力はさほどありませんが人命救助のエキスパートです」
力強く言い切ればゴーダの顔がくしゃりと笑み崩れた。欠けた歯がちらりと覗く。……うん、コワ可愛いというやつだ。
「ゴーダ、さっそくで悪いが仕事だ。この見取り図を見てくれ」
学院長にあのノリはきつかろうと紹介だけ済ませ、ゴーダに地図を見てもらう。
「こっちが学院の見取り図、そしてこっちが鳥籠の館……人質が監禁されていると思われる屋敷だ。学院を抜けるルートはいくつかあるが、鳥籠の館に近いのがこの道だな」
「……学院から地下を通るってわけですか。大将、相手はどんなやつなんで?」
「貴族が多い。十代かそこらのまだ子供だ。屋敷には浮浪者やごろつきがいるが、その中にはアイーダ公爵家の密偵が数人混じっている。彼らは余計な手出しはしてこないことが予想される」
「貴族ですかい。……やっちまっていいんで?」
ゴーダが窺うようにこっちを見た。
貴族が相手だと面倒なんだ。契約者ならまだ良いが、犯人だったりすると取り押さえた時に痣でも作ろうものならいちゃもんつけてくる。まあそれならと『お話』させてもらうけど。商人ネットワークを舐めてもらっちゃ困る。
「怪我程度なら。仕事道具は持ってきてるな?」
「おう。あれは便利だしな」
ニヤッと笑いあう。『コーバン』にある道具は警笛だけではない。前世の知識と職人の技術で各種取り揃えてあるのだ。
「人質はここの生徒だ。よって、人質救出が最優先となる。生徒と教員も手伝ってくれるそうだから、貴族の相手はそちらに任せよう」
「なぁるほど。なら、やっこさんをこっちに誘導しちまうのはどうですかい? ははぁ、大将さてはそのつもりで俺たちを呼びやしたね」
「わかるか? こういうことはギガント隊が適任だと思ってな」
ゴーダがいかにも豪快に笑ってドンと胸を叩いた。
ヘンドリックたちを相手にするなら、学生のほうが良い。なぜなら、それなら子供同士のやんちゃで片付けられるからだ。学院長を説得したのはそのためである。俺たち平民が貴族を相手にすると後が面倒なのだ。だったら貴族の子供たちでやってもらおう。学院の祭りにしてしまうのだ。そのほうがオデットとヘンドリックについた子供たちのためにもなるだろう。帰ってくればやり直すチャンスはある。
「任してくだせえ。きっ、と大将の期待に応えてみせやしょう!」
ぐっと握った拳を突きだしてきたゴーダに、俺も拳をぶつけた。
コンコン、と会議室のドアがノックされた。
「失礼します。学院長、全体集会の決議で救出隊には二年生と三年生が合わせて二十三名、女子生徒には校舎内に避難してもらい、連中がこちらに逃げてきた場合は残りの男子生徒に魔法で迎撃してもらうことになりました。退学者や親戚知人の説得には残った全員であたり、最悪反省室行きです」
さて、いうまでもないが今は夜。学院内はどこも暗く、火の魔道具を使った照明が点いている。ゆらめく灯りに男たちの影が長く伸びていた。
そんな、ただでさえ怖い夜の校舎。早口でメモを読み上げたアレクシー・クラウチは顔を上げ――マッチョな男たち(しかも顔面凶悪)を見るやすみやかに気絶した。
ライバルキャラだったアレクシー君がなぜかお笑い担当になっている……。ゴーダ・ギガントの名前はあの有名なお兄ちゃんから。




