便利ショップ『タナカ』
短編小説が連載になる呪いにかかってます。
いつもニコニコ あなたの隣に寄り添う
便利ショップ『タナカ』 御用とあらばすぐ参上!
調理の一手間 簡単に
アレどこ行ったは ココですよ
泣いてるお子様 にこにこ笑顔
困った奥様 お助けします
いつでも隣に(タナカ)(タナカ)
あなたの隣に(タナカ)(タナカ)
便利ショップ タナカ
ポップで明るい曲調の歌が荘厳といって差し支えない公爵家の客間に響き渡った。
作詞作曲は俺、ターニャ・カー。便利ショップ『タナカ』の商会長である。
「あの……」
便利ショップ『タナカ』のテーマソングが流れてから、微笑んだまま凍り付いていたこのアイーダ公爵家の令嬢クラリッサが間奏の間を縫って再起動した。
が、残念なことに二番がはじまった。
音楽といえばクラシックとオペラくらいしか聞いたことのなかった公爵家の面々には、ポップ調のテーマソングはまだ早かったようだな。
「いつも頑張る あなたの力になりたい 便利ショップ『タナカ』 御用とあらば即参上!」
「歌わなくていいです」
ちょっと強めに執事のセバスチャンに止められ、名残惜しいが曲を止めた。どことなくほっとした空気が流れる。
コホン、とアイーダ公爵が咳払いをした。金髪に鋭い眼光の栗色の瞳をした、口元の髭がダンディーなお得意様だ。
「カー商会長、今のはなんだね」
よくぞ聞いてくれました。
「はい、当タナカ商会のテーマソングです! 作詞作曲は不肖わたくしターニャ・カーが手がけました。より皆様に親しまれるよう、店頭にてこの歌を流しております。公爵家の方々とは長いお付き合いですし、ぜひ聞いていただきたいと今回のご紹介になります!」
「……そうか」
あら、なにやら間があったぞ。俺のせいか。
中世ヨーロッパの城みたいな公爵家に流すにはアレすぎたようだ。おふざけのつもりはなかったが、改めて、居住まいを正した。
長い付き合いで慣れていたはずの俺のノリに、公爵家嫡男のカールもぽかんとしている。
「本日はお嬢様の入学祝いということで、こちらをご用意させていただきました」
テーブルを挟んで向かいのソファには公爵家の令嬢クラリッサ。彼女の隣に公爵夫人と弟のカールが並んで座っている。上座の一人掛けソファが公爵だ。
後ろに控えていた俺の部下でありタナカ商会番頭のトーマに合図を送り、革製の鞄を受け取る。赤いビロード製の小箱を取り出してテーブルに置いた。
白手袋を嵌め、箱を開ける。
「腕輪型の時計でございます」
腕時計をそっと取り出して両手で恭しく差し出すと、クラリッサと夫人がほうっと息を吐いた。公爵も目を瞠っている。
磨き抜かれた銀の腕時計にはこの世界ではまだ珍しい時計が秒針を刻み、その左右にルビー、パライバトルマリン、トパーズがはめ込まれている。銀の腕輪部分には宝石を花に見立てて蔦模様が刻まれて、いかにも女性向けのうつくしさだ。クラリッサと奥様のため息は見惚れてのことだろう。
公爵が目を瞠ったのは時計のサイズだ。この世界、時計はあるもののアナログで、庶民の持ち物ではなかった。公爵家の時計でさえ大きな振り子時計、ボーン、と鳴るアレである。庶民が時間を知るには時計塔の鐘の音しかなかった。
それが腕時計サイズ。公爵家が驚くのも無理はない。
「そ、それが時計なのか? どうやって……」
「どうぞ、お手に取ってご覧になってください」
箱に戻して公爵に渡す。針が動いているのに驚き、本当に時間が正確なのか確かめたくなったのだろう、肩がそわそわしていた。
「たしかに動いているが……合っているのか?」
「では、お屋敷の時計でご確認なさってみてください」
公爵家の時計はもっとも音が響く玄関ホールに置いてある。俺の誘導に待ちかねたように公爵が立ち上がった。その顔には少年めいたわくわくが溢れている。
「お父様、ずるいわ。わたくしのお祝いでしてよ」
「わたくしも見たいわ」
「僕もですよ! 父様、ちょっと貸してください!」
あいかわらず仲の良い家族だ。公爵に続いてぞろぞろと席を立った三人に、残ったセバスチャンが苦笑して頭を下げる。慣れてますから、と俺も軽く頭を下げた。執事とはいえ公爵家に仕えているからには貴族である、平民で商人の俺より立場は上だ。
「どうなることかと思いましたよ……」
ぼそっとトーマが呟いた。まさか公爵家でもあれを流すとは思わなかったのだろう。
店員に聞かせた時は大変不評で、店の格が落ちるとまで言われてしまった。いつの時代も時代の先駆けには反対が付きものなのだ。
「アイーダ公爵家なら大丈夫だと言っただろう」
「聞かなかったことにしてくれて良かったですね」
「うるさい」
アイーダ公爵家との付き合いはクラリッサが六歳の時からになる。珍しいものを売っている、と俺が立ち上げたタナカ商会に誕生日プレゼントの相談を持ち掛けてきたのがきっかけだった。
俺は昔――というか前世は日本人のサラリーマンだった。
ゲームやアニメが好きで、高校時代の部活はバスケ部、大学は山岳部、というアニメをきっかけに人生を決めるような男だった。
大学を卒業後は地元企業に入社。そこで出会った同じくサブカル好きな女性と結婚。娘が三人生まれた。反抗期もあったが立派なオタクに育った娘たちとゲーム、アニメを中心に話が広がる、そんな平凡で幸福な人生を歩んだのだった。
転生したとわかったのは三歳で魔法を使った時だ。そんな馬鹿な、魔法なんてあるわけない、と思い、前世の記憶が蘇った。
ちょっと待て これってまさか 異世界転生
なんて、どこぞの標語のようなことがぽんと頭に浮かんだ。うん、日本人だね。
俺が生まれた家はちいさな金物屋を営んでいる、貧乏子だくさんの庶民だった。鍋や包丁、笊などの生活用品は前世日本人の俺には使いにくそうで、色々口出ししていったのが便利ショップ『タナカ』を設立するきっかけだった。
魔法なんてものがあるわりに妙に不便で、むしろ魔法があるからかなと思った。魔法というのはどうやら遺伝で魔力量が決まるらしく、庶民の俺にはせいぜい生活が便利になる程度しか使えず、貴族は血統重視なのであらゆる場面で魔法が使える。金持ってる連中が生活に困らないならそりゃ発展は望めないだろう。食べ物が豊富にあるだけでもありがたかった。
それでも日本の快適さ、清潔さとは比べ物にならない。我慢できずに十三歳で家を飛び出し自分で商品を作ってはテレビショッピングや実演販売の真似をして売り歩き、二十歳で商会を立ち上げた。
『タナカ』にしたのは今の名前がターニャ・カーだからだが、俺にはタナカのほうが馴染み深かったからでもある。そうして頑張って従業員を増やし、工場を建て、支店を各地に立ち上げ、公爵家に出入りを許されたのが二十六歳、クラリッサは六歳だった。
あのちいさかったお嬢様が貴族が通う学院に入学か……。早いものだ。六歳の誕生日プレゼントにお買い上げいただいたのは絵本だった。この世界には印刷技術が発展しておらず、紙はあるのに本が貴重品だった。子供向けのカラー絵本なんてものがなかったのだ。
しかもただの絵本ではない。前世で娘が喜んだのを思い出し、温度で色が変わる仕組みを付けた。魔法で何ができて何ができないのか試しまくった成果である。絵本だけではなく同じ効果を付けた貝殻のビーズもおまけした。楽しく遊びながら温度調整のための火・水・風の魔法が学べる、知育玩具の先駆けだ。
もちろんクラリッサは大喜び。遊びながら学ぶという発想はなかったのか、公爵夫妻も感動していた。狙い通りにあちこちで自慢してくれたようで、タナカ商会の名は貴族の間で広がった。それ以来のお得意様である。
俺が思い出に浸っていると、公爵家にあるまじき足音が複数近づいてきた。
「ターニャ! ターニャくん、これはすごいぞ!」
大興奮の公爵が腕時計を高々と掲げて飛び込んできた。
「お父様、乱暴に扱わないでくださいませ!」
「僕にも触らせてくださいよ父様!」
まだ比較的冷静だった奥様が、それでも興奮冷めやらぬ様子で「本当に正確な時を刻んでおりましたわ」と言った。
セバスチャンがなんとか公爵を落ち着かせ、新しく入れてもらったお茶を飲む。
「このサイズで一体どうやって……、いや、それは企業秘密というやつだな」
「さようでございます」
そこは内緒だ。公爵にも開かせられない。ただ魔法って便利とだけ言っておこう。
「デザインも繊細で、制服でも違和感がなさそうですわ」
布で皮脂や指紋を拭きとった後、箱に戻された腕時計から目を放さずにクラリッサが言った。
キラン、と奥様の目が光る。
「とても便利そうですわね。でも、お高いんでしょう?」
お決まりのセリフにトーマが耐え切れずに吹き出し、公爵が身を乗り出した。
待ってました。部下に合図し、わざとらしい手つきで値札を見せた。
「こちらのお値段になります。……が、なんとこちらの腕時計は、ただの時計だけではございません!」
サッと左腕のスーツの袖をあげる。俺の手首にはクラリッサの腕時計と同じ、男性用のものが嵌っていた。
「先程当商会のテーマソングをお聞きいただきましたが、なんと! あの音源はこちらの腕時計です! 録音・再生機能が付いて、もう一度聞きたい講義、聞き間違いの確認など、繰り返し何度でも再生いただけます!」
おおーっ。
公爵家の面々が大げさな歓声をあげる。
「さらに、何と今なら防御結界を自動展開する機能がついて万が一の際も安全、さらにさらに、助けを呼べる防犯ブザー機能が付いた魔法石を特別に! ご用意いたしております!!」
わーっ! パチパチパチ!
公爵家の人たちはこの様式美についてご理解いただいている。公爵一家から執事メイドまでノリノリだ。
「防御結界はわかりますけど、防犯ブザーとは何ですの?」
クラリッサが首をかしげた。
防犯ブザーは日本なら常識だが、この世界では初だ。
「クラリッサお嬢様はアイーダ公爵家のご息女、そしてヘンドリック第二王子のご婚約者でもあります。学院には各地から貴族の子弟子女が集められ、中にはお嬢様によからぬ思いを抱くものもおりましょう」
貴族社会は商人の世界と同じく生き馬の目を抜く魔窟だ。今をときめくアイーダ公爵家は何代か前の王弟が立てた家で、代々の当主は経済の才能に長けていた。王家の財布、なんて揶揄されるくらい領地経営も商売も上手なのだ。俺も公爵領にいくつか工場を建てている。お近づきになりたい貴族は山ほどいるだろう。
第二王子の婚約者であってもだ。最低な話だが傷物にしちまえばこっちのものという考えはけっこう根強く残っている。
「貴族が相手では、被害者の立場であっても抵抗して負傷させるわけにはいきません」
庶民だったら良い、という意味ではなく、相手がいちゃもんつけてくる可能性があるからだ。たとえ加害者でも難癖つけてくるやつはいる。当たり屋みたいなものだ。貴族ならなおさら面子にこだわる。
「そこでこの防犯ブザーです。こちらのトパーズを押し込むと半径五キロまで届く大音量が響き渡ります。暴漢が怯んだ隙に逃げるも良し。声が出せない状況でも確実に助けを呼べます」
ためしにどうぞ、と箱をクラリッサの前に進める。わくわくした顔で腕時計を手に取ったクラリッサは、ハッとしたようにトパーズを押そうとしていた指を引っ込めた。
「そんなに大きな音ですと、防音結界を張ったほうがいいかしら?」
「防音結界は多少静かになる程度です。すぐに止めればよろしいかと」
「ほう、防音結界を越えるのか」
公爵が感心している。
音というのは空気振動で伝わるものだ。防音結界は視えない壁を周囲に張って音を聞こえにくくする魔法である。密談が前提で、大音量に対しては効果がないことが防犯ブザーの実験の結果で判明している。
「防音結界は音が反響して漏れてしまいました。念の為、お屋敷の人にはうるさく音が鳴ると伝えておいたほうがいいかもしれませんね」
メイドが走って部屋を出ていった。そろそろかな、と俺が両手で耳を塞ぐと、クラリッサを除いた全員が同じく耳を塞いだ。
ビ――! ビ――! ビ――!
凄まじい音にクラリッサが腕時計を取り落とした。すかさず停止させる。
このブザー音も俺監修だ。こだわりにこだわった、某ロボットの発信音。聞くだけで滾ってきますわ。
「す……すごい音ですわね」
演奏会でもこれほど大きな音を発生させることはない。クラリッサは耳が痛そうに眉を寄せていた。耳を塞いでいても驚いたのか、公爵たちも目を白黒させている。
「これだけの大音量なら慮外者も怯むな……」
公爵が嘆息した。
「はい。ただしこれには欠点があります」
公爵家の方々の顔を一人ひとり見ながら言う。考えていたクラリッサが顔をあげた。
「音で居所がわかってしまうのですね?」
「お嬢様、大正解です」
日本でも問題になっていた。子供用の防犯ブザーはランドセルに着けていることが多く、音を鳴らして逃げるだけだと追いかけられてしまうのだ。ましてクラリッサ用のは腕時計である。怖くて足が竦んでいる子供がランドセルをとっさに脱げないように、守られてきたクラリッサに腕時計を外すことができるかどうか。
「ですからこれは万が一の備えとお考え下さい。防御結界はパッシブですので、どこかに連れ去られた時などのとっておきです」
防御結界の欠点は攻撃にのみ有効というところだ。飲み物に眠り薬が入っていても防げない。物理だろうと魔法だろうと、攻撃と察知できなければ無意味なのだ。
深刻な表情になってしまったクラリッサに、そう気負わなくていいと俺はことさら明るく笑った。
「これらの魔法が付与された魔法石はお好みでお選びいただけますよ。ひとまずルビー・トルマリン・トパーズの三種類を使用しましたが、お嬢様、いかがいたしましょう?」
鞄の中から宝石箱を取り出して並べてみせればクラリッサの瞳が十五歳の少女らしく輝いた。
「まあ、綺麗ですこと!」
うんうん、女の子はこういう顔をしているほうがいいね。
「ルビー・トルマリン・トパーズの他にサファイアもございます。学生というお立場を考えますと、ダイヤモンドなどの高価な石はお控えになったほうがよろしいかと」
「そうね。貴族が通う学院だから宝石が付いたお守りなどは容認されているけれど、あまり高価なものは人目を引くものね」
奥様がうんうんとうなずいた。卒業生だけあってわかってらっしゃる。
「トルマリンとサファイアはカラーバリエーションがありますし、色違いで揃えても可愛いですね」
「……この魔法石は、ターニャさんがお選びになったんですの?」
「はい。お嬢様は赤がお好きでしょう? 浅瀬のトルマリンは瞳のお色ですし、トパーズは髪のお色と、お嬢様のイメージで作りました」
パライバは地球にあった地名なのでこちらでは使われない。浅瀬のトルマリンと呼ばれている。
金髪碧眼のクラリッサに赤はよく映える。今着ているドレスも彼女によく似合う、透明感のある赤だ。白いレースと刺繍の花模様が可愛らしい。
「……よく見ておりますこと」
「そりゃあ、お嬢様がこーんなちいさな時からお付き合いさせていただいていますからね。お嬢様のことならターニャ・カーにお任せください!」
「まあ……」
拗ねたのか、クラリッサが赤くなってうつむいた。年頃の女の子にちっちゃな頃の話はからかいが過ぎたか。でもな、六歳から知ってる子供なんて俺には親戚みたいなものだ。
「そういえば、学院の名前って何でしたっけ」
「セントマジェスティック高等魔導学院ですわ」
「長いですね……。センマジかぁ」
「そう簡単に省略してしまうのもどうかと思いますわ。我が家ならまだしも、よそで聞かれたら不敬ですわよ」
「……はぁ。……王立、でございましたな。そういえば」
「そうですわ。ターニャさん、どうかなさって?」
「いえ、どこかで聞いたことがあるような……?」
センマジという言葉に覚えがあるのだ。前世の記憶はほぼ曖昧なんだけど、たぶん前世で。ゲームか、アニメにそんなのがあった気がする。
「国で一番有名な学校だからな。客人のなかに卒業生がいてもおかしくないぞ」
「わたくしも旦那様と学生生活を送りましたものね」
アイーダ公爵夫妻は幼い頃に政略で婚約を結んだが、それぞれ領地が離れていたため会ったのは学院に入学してからだ。それまでは手紙や姿絵で交流していた。俺には信じられないが、貴族にはさして珍しくないという。
「学生恋愛ですね、羨ましい」
貴族が通う学院てそれどこの乙女ゲーム。そう思った瞬間、閃くものがあった。
「……お嬢様の婚約者であられる……ヘンドリック王子殿下もたしか、学院にご入学でしたね。これを機に愛を育めという王家の粋なはからいですな」
「……そうですわね」
クラリッサが少し考えて冷笑した。苦笑ではなく冷笑だった。
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