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 (ここは何処だろう?)


 夢の中でヒューは、今、何処までも続く暗い階段を下りて行く途中だった。

 

 どんなに下りても出口は見えて来ない。

 階段は果てしなく、底へ底へと続いている。

 見上げると天井も真っ暗だ。上も下も闇に塞がれている。

 突然背後で声がした。

「あの音は何、兄様?」

 エドガーにしては声が幼い。

 すると自分ではなく先頭に立つ誰か――他の少年が答えた。

「死番虫だよ。気にするな、夜になると鳴くんだ」

「じぁあね、兄様、僕たちはいつかここを出られる?」

「当たり前だ。なんでそんなことを言うのさ?」

「だって僕、聞いたんだ。僕たちはここで死ぬって。

 たくさんの人たちがここで死んだんだよ。僕たちも殺されるって」

「馬鹿だな。そんなの嘘だ。おまえは従者どもに揶揄(からか)われたんだよ。

 僕たちは死なない。信頼できる仲間が、必ず助けに来てくれる。

 それより、お庭で遊ぼう。追いかけっこをするぞ。

 おまえが鬼だ。さあ、兄様を捕まえて見ろ!」

「わーい、待ってよ、兄様!」

 先頭の兄が扉を開けるとそこは夜の庭だった。

 月が皓皓(こうこう)と輝いている。


 ヒューは跳ね起きた。

「変だな、俺たちは聖廟へ向かっていたんじゃないのか? いつの間に夜の庭へ降りたんだ?」

 瞬きをして、失笑した。

「ああ、夢か? 夢を見ていたのか……」

 この前、屋敷の廟へ行くためにリチャードが導いてくれた、細い階段の夢。

 まるで塔を下りて行くみたいだと思った。あれが印象的だったから、また夢に見たのだろう。

 ヒューは思い出した。あの時自分の先を行くリチャードからひんやりした風が吹き抜けた気がしたっけ。

 あれこそ、貴族の血が起こす旋風(かぜ)だったのかもしれない。その風を追って、忠実なる騎士たちは何処までも付き従って行ったのだろう。

 寝返りを打って目を閉じる。

 またしても見えた来たのは――


 また階段だ。

 今度は上へ上へ昇って行く。

 突然空が見えた。

 広い城門の頂上に到達したのだ。

 城門の縁に、棒に突き刺した幾つもの首が並べて置かれていた。

 自分の前を行く青年が首に突進した。

 (さら)された首を下ろす。

 紙の王冠と首元に掛けてあった札を引きちぎって青年は咆哮した。

「父よ! 弟よ! この仇は必ず私が晴らします!」

「新王、万歳!」

「我らが新王、万歳!」

 風に巻き揚って飛んで行く札。

 そこに書かれた侮蔑の文字をヒューは確かに読みとった。


 〈ヨーク公にヨークの街を眺めさせてやれ〉 


「ウワッ」

 再びヒューは跳ね起きた。

「また夢か? いや、聞こえるぞ、このどよめき……」

 (かす)かだが、確かにそれは聞こえた。部屋中に地鳴りのように響くこの音――

「ああ、そうか!」

 ヒューはすぐに思い当たった。

 それは向かい合わせの小劇場から聞こえて来る拍手と歓声だった。

「くそっ、今夜の出し物は何だ? 〈ヘンリー六世第三部〉? あの音のせいでまた変な夢を見たのか……」

 ベッドの上に屈みこんで暫くヒューは考えた。

「……ヨークの城門(ミックルゲート・バー)に晒された父と弟の首を、その手で取り戻した新王は誰だった? エドワード4世?」

 さらに冷静さを取り戻して、歴史より、今現在の自分の状況を分析する。

「こんな夢を続けて見るなんて、この処、貴族の館に入りびたり、間近で貴族の風に吹かれたから、その影響だろうな」

 幻惑され過ぎだ。ヒューは自分自身を叱咤した。

「やれやれ、俺にとっては幽霊より悪夢の方が始末に悪いや。まあいい、寝なおそう」

 布団をかぶってベットに突っ伏す。

 幸い、その後は隣家の騒音に邪魔されることなく翌日の昼まで熟睡した。


 充分に睡眠をとって出社したその夜、ヒューとエドガーは少々ゾッとする体験をした。

 配達用の棚にアンソニー氏宛てのメッセージが入っていたのだ。

「なにこれ?」

 爪先を立てて覗き込んだエドガーが震え声で、

「死者への手紙?」

「まさか」

 刹那、二人の背筋を冷たいものが走った。だが、落ち着いて考えたら、何ということはない。それはアンソニー・ウッドヴィルの死を知らない豪州の銅山会社からの定期便、いつもの株価通知だった。

 勿論、ヒューとエドガーはそれを届けるべく屋敷へ向かった。




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