1,終わりの始まり、旅立ちの日
──一人でずっと歩いてきた。友と離れたあの日から。
もう会うことが出来ないなら、もう未来がないのなら、あたしはこの世界が壊れたって構わない──。
◇
焦げ臭い匂い。焼けた草原。崩れ、原型を留めぬ家々。肌を差す熱。聞こえるのは、火が燃える音。そして泣きわめく人々の声。
驚くべきはこれがたった一人に起こされたと言うこと。
そう、この阿鼻叫喚な光景の中異質な存在である一人の女に。
「これで……」
長く伸びた青い髪を揺らし、その口は醜く歪んでいる。年は二十歳頃だろうか。
陽炎で歪んだ紅の瞳は狂気を帯びているようにみえる。
「もう、やめとくれ……」
その女に慈悲を求めるかのように声を出すのは嗄れた老人。
「やめてくれ……ねぇ」
女は何が面白かったのか、つり上がっていた口角をさらにつり上げる。さながら口割け女の如く。それを見た老人は萎縮したかのように体を縮こまらせた。
「あは、あはは? 何いってんの? あんた達が先に仕掛けたんでしょ? 自業自得じゃない。あーあ。可哀想。可哀想! 人間はなんと愚かなのでしょう! 我ら魔族とは大違い!」
高笑いし、魔族と名乗った女は両手を広げ空を仰いだ。その空に誰かが飛んできているのを女は確認した。
「やっば、怒られる。でーも。仕方ないよね? だって、私達は魔族だもの」
飛んできたのは青い髪をショートカットにしている少年。仕立てのよい服を着ていることから上流階級の人間だとわかる。こちらも、瞳は紅である。
少年は辺りを見渡した後、女を睨んだ。
「セラン。殺生はするなと言っている筈だけれど」
「すいません。ディーネ様。でも、人間が……」
横目で老人を見て、言い訳をする女。少年もその視線を追い老人に気づく。しかし、何をする事もなく女に向き直る。
「セラン。僕達の目標を潰す気?」
「いいえ……」
少年の表情から窺えるのは怒り。その声にすら怒りが乗っている。
「帰るよ」
「はい」
少年の怒りに当てられたのか、さっきまでの狂気に歪んだ顔を消し、しおらしい態度をとるセランと呼ばれた女。
ディーネと呼ばれた少年に先導されて何処かへと飛んで行った。
「危機は去ったのかのう……」
「そうだ……な。老い先短いからって無理すんなよ。じいちゃん」
二人のやり取りを呆けて見ていた老人が呟いた声に返事が返ってきた。
老人の後ろにはさっき飛んで行った少年と同い年くらいの少年が立っていた。一見すると少女なのだが、よくよく観察すると少年であることがわかる。
じいちゃん、と言う呼び方から察するに、老人の孫なのだろう。
「ん、ああ。孫が結婚するまで生きるわい」
「そー言わずに、もっと長生きしろ」
「この戦争じゃ、何年生きられるか……」
そう言った老人の顔は暗かった。なにせ、家を失ったばかりなのだ。孫が生きていて、自分も孫も五体満足なのことを感謝すべきだろう。それほど迄に被害は甚大だった。
「家、どうすんだ?」
「王都には避難区域があったろ。あそこに引っ越すわい。お前さんはどうする?」
老人は遠くを見ている。方向的には孫を見ているが、何処か遠くを見ているようにしか見えない。
少年も老人が見ている方を見るが特に何もないので、首を捻りながら老人に答える。
「んー。俺はちょっと戦争止めてくる」
特になんら決意が込められたわけではない声は不思議とよく響いた。
「そうか。行ってこい。ヒカゲ」
「おー、行ってくる」
そうして、老人に別れを告げて少年は村を出た。
──これから始まるのは少年ヒカゲによる長らく続いた戦争に終止符を打つための物語。
「いや、お使い行ってくるのノリで、戦争止めにいくんじゃないわ! ボケ! 死ぬ気か!」
ヒカゲが村を立ち去った三日後。王都にはボケた老人のそんな叫びが響いた。
そして、周りの人間にぎょっとした目で見られたとか見られ、赤面した老人が居たとか居なかったとか。
真実は神のみぞ知るなのである。
……まあ。何はともあれヒカゲの物語は動き出したのである。