死の記録
実際にあった死への記録です。
苦手な方、辛いだろうと思われる方、精神的にショックを受けそうな方はブラウザバックお願いします。
頻脈のあなたは心臓発作で死ぬと思った。
痴呆になって私がわからなくなったら
こっちの気が狂うと思った。
あなたはいつも想像を絶する。
この医療の進んだ時代に
わたしの目の前で起こったことは
飢餓と極度の脱水症状
証明書の死因は食道がんでも。
抗がん剤も放射線も
使う暇のないスピードで
月1センチ育った腫瘍は
あなたの喉を塞いだ。
わたしは胃に届くものを探すのに必死で
あなたは体重が減ってシャツが着れたと
笑っていた春
最後の出勤日帰路を共に歩いた。
入院から帰ったあなたは
お腹にチューブをつけられて
日に20時間も流動食ポンプ
お互い、眠れなかったよね
再入院の救急車を待つ間
「病院行きたくない」と言った
「このままうちで死ぬんだ」との決意で。
でも玄関出る前See you soonと笑顔を作った……
あなたは本当に戻ってきた
初めて見るごま塩の無精ひげ
シャワーを浴びて庭に出て
歩けることに私は驚いた。
エンドオブライフケアと名がついて
見る間にあなたは弱っていく
昨日できたことが今日はもうできない
外は34度、内も28度、暑すぎる夏
苦しみを長引かせるだけだから
生理食塩水も点滴してもらえない
鎮静剤も拒否するあなた
この時ほどあなたの頑固さを呪ったことはない
死ぬのは簡単じゃない
あなたでさえのたうち回る
眠れぬ夜の後懇願した
「お願いだから一緒にホスピスに行こう」と
嫌がって嫌がって家で死ぬんだと
思っているのがわかっていて
混濁する意識で頷いたのをいいことに。
救急車ではあなたは静かだった。
ホスピスの病室で暴れたらしい
もって24時間と言われたわたしが会えたのは
もう眠るだけのあなただった
「これでもう安心だよ」言い聞かせたのは自分。
匣の中の娘のように
頭と胸だけは骨の形にあなたを留め
息をしていても足先は氷のように冷たかった
死んでいくということ
頭と心臓は最期まで機能していた……
人の思いがどこに宿っているとしても
あなたは最期まであなたらしく
わたしを愛していた。
わたしはいつもあなたの想いに見合わない。
「匣の中の娘」ー京極夏彦著 「魍魎の匣」からの連想です。