034 鬼
◇
「わかった」
桃をしばらく頬張った後にモヨコが言った。
「お兄。モッフィー。桃は食べては駄目」
そういってモヨコはまたモヨコ桃祭りを再開した。
訳がわからない。
こんなはずじゃ無かった。
◇
水流に逆らいながら何とか大きな桃を引き上げた。
大きさは人が膝を抱えて座ったくらいのサイズ。
これ絶対あれだ。
太郎が出るやつだ。
太郎とか育ててる余裕無いのに。
途方に暮れた俺の横でモヨコが桃を両腕で抱えた。
運ぶ?
どこへ?
腰大丈夫?
俺の知っている話と違う話が始まった。
モヨコが桃をその天頂から食べ始めた。
口の周りが桃の果汁だらけになるモヨコ。
女が桃を食べ始めたら男はどうする事も出来ない。
とりあえず俺はまた途方に暮れる事にした。
口を少し開けて力を抜いてただ眺める。
これが俺の途方の暮れ方だと気づいた。
◇
信じられない事が続くと色んな事がどうでも良くなる。
石狩川は小川になったが残ってくれた。
どうでも良いがモヨコが一人で桃を完食した。
もう夜だ。
松明に照らされた大きな桃の種が残った。
おお。
この種の中にこそ太郎が。
「お兄。いないよ」
モヨコが確信を持って言う。
お兄って何だ。
さまはどこに消えた?
気になるので大阪猫と協力して種を割ることにした。
「馬鹿。モフィ大事な仕事あるのに」
「モフィって誰やねん。更に縮めて。おっ割れたで」
桃の種の中には太郎はいなかった。
俺だけが太郎か。
安心したような残念なような気持ちになる。
「気は済んだ?モフは大事な仕事が有るよ」
「大事な仕事って何やねん」
「連れてって」
「どこへやねん」
「産湯」
「ヴぇ」
俺って嗚咽下手なんだな。
「お兄は筍」
俺は自分が何なのか強引に定義された気がした。
◇




